第25話 強者の最後

「お前のために作った檻だ。やっつけ仕事で作った物だけど、きっと気に入ると思うよ。さあ、お入り」


 ギリフォンは檻の向こう側に見えるぼくに向かって突撃してきた。横に飛ぶことでその突撃を避ける。

 檻に突っ込んだギリフォンは勢い止まらず檻ごと大木の幹へと激突する。

 ぼくという餌を捕食できなかった怒りか咆哮を上げぼくの姿をあのギラついた眼が探す。


 しかしぼくはギリフォンの近くにいた。大木に激突した衝撃に開いていた檻の扉がガシャンと閉まり、そこに取り付けた金具のボルトを最後の仕上げとばかりに締めた。


「これでぼくの勝ちだ」


 ギリフォンがぼくを視界に捉え咆哮をあげる。

 その鋭い顎でぼくを挟み込もうとするが残念ながら檻は巨体にピッタリとはまり方向転換することすら叶わないようだ。

 ギリフォンは苛立ち檻の中で暴れる。


「無駄だよ金属製の檻だからね。しかも君のサイズピッタリに作ってあるから身動きすら取りにくいだろう?」


 ならばとギリフォンはあの顎で金属パイプの隙間を縫いその檻を引き裂こうと一気に挟み込んだ。


 そこらの木と変わらぬように金属パイプもあっさりと切られてしまった。

 ギリフォンが歓喜の金切り声をあげる。


「あ、そうそうきっと君は金属パイプなんかあっさりと切ってしまうだろうと思ったからぼくなりに一工夫してあるんだ」


 言葉が終わらぬ前にギリフォンによって切られた金属パイプが水と水が合わさるように元通りに修復してしまっていた。


「【スライム液】を檻に付加したんだ。その檻は金属パイプの強度を持つスライムだと思ってもらって間違いないよ。名付けて【スライアンゲージ】ってところかな」


 ぼくは人差し指立て得意気にギリフォンに告げた。


 ギリフォンにとってただの餌のはずの個体が視界の中であまりにも調子に乗っている姿に激怒しているのか金切り声を上げながら、何度も顎で金属パイプを切り裂きだす。

 しかし、切ったすぐそばから檻は元通りに修復する。


 その間にぼくは腰袋に手を突っ込んだ。


『スキル【ホームセンター】を発動。通路番号7から電動工具コーナーを選択。検出開始――棚番8の棚段4段目から特大ドリル特定。――取寄せ可能』


      yes?  no?


「yes」


『承諾しました。SPを消費します』


 腰袋から取りだした特大ドリルをインパクトの先に付け替える。

 そして檻によじ登り、その特大ドリルを檻の下で暴れるギリフォンに向けた。


「ぼくに残ったすべての力をお前にぶつけてやる」


 トリガーを引く。


 稲妻が迸り、回転するドリルの音が森に木霊する。


 ギリフォン目掛けドリルを降り降ろした。ギリフォンは叫び抵抗をしようとするが残念ながら身動きを取ることはできない。それでも激しく暴れることで檻が倒れ、ぼくは地面に何度も放り出される。


 ぼくは何度も何度もギリフォンの体を抉った。形勢は逆転している。逆転はしているがギリフォンは倒れるそぶりを見せず威嚇を何度も続ける。


「――ぼくの勝ちだっ。ぼくの勝ちだろっ。もうお前の攻撃はぼくには当たらない!」


 ギリフォンが檻の隙間を縫い顎を突き出してくる。その顎がぼくの首をすっ飛ばす射程圏内に入っていた。

 ギリフォンの顎は金属パイプすら切り裂く。その顎が閉じられる。


「――っ」


 顎は紙一重でぼくの頭上を通過した。


「はあはあはあっ――」


 ギリフォンの怒り狂った眼がぼくを見下ろし捉えている。


「いい加減っ……、いい加減、落ちろー!」


 下から突き上げるようにギリフォンの喉笛にありったけの力でドリルをねじ込んだ。ゴリゴリと硬いものを砕く手ごたえとともに流れ落ちてきた血のシャワーが全身を濡らす。それでもトリガーを引く指を緩めずに残された力をすべて注ぎ込むようにう引き続けた。


 最後の断末魔が森に波及し、生き物たちを空へと飛び上がらせた。


『経験値7619獲得』『レベルアップしました』


 Lv.8→Lv.16


 MaxHP57→124 MaxMP42→119 MaxSP399


 攻撃力27→60 物理防御24→53 魔法防御17→41 素早さ28→88


『スキル【抽出】により、強者の刃を獲得しました』


 力尽きたギリフォンの体が支える力を失い。その体重が突き刺したインパクトドライバーに伸し掛かってくる。


「あわわわわわわっ」


 押しつぶされる前にドリルを抜き地面に尻もちをついた。

 檻の中で血だらけになったギリフォンが静かに息を引き取っていた。


「やった……のか」


 ギリフォンは動かない。ぼくはドリルの先でぐいぐいと生死を確認する。完全に動かなくなったことを分かると歓喜の波が競り上がってきた。

 気づけば拳を握り頭上に突き上げていた。


「やったぞぉぉ!! ――と?」


 満身創痍であることを忘れていた。勝利の安堵に緊張の糸が切れたためかその場に膝から崩れ落ちた。

 

「すごい。やったのだダイク! あのギリフォンを倒してしまったのだ!」


 視線を向ければよろめきながらぼくに近づいてくるヤンカさんの姿があった。


「ヤンカさん……、足、大丈夫ですか?」


 視線に映るヤンカさんの足には傷跡はない。どうやらヒールを上手く自分にかけたようだった。


「ほら、見てみろこの通り元通りなのだ。ダイクのおかげなのだ」


 ヤンカさんの目元には涙が滲んでいるように見えた。傷を負っていた足を地面にダンダンと踏みしめ、ほら大丈夫だと笑顔を見せる。


「治したばかりなんだから無理しちゃダメじゃないですか」


「無理ってダイクにだけは言われたくないのだ。今傷を治すのだ待ってろ」


 足の傷は治っているがヒールを使い体力が落ちているのか、歩くのがやっとといった様子だった。

 お互い満身創痍のその姿にぼくとヤンカさんは苦笑いを浮かべた。

 勝利が一時の安息を持たさせてくれたようだった。そして、何か忘れているような気もしていた。


 瞬間、空気を切り裂き何かが飛来した。それがギリフォンの亡骸に突き刺さった。


「「――っ!!」」


 そうだ、敵はギリフォンだけじゃなかったんだ。


「――っ。ヤンカさん、逃げてください」


「バカ言うななのだ。このままダイクだけ置いて逃げるなんてヤンカはできないのだ……それにもう逃げることは無理そうなのだ」


 ヤンカさんの言葉通り周囲には複数の気配が生まれていた。それは集団と言っても差し支えない人数のようだった。

 完全に囲まれているようだ。


 がさりと茂みから顔を出したのは人形の豚のような顔を持った魔物だった。


「オークっ!?」


 ヤンカさんが驚いた顔でその魔物の名を呼ぶ。

 オーク。ぼくもそれなりにゲームなど嗜んできたからその魔物の名前は知っている。

 姿を現したオークの体は筋骨隆々でまさに屈強の戦士といった風体だった。


「お前がそいつを仕留めたのか?」


 茂みから続々と肉付きのいい屈強なオーク達が姿を現してくる。

 その手には各々が槍や剣、斧などの武器を手にし、魔物を鞣した革だろうかそれぞれが防具のような物も装備していた。


「だとしたら、どうだって言うんだ」


 最初に姿を現し声をかけてきた他とは違う浅黒い肌のオークがこちらに近づいてきた。手に持った槍を、肩にトントンと余裕たっぷりに揺らしながらこちらの様子を見ている。

 ここまできて――。

 ぼくは周囲に視線を這わせる。さっき囲まれていると言ったが、背後にはオークの姿はなかった。ぼくが目の前のオークの注意を引き付けれれば、ヤンカさんだけでもここから逃げることができるかもしれない。


「ヤンカさんっ、ぼくが注意を引き付けます。その間に――」


「――え?」


 ぼくはインパクトドライバーのトリガーを引き、近づいてきたオークにドリルをねじ込もうと突進した。

 オークは突進してくるぼくを見据え鼻で笑ったようだった。槍を起用にくるりと一回転させ、ぼくの手を弾いた。


「――っつ」


「ふん」


 衝撃にインパクトドライバーを取り落とす。ギリフォンとの闘いで力をすべて出し切っていたためか、体勢を整えることさえままならずオークの二撃目がぼくの首を襲った。

 その衝撃にぼくの視界はシャットダウンした。


「死に損ないの攻撃など当たるものか」


   〇〇〇


 薄暗い場所に一か所だけくっきりと穴が空いていた。そこから明るい光が差し込んできていた。


「ここ、どこだ?」


 ぼくは生きているのか? 確かオークに首を刎ねられたんじゃなかったっけ?

 死んでいるとしたらここはあの世か?


「わあ! ヤンカねーちゃんすごい!」


「ふっふっふー。これは獣人族の特殊スキルなのだ」


「可愛い! それに美味しそう!」


「いや、ヤンカは食べても美味しくないのだぞ? おい、やめろ? そんな目で見るな」


 それにしてはにぎやかだ。

 首筋に手を添えるとズキッと痛みを感じる。だけど頭と胴体は繋がってるようだ。

 少なくともあの世ではないようだった。


 ここはどこかの屋内か?


「――ぼく、オークにやられたんだっ」


 急に記憶が甦り上半身をバネのように起こした。


「――っ痛」


 体全身に痛みが走った。よく見れば体には変な葉っぱがへばりついていた。


「なんだ、これ?」


 ぺらりと捲るとその下にあるはずの傷痕は塞がっていた。


「??」


 ぼくは混乱した頭でとにかく生きていることだけ理解し、窓の外を見るために体を起こし、のそのそと這いずり窓までたどり着いた。


 そして窓の外を見て驚いた。


「こ、ここは……」


 猫に変身したヤンカさんが子供のオークとじゃれあっていた。猫耳をピンと立てヤンカさんがこちらに気づく。しかしそんなとこよりその周囲の光景に呆気にとられた。


「あっ、ダイク気が付いたのか!」

 

 小川で女のオークが洗濯物を洗い、その回りを子供のオークが走り回っている。

 飼っている家畜の世話をしているオークに畑仕事をしているオークも。そこは小さな集落のようだった。

 そして、肉を焼く香ばしい匂いがその先の広場から漂ってきていた。


「ど、どうなってるんだ? ここは、オークの集落?」

 



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