第21話 墨出し
黒曜石色に変化したマイナスドライバーのグリップを握り込み、カメレオン目掛けて狙いを定める。
周囲に溶け込んでいるためにカメレオン自体を認識するのは難しいが、カメレオンの口からヤンカさんが必死に抵抗し外に出ているので位置は確認できる。
ヤンカさんの顔から後ろがカメレオンの体だ。
幸いにして今は枝に止まり、しぶといヤンカさんを飲みこもうと必死のようだ。
「もう少し、抵抗を続けておいてくださいねヤンカさん」
物陰から目標を確認し、狙いを定めマイナスドライバーを一気にカメレオンに向けて投げはなった。
ヒュ――っと空気を切り裂き真っすぐに飛んでいく。
ブスリと音が聞こえてきそうなくらいに木の幹にしか見えない箇所に突き刺さった。
「やった!」
木の擬態を保つことが難しいのかカメレオンの姿が露になった。
カメレオンは金切り音のように叫び、口からペっとヤンカさんを吐き出した。
「にゃ? にゃああああああああ――」
突然吐き出されたヤンカさんは状況を理解する間もなく木の上から落下してくる。しかし、そこは腐っても猫人族の冒険者。くるんっと宙で一回転。
「おお!」
しかし着地で失敗しべちゃっと地面にめり込んだ。
「……大丈夫ですかー?」
「だ、だいじょうぶ、なのだー……」
ドサッと物音がした。見ればカメレオンが地面に降りてきていた。そしてその眼を真っ赤に染め上げている。体の側面にはさきほど投げつけたマイナスドライバーが深々と刺さっている。
眼がぼくたちを捉えると空気を震わせるほど威嚇してきた。
「お、怒っているのだ」
「あ、あれー、毒効いてないのかなー?」
カメレオンは毒が効いているそぶりを見せずこちらににじり寄ってくる。
あの眼は完全にぼくらを食おうとしている眼だった。
そしてスーッと姿を消した。
「ヤンカさん」「ダイク」
ぼくらは頷きあった。
「逃げろー!」「逃げるのだー!」
ぼくらの背後からはガサガサと音だけが近づいてくる。姿はまったく見えずどこから襲ってくるのか分からない。
こんな敵を倒す以前にどう逃げればいいんだと泣き出しそうになる。
「ダイク! 知っているか! 熟練冒険者になれば見えない敵を察知する能力を持っている者もいるのだ」
ダイクはなぜ急にそんな話を? と思ったが、ヤンカがニッと笑うのを見て希望の光が降り注いだような気分になった。
「も、もしかして、ヤンカさんその能力を持っているんですか!」
ヤンカは言った。
「いや、持っていないのだ」
「じゃあなんで今その話をするんですか! 期待するでしょう!」
「いや、そういやそんな冒険者いたなーと思って」
てへへとヤンカさんは頭を照れたように掻いている。
いや間違いなく褒めてはいない。
それにしても見えない敵っていうのはやっかいだ。どこにいるのか、どこまで迫っているのかさっぱりわからない。
ガサガサガサと近くに気配を感じることはできるのだけど、相手は周囲の景色に溶け込んでいるために姿を認識できない。
ヒュっと何かが迫る音を捉えた。背筋に悪寒が走り反射的に飛び退いた。
瞬間、先ほど走っていた地面が何かに抉られた。
「カメレオンの舌なのだ! ダイク奴の舌はかなり伸びる、しかも強力なのだ気をつけろ!」
「りょ、了解です!」
ぼくとヤンカさんは勘でカメレオンの舌攻撃を避け続け、森を疾走する。
ただ確実に体力は限界を迎え始めてきた。見えない敵の見えない攻撃を避けることはかなり神経を使う。今まで避け続けていることだけでも奇跡だ。
「なんとか奴の姿を捉えることができれば……」
「奴は擬態になって周囲に溶け込むから無理なのだー」
瞬間、ヤンカさんが躓いてしまった。「にゃ――」
「ヤンカさん!」
ヒュっと空気を裂く音がしたと同時にヤンカさんの足に舌が絡みついた。
「――っこの」
ヤンカさんはすばやくナイフを取り出し、足に絡みついた舌に突き立てる。
その時、森に差し込んでくる光の線がナイフの腹に当たり屈折していた。
「――!」
ナイフを突き立てられ舌がヒュッと引っ込む。
「助かったのだ」「ヤンカさん!」
転んだヤンカを引っ張り起こし再び走り出す。
「ヤンカさん、地図にあった丘に行きましょう!」
「??。分かったのだ!」
〇〇〇
元々の目的地であった丘へとやってきた。ここだけ周囲に木々がなくぽっかりと雑草を引き抜いたようにひらけていた。
「そうか、ここなら木が生えていないから上から攻撃されることはないのだ」
「ええ、それもありますけど、奴を捉えるために拓けた場所が欲しかったんです。ヤンカさんぼくが囮になります。奴を確認できたら――」
「分かっているのだこのナイフを突き立ててやるのだ! でもどうやるのだ?」
「――こうやるんです!」
ぼくは腰袋に手を突っ込む。
『スキル【ホームセンター】を発動。通路番号7から電動工具コーナーを選択。検出開始――棚番1の棚段1段目からレーザー墨出し器を特定。――取寄せ可能』
yes? no?
「yes」
『承諾しました。SPを消費します』
瞬間――ドンっと疲労が重くのしかかった。これはSPをかなり消費したときの感覚だ。その疲労を跳ね返すように腰袋から墨出し器を取りだす。
ぼくは地面に墨出し器をセットしスイッチをonにする。
「どうしたのだ? 何も起きないぞ」
「――っそうか」
ぼくはインパクトドライバーに力を送り込むように墨出し器を掴み。意識を集中する。手から電流が迸り、墨出し器の充電完了を知らせる緑のランプが点灯した。
「――来たっ」
再びスイッチをonにする。
「やっぱり何も起きてないのだ」
「いえそう見えるだけです。でも確実にこいつは動いている」
ぼくの脳裏には赤いレーザーが720°前方後方上空すべてにレーザーが走り、レーザーの檻が出来上がっているのが見えていた。
そして、ある一点にレーザーの光が湾曲した箇所が浮かんだ。
「ヤンカさんそこです!」
「あ、あそこだけ赤い線が浮かんでいるのだ!」
猫耳美少女はその手にナイフを煌めかせ疾駆した。
カメレオンがそれを察知し、舌がレーザーの檻を突き破るように発射される。しかし、その攻撃はあっさりと猫耳美少女に避けられる。
「見えればこんな攻撃避けるのなんて訳ないのだ! このヤンカさんを食べようとした恨み晴らしてくれるのにゃー!」
猫娘が飛んだ。そして、くるんと宙で翻り、一直線にカメレオンの頭上向け落下する。重力をその背に受けカメレオンの頭にナイフを突き立てる。
――ずんっ。とカメレオンの巨体が振動し、レーザーの位置が下がった。
広場に静寂が訪れる。
「……倒した」
カメレオンの保護色が解けたか、その事切れた巨体が初めて目前に姿を現した。
「やったのだダイクー!」
ヤンカさんがこちらにナイフを突き上げ、勝利の声をあげる。
倒したことによる安堵の息を吐こうとすると、カメレオンの巨体ががばりと立ち上がった。
「――っ」
反射的にホルダーに差したインパクトドライバーを手に持ち駆ける。
カメレオンがヤンカを吹き飛ばそうとする直前、突撃するようにインパクトドライバーのドリルがカメレオンの脇腹を抉る。
カメレオンが断末魔をあげ今度こそ事切れその場に崩れ落ちた。
『経験値を120獲得』
『スキル【抽出】により、擬態を獲得しました』
「――だあああっ、心臓止まるかと思ったー」
「助かったのだダイク~」
ぼくらはその場に崩れ落ち、顔を見合せハイタッチをした。
とにもかくにもぼくらは当初の目的であるあの丘の広場に辿り着いたのだった。
ドスンっと腰を浮かすほどの地響きがした。
その振動に振り返り一瞬思考が止まりかけた。
なぜこの丘にバツ印がついていたのか理解した。
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