第19話 いざ中層へ

「さあ! ヤンカさん次は今度こそアダマントンを探しに中層にいきますよ」


 ぼくは爪で引っかかれた顔でそう告げた。


「分かっているのだ! 行くのだ!」


 ヤンカさんはすでに黒蜂蜜はどこかに隠したようだった。

 そしてぼくらはようやく森の中層を目指し、探索を開始したのだ。


「まずは中層を目指すにあたって注意ですが。森深くに入っていくにつれモンスターも強くなっていくんですよね?」


「そうにゃのだ。ダイク、いくら強くなったからといっても油断大敵にゃのだ。中層のモンスターは浅層とは一味違うのだ。ヤンカに続くのだ!」


「ヤンカさんそっちじゃないです」


「……ダイクがちゃんと地図を見てるか試したのだ!」


 ヤンカさんは真っ赤な顔で否定してきた。


 ぼくらはできる限りの準備をし、いざ中層目指し出発した。

 森の地図を見ると浅層と中層の間に谷があった。


 というよりはきっとこの谷が浅層と中層を分けるための境界として使われているのだろう。

 谷を渡る手段は谷にかかる一本の橋。

 どうもそれが唯一のルートのようだった。


 森に橋と言えば、吊り橋だ。そんな安易な想像がすぐに浮かぶことが辛かった。

 高所恐怖症ではないけれど、吊り橋は怖い。


「……はあ~」


「どうしたのだダイク?」


「いや、この橋ってどうせ吊り橋だろうなと思って」


「なんだダイク、高いの怖いのか? にゃはははは。ダイク、高いの、怖い、弱っ、にゃははは」


「そんなに笑うことないでしょう。というか吊り橋なんか誰だって怖いですよ」


「ヤンカ怖くないのだ」


 何言っているのだ? という顔でヤンカさんは言ってくる。

 なんだろう、すごくむかつく顔だ。人はちょっとしたことで殺意を覚えるってほんとだよなとつくづく実感した。

 

 とにもかくにもぼくらは唯一吊り橋がかかっているであろう谷に向けて出発した。途中、何度かゴブリンや八目蜘蛛と戦闘になったが、レベルも上がり、ヤンカさんとの連携も練度が増していたのでなんなく倒せた。


 なるべく戦闘を避け、ヤンカさんが間違った道を行くのを度々正し、森を進んでいくとなるほど森の雰囲気が変わっていった。


 どう言えばいいのか森の濃度が濃くなったような気がする。草花の匂いが強くなった。そして暗さが増している。

 なにより、植物の大きさがひと回りでかくなっているようだった。


 そんなことを思っていると視界が急に開けた。森はそこで一度終わっていた。急激な光を腕で遮りながら、足元を見た。

 

 断崖絶壁とはまさにこのことだった。

 地図を見ると目標地点である谷についたようである。

 ぼくは四つん這いになりそーっと下を覗いて見た。


「う、わあ~……」


 遥か下に川が轟々と流れている。もし、落ちたら……。

 ぼくはその考えをぶるぶると頭を振りかき消す。


「こ、れはすごいですね。ねえ、ヤンカさん……?」


 瞬間、ぼくの背をトンっと押してくる力が加わる。大した力ではない。谷底に突き飛ばされるような力ではない。ちょっと背中に手を置いたくらいの感覚だ。

 だけど――。


「どわああああああああっ」


 と、ぼくは盛大に叫び、Gブリのごとくカサカサと谷から遠ざかった。


「どうしたのだダイク? 急に騒ぐからヤンカびっくりしたのだ」


 振り向けばそこにヤンカさんがぼくに触れた手をにぎにぎと動かしにやにやと笑みを浮かべていた。


 いたよね学校にこういう奴。まったく、でもぼくは大人だからこういういたずらは気にしなけどね。


「……ふぅ~。ヤンカさん、橋を探しますよ! 橋!」


「す、すまなかったのだ。分かっているのだそんなに怒らなくてもいいのだ」


 まったく!


 ぼくは地図を広げ、橋のマークが記されている地点と現在地を見た。ここからそう遠くない地点にある。地図を折りたたみ、いざ出発。


「こっちです。橋はもうすぐそこですね」


  ●●●


 橋はすぐに見つかった。


「……」


 橋を見て予想通りに固まっていた。

 というより、予想を遥かに超えてやばそうな吊り橋だった。


 まず見て思ったのは、ザ・吊り橋という感じだった。それはいい百歩譲ってそれはいい。問題なのは、この奥地、手入れする者など皆無な為か、経年劣化がひどい。

 目視で縄は所々、ほつれが見え、床板は何が通った後なのか壊された痕があり、生きている板のほうが少ない。


 これを渡れと?


 幸いにして橋がかけられているのはもっとも谷が狭くなっている箇所であるために、距離にして六メートルもないだろう。


 ただ、これは人が乗って耐えられるのか? 素朴な疑問である。怖いとか以前、安全性の問題だ。これは絶対に乗った瞬間に落ちる。そう予想できた。


「なんだなんだダイク? もしかしてヒヨっているのか? 怖いのか?」


 そんなぼくを見てこれ幸いとヤンカさんがずいっと前へと出てくる。


「しょーがないのだ。ヒヨってる初心者冒険者のダイクに代わって、まずはヤンカが手本を見せるしかないのだ」


 ヤンカさんが尻尾をゆらゆらさせ得意そうに橋へと進んでいく。


「あっー、危ないと――」


 ヤンカさんが橋に足を踏入れた瞬間、ギリギリ保っていた吊り橋とともに白髪の猫耳美少女がぱっと消えた。


「ヤ、ヤンカさーん!?」


「……、た、助けて、ダイク、助けてー」


 そろっと落ちた吊り橋付近を覗くと、崖にしがみついてなんとか事なき得ていた猫耳美少女が半泣きでこちらを見上げていた。


「……言わんこっちゃない」


  ○○○


 腰袋に手を突っ込む。


『スキル【ホームセンター】を発動。通路番号4から建築資材コーナーを選択。検出開始――棚番5の棚段2段目から三連梯子を特定。――取寄せ可能』


      yes?  no?


「yes」


『承諾しました。SPを消費します』


 腰袋からにゅっと梯子が飛び出してくる。


「おお! でかくて長いのが出てきたのだー!」


「本来は梯子なので上に上がる時に使うものなんですけど、今回は谷にかける橋として簡易的に使用します。上を歩いて渡るようには作られてないですけど、なんとかなるでしょう」


 ぼくは三連梯子を命一杯に伸ばす。軽く六メートルは超えてくれた。

 それは向こう岸にそーっと降ろす。


 これでなんとか渡れるだろう。


「おお、橋が架かったのだ! ヤンカが一番乗りなのだー」


 ヤンカさんが身軽にひょいっと梯子に飛び乗る。瞬間、ガタガタと揺れる。


「おお、ダイクー! これすごくたわむのだー! ビョンビョンなるぞー」


「わああ、ちょっとヤンカさん危ないですよ!」


 とにもかくにも無事に向こう岸に渡ることに成功したのだった。

 帰りはもっと頑丈にしよう。三連梯子を三つほど、いや五つか? 並べて、その上にコンパネをのせて、穴を開けて針金でがっちり固定するのだ。

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