第17話 スローライフいつになるやら
ヤンカさんに言われた通りに《スライム液》を外壁に満遍なくスキル【融合】によって付加させた。ただこれはやはり結構大変であった。SPの消費量が激しく外壁にだけ、つまり限られた箇所だけに【融合】を使うことが広ければ広いほど、制御が難しいのだ。
例えるなら白壁に水色のペンキで正確な四角形を塗る作業に似ていた。
「……分かりにくいな」
壁際の地面を指で押すとブヨンと凹む。これだと知らずに歩いてたら躓いて転んでしまいそうだ。
とにかくこれは訓練が必要だな。じゃないと失敗して別の物に付加させてしまうことになりそうだ。
「おおすごいのだダイクー」
ヤンカさんがレンガ壁をぐいぐいと押しては離してを繰り返し遊んでいる。
まったくあれだけのことがあったのに能天気な人だな。
とにかくこれでゴブリンくらいの敵であれば外壁を壊して侵入することは簡単にはできないだろう。問題は他のモンスターである。そういえばぼくはこのルビルの森にどんなモンスターがいるのかも知らないのだった。知っているのは三種類ほど。
それに何と言っても森の名称にもなっているルビルという竜の存在だ。
もしそんなのが本当にいたとしたら……。ぼくは背筋をブルっと震わせる。
「ちなみにヤンカさん。その竜のルビルは復活というか、本当にいると思いますか?」
ヤンカさんはレンガ壁を押していた手を止め、「ふーん」と小首を傾げる。
「ヤンカには分からにゃいのだ。知っているのはルビルの伝承くらいだからな」
「伝承って、英雄アル・ローランに退治されたっていうやつですよね?」
「そうにゃのだ。英雄アル・ローランの偉業を讃える物語の一節に出てくるのが竜ルビルの話にゃのだ。物語によればルビルの火炎の息は岩をも焼き尽くし、その顎は鉄をも噛み砕き、爪や尻尾においては山を一振りで薙ぎ払うと言われているのだ」
「そんなのがもし本当にこの地に眠っていて復活なんてしていたら……」
「今すぐこの森を離れるに越したことにゃいのだ。森で暮らす奴なんてバカがいたら見てみたいのだ」
「「……」」
「でもヤンカさんはモンスター増殖の原因を調査しに来たんですよね? つまり竜の眠る地を真っ先に調査しにいくんじゃないですか? それでもしモンスター増殖の原因がルビル復活の影響だったら」
ヤンカさんは少し考えるように小首を傾げると、かき氷にハワイアンブルーのシロップを掛けていくように顔を真っ青にしてカチカチと歯を鳴らし怯えだす。
「ど、ど、どうしようにゃのだ。本当にゃのだ。もし本当にルビルが復活してたらヤンカ真っ先に消し炭にゃのだ。ヤンカそんなところに行きたくにゃいのだ」
あ、あー、この人考えてなかったな。
「でも町の人達の考えだと、竜が復活する予兆ってことになっているんですよね? モンスター増殖の原因。ということは必然的にその竜の眠る地に赴くことになるわけで」
「よくよく考えれば、そ、そうにゃのだ。ダイク、もし本当に竜が復活していたらどうしよう。ヤンカ死にたくにゃいのだ」
「だと、クエスト依頼、放棄するしかないですよね?」
「それも無理にゃのだ。だってヤンカ借金あるからこのクエストを達成させないと縛り首にゃのだ」
この人いったいどれだけ借金こさえたんだ? ぼくは汗を垂らした。
「ま、まあ、クエストの達成内容は、モンスター増殖の謎の解明ですから、竜が原因とは限りませんし」
「そ、そうだな。にゃはは、ダイク良いこと言うのだ。うんうん、そうにゃのだ。きっと別の原因に決まっているのだ。どうせ交尾しまくってたまたま増殖したってのが落ちにゃのだ。そもそも竜なんてこの地にいないのだ」
モンスターって交尾して数増やすのか? ともかく伝説の竜はとてつもない竜であるらしい。もし本当にそんな竜がいたのなら……。
広大な森にぽつんと立っているゴブリンの攻撃にさえボロボロにされる我が家を見上げた。
これでは竜の火炎どころか、爪でちょんと押されただけでも吹き飛びそうである。それが頭の中で簡単に想像できて辛い。
もっと強力な素材で小屋を補修することができれば……。
そうだ。例えば外壁を《スライム液》の特性を生かして補修したように。
ぼくはレンガ壁をぐいぐいと押してみる。
指先に跳ね返りを感じる。
モンスターには特性を持つモノがいる。赤八目蜘蛛は粘着性の高い糸。これは強力な接着剤として活用できる。
きっと他にも特性を持つモンスターはいる。例えば、炎耐性を持ったモンスター。もしくは水耐性を持ったモンスター。
そういったモンスターを倒すことができれば、ホームセンターで取寄せ可能な素材となるんじゃないか?
そしてその素材は【融合】によって別の物質に特性を付加させることができる。
素材によっては竜の攻撃にさえ耐えることのできる物だって――。
「ヤンカさん。教えて欲しいんですけど」
「なにかなダイク君」
立ち直りが早いのかすっかり顔色を取り戻した猫耳美少女は「教えて欲しい」という言葉に気をよくしたのか胸をえへんと張り知識人ぶった顔をしている。
んーきっとこの辺の立ち直りのよさがヤンカさんのいい所だな。
「例えば竜の攻撃にさえ耐えれるモンスターとかはこの森にいたりするんですか?」
その質問にヤンカさんは目を丸くし、うーんと考え込む。
「竜の攻撃? ……さすがにそんなモンスターは……、あ、いや、それは、ん? ああいや、無理。んー……!?」
ヤンカさんが手をぽんっと打つ。
「一種類いるのだ」
「本当ですか?」
「うん。アダマントンなのだ」
「アダマントン?」
「そのなのだ。アダマントンは森深くにある洞穴に棲んでいる幻のモンスターと言われ、動きは鈍重だけどその背を守る甲羅はアダマンタイトと呼ばれる非常に硬い金属でどんな攻撃も通さないと言われているのだ。その硬さは竜の一撃さえ耐えると言われ、お城で一番重要な王様の寝室の扉や、伝説級の武具なんかに使われているとても貴重な金属にゃのだ。もし、竜と戦うなんてありえないことが起きる可能性があるのならば是非こいつの甲羅によって作られた武具を装備するのを勧めるってギルドのモンスター図鑑には書かれていたのだ」
「モンスター図鑑?」
「そうなのだ。ヤンカたまにギルドでモンスター図鑑みて、美味しそうなモンスターがいないか物色してたのだ」
いや、食い意地。
「その幻のアダマントンってモンスターがこの森にはいるんですか?」
「いるのだ。美味しそうだなと思って、モンスター図鑑に記載されていたアダマントンの生息地を見たら確かにこのルビルの森であることが明記されていたのだ」
ヤンカさんはドンっと胸を叩き自信満々に告げてくる。うん。この人の食い意地は信用できるぞ。なんたる偶然か。
もし、そのモンスターを倒し素材を獲得することができれば、この小屋が竜の一撃さえ耐える強度を持つことができるかも?
「ヤンカさん一つ提案ですけど、森の調査の手伝いをすることは約束したのでぼくもその竜の眠る地に一緒には行きます」
「本当か! それは助かるのだ」
「でももし本当に竜がいたら命がいくつあっても足りません。そこで、その地に行く前にぼくと一緒にこの小屋のリフォームを手伝ってくれませんか?」
「リフォーム?」
「ええ、竜にも負けない家を作るんです」
「竜にも負けない家!?」
「そうです。ぼくのスキルで作るんです。ぼくのスキル【融合】はモンスターを倒したときに得ることのできる素材を別の物にその特性を付加させることができます。つまり、竜の攻撃さえ凌ぐことのできるアダマントロンの甲羅を素材として得ることができれば、それをこの小屋に付加させることができれば、本当に竜が復活してもこの小屋に逃げ込めば、安全です」
「安全……。本当か!?」
「ええ、本当です」
「それはナイスアイデアにゃのだ! 手伝うのだ! そしたらもし竜が本当にいたとしてもヤンカの命は助かるし、クエストも達成できるし、借金も無くなって万々歳にゃのだ」
ヤンカさんは耳をピンっとたて小躍りしだす。
「話は決まりましたね。ではまずはアダマントンなるモンスター探しをしましょう!」
ぼくはヤンカさんに改めて強力の握手を求める。ヤンカさんもその手をがしりと握る。そして。
「ダイク。その前に黒曜蜂の蜜、ヤンカ忘れてにゃいのだ」
「……」
猫耳美少女はパチンとウインクし、ニカっとひまわりのような笑みを見せた。
ぼくはこの状況化でよくそんな笑みを見せることができるなと猫耳美少女の神経の図太さにドキドキしてしまっていた。
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