第16話 スライムモルタル

 【融合】は中々便利なスキルであることが分かった。そこでモルタルに試しにスライム液を混ぜてみた。指で触ってみると弾力を感じる。例えるならまるでスライムのようだ。


 いや、それそのままだよ。


「ふふふっ」


 これは予想通りの効果を発揮してくれるかもだ。


「ダイク……、レンガここに置いておくのだ」


「あっ。ああ、ありがとうございますヤンカさん」


 白髪の猫耳美少女が怪訝な表情を向けて地面にレンガを「よいしょっと」置いている。

 彼女はヤンカ・フェンデルという名の三ツ星冒険者だ。


「ダイク。余計なお世話かもわからないけど、一人で笑っているとおにゃーちゃんとしては心配にゃのだ」


 ヤンカさんはあっちの世界で友達いなかったのかな? という心配そうな目で見てくる。やめろ。ぼくをその目でみるんじゃない。いいじゃないか。人の楽しみ方にケチをつけないでくれ。


「ダイク……。辛いことがあったのならヤンカに話してみる――」


「結構です。ヤンカさんは早くレンガ持ってきてください。またいつゴブリンみたいなモンスターが襲ってくるとも限らないんですから今日中に外壁だけでも修復したいんです。外壁や門がしっかり機能してさえいればああも簡単にゴブリンの侵入はなかったはずですから」


 ヤンカさんはしょうがないと立ち上がり再び納屋へとレンガを取りに行ってくれる。ただ、時折こちらを振り返っては、いつでも聞いてあげるからな? という優しく生暖かい眼差しを向けてきていた。


 やめろ。やめてくれ。その優しさはぼくの心を抉るんだよ。

 ぼくは無言で早くレンガ! とヤンカさんに身振り手振りで伝えるが、彼女はうんうんと遊び相手のいない弟にでも応えるように頷きを繰り返すのだ。


「まったく。これじゃあまるでぼくが可哀そうなやつ見たいじゃないか。失礼しちゃうな。とにもかくにも早く小屋を補強しなきゃ夜おちおち寝れないからな。ヤンカさんに聞いた話だとこの森は今、中々危険な場所だということだし」


 ゴブリンの襲来のこともあり、ぼくはヤンカさんのモンスターの大量発生の原因を調査にきたという話をもう少し詳しく聞いた。

 話によればこの森はルビルの森と言われているらしい。ルビルという名前の由来はなんと古の時代にこの周辺を荒らしまくっていた竜の名前らしいのだ。

 ぼくは、おお、竜だと? 本当にいるのか? と胸がワクワクドキドキした。


 ただ、もちろん今はこの森にその竜はいない。言い伝えによればアル・ローランという英雄が竜を退治したという話だ。

 そして、退治された竜はこの地で眠りやがて竜を中心にこの森が生まれたらしいという言い伝えだった。

 それがこの森、ルビルの森の始まりとされている。


 ルビルの森で育つ木や植物は大きく質がよく近くの町ではとても重宝され、町は主産業としていわゆる林業を生業にし栄えているということだった。その町の名前はアルウッドというらしい。英雄アル・ローランからとった名前だ。

 まあ、どこにでもある地名の由来に伝説が絡んでいるものかと受け取った。


 とにかく三年前までは町人たちはよく森に入り、伐採などを行っていたらしいのだが、突然モンスターの数が異常に増えたらしい。この小屋もきっと木を伐採するための拠点みたいなものだったのだろう。


 そしてそれは英雄によって退治された竜が目覚めようとしている予兆ではないかと町でちょっとした噂になっているということだった。

 もし本当に竜が目覚めたら大変なことだと町は冒険者ギルドに森の調査のクエストを依頼したということだった。それにより借金まみれのヤンカさんが請け負ったという話らしい。


 ううむ。モンスターの大量増殖と竜の復活がなぜ関係しているのかさっぱりだけど、もし本当にその竜が復活するのならこの森は大変危険である。


 とにもかくにもぼくにとって生活拠点であるわけで、この森の把握もまた急務と言えよう。


 こねていた手を止め、モルタルの粘度を確かめる。だいたい耳たぶくらいの柔らかさが理想だ。


「うんうん。いいね。よし、こんなもんかな《スライムモルタル》完成だ」


 念のためにヤンカさんに森の地図を見せてもらったが、竜が眠る場所は今ぼくが住んでいる所からもっと森深くに入っていったところのようだった。

 森の中心部、いわゆる竜の眠る地に近づくほど森のモンスターも強さが増していくらしく、この小屋は森のわりと浅い箇所にあるみたいだ。それこそ一日くらい歩けば森を抜けて町に行けるくらいじゃないだろうか?

 まあ、完全に素人目算であるけど。


 ん? もしかして竜が復活したことでその中心部から強力なモンスターが押し出されたことがモンスターの増殖といった現象に見えているとか?

 ホブゴブリンが現れたときのヤンカさんの反応は、ホブゴブリンがこの区域で現れることを予期していなかったような様子だった気が……。


「ダイク~、置いておくのだー」


「ああ、ありがとうございます」


 もちろんその眠る場所というのは後世によって語り継がれたものであって、実際はどうなのかよく分からない。本当にこの地に竜がいたのかを知る者などいないのだ。

 そもそも竜というのはこの世界でも大変珍しい種らしいし。


「だとしてもモンスターの増殖の原因が分からないと町の人たちもおいそれと森には入ってこれないだろうからな」


 この森の恵みで生業をしている者たちからすれば死活問題だ。

 

 とりあえず竜がいるかどうかは定かではないけれど、そんな伝説のある森でこれから生きていこうとしているのだ。まあ実際にモンスターの数は増えているらしいし被害にもあいまくっている。これからどんなモンスターが出てくるかわからない。これでは身が持たない。

 なので小屋の修復を兼ねてちょっとやそっとの攻撃ではビクともしない家作りが急務なのである。


 だったらそんな危険な森さっさと離れたほうがいいって?

 もちろん考えたけど。森からでて、町におりて人付き合いすることを考えるとそれこそ億劫になるのだ。どうにも気が進まない。


 もし本当にそんな竜が復活するのならさっさと森から逃げ出すに限るけど(さすがに命は欲しい)、今のところ憶測の域をでない。


 だったら危険ではあるけども、ぼくはまだ致命的ではないと考えている。このまま森で自由気ままに暮らしているほうが今はまだ気が楽だ。

 もちろん、モンスターの急な増殖の原因は気になるので調査には協力するけどね。


 スライムモルタルを鏝で掬いとり、レンガに塗っていく。そしてヤンカさんが持ってきてくれたレンガを積み上げていく。

 この際、戦車くらいの砲撃ではビクともしない家がいいぞ。いや、この世界に例えると例えばドラゴンの火炎にもビクともしない家かな。


「よし、目指すは竜にも負けない家だ」


「ダイク。ここに置いておくのだ。悩みがあるなら――」


「ありません。しいて言うならこのモンスターが跋扈する森でどうやって生きていこうかということくらいです」


「そ、そうか。ヤンカ、レンガ持ってくるのだ」


 ヤンカさんはそそくさとレンガを置いて再び納屋へと歩いていく。

 おい。伝わっているか? 会話が嚙み合っていない気がするぞ。

 ぼくは丸太椅子を台座代わりに足をかけ、スライムモルタルを塗ってはレンガを積み上げを繰り返していく。


「よし。初めてにしてはいいんじゃないか」


 丸太の上で背伸びをして一番高いところにレンガを置く。そしてぎゅっぎゅっと押し付ける。あとはしばらく放置なんだけど。

 ぼくは時間経っている箇所のレンガ壁を手のひらで押してみる。

 ぐいぐいっと押す。


「おお、割と早めに固まっている。それに思った通りの出来じゃないか、これ」


「ダイク~。持ってきたのだー。何しているのだ?」


「ふっふっふ。ヤンカさんここぐいっと押してみてください」


「え? だってそこは積んだばかりだろ? いいのか?」


「いいんです」


「じゃあ、お言葉に甘えて――せえにょ!」


 ヤンカさんは腕を振り上げまるでお相撲さんのつっぱりのごとく手のひらを突きを出す。


「のああ! 誰がそんな思いきっりやれと――」


 そのつっぱりがレンガ壁を突くと衝撃を吸収するようにぐにょんと窪んだ。そして、反発しヤンカさんの腕をぼんっと弾き返した。


「にゃ!?」


 その衝撃にヤンカさんは後ろに尻もちをべちゃと着き、驚いた顔で自分の腕とレンガ壁を見比べている。


「な、なんなのだこの壁!?」


「ふっふっふ、これがスライムモルタルで作り上げた名付けてスライム壁です!」


 ぼくはヤンカさんの思い切りのよさに冷や汗を流しつつ、なんとか体面を保ちつつ言った。危ないな。なんでこの猫耳美少女はこんな思い切りがいいんだよ。でもそのおかげでスライムモルタルが物理攻撃に対して効果があることが分かったぞ。


「スライムの物理攻撃耐性の特性を上手く外壁に取り入れることができないかとおもいまして。ふっふっふ」


「す、すごいのだー。これならホブゴブリンの一撃だって耐えれるのだ。でもダイクなんでわざわざそのモルタルに練りながらやったのだ? ゴブリンのとき床に直接スキル使った時みたいに壁に直接スキル使えばあっという間なのだ」


 ぼくは持っていた鏝をカランと落とした。


 あ、そういえばそうだ。

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