第15話 スキル【融合】


 ゴブリンが這いつくばっていく。後に続くゴブリンが這いつくばったゴブリンを踏みつけ床に足を着くとともに足をとられ走ってきた勢いを止めることができずに同じようにうつ伏せに倒れ込む。その上をまた別のゴブリンがと同じ光景がまるでループ映像のように繰り返される。

 

 寝室の木窓や壁を打ち破って入ってきたゴブリンも同じように倒れこむ。

 視界にはあっという間にゴブリンの絨毯が出来上がっていった。


「ダイク……。いったい何をやったのだ」


「こうも上手くいくとは思いませんでしたけど。床に蜘蛛の糸をスキル【融合】で張り巡らせました。ヤンカさんも気を付けてください。うっかり床に足をつくと引っ付いちゃいますから」


 ゴブリンが寝室の扉を打ち破る少し前。ぼくは何か手はないかと打開策を絞りだしていた。


〇〇〇


 何か方法はないか? できれば一匹ずつ相手にする状況を作りだしたいが回りはゴブリンに囲まれている。ものの数分で扉や木窓、壁は破壊され一気に奴らは雪崩れ込んでくるだろう。一匹ずつ相手にする状況下を作りだすことは今のぼくではどうやっても思いつけない。だったら、一度に相手にする? それこそ不可能である。それが不可能だから一匹ずつ相手にするのだ。


 だったら、どうする? もうあと間もなくゴブリン共は雪崩れ込んでくる。寝室の壁が鈍い音を響かせこん棒と赤い眼が覗いている。

 木窓も寝室の扉ももう持たない。

 奴らが雪崩れ込んでくることはもう決定的だ。

 くそっ、何も思いつかない。


「にゃう~、せめてあいつらの動きが一瞬でも止まってくれれば、その隙に逃げれるのに~」


 動きを止める? 頭にふっと考えが浮かんだ。


「そうだ。ヤンカさんそれですよ奴らの動きを止めるんですよ。そしたら多勢に無勢なんか関係ない」


「にゃ、にゃう?」


「奴らはぼくらを狙って必ずこの部屋に入ってきます。それは確実なわけです。何故なら奴らは完全に自分たちの優位を疑っていない。奴らはこのまま数で襲えば多少の犠牲があろうが勝てると思っている。そこに警戒心なんか微塵もないあるのは獲物を誰がいち早く捉えるかという本能だけ。そこに賭けます」


 問題はどうすれば奴らの動きを止めることができるかだけど。それには一つ考えがあった。いやこれができなければ勝利はない。


 まず使うのは、腰袋に手を突っ込む。


『スキル【ホームセンター】を発動。通路番号8から異世界コーナーを選択。検出開始――棚番5の棚段4段目から蜘蛛の糸を特定。蜘蛛の糸――取寄せ可能』


      yes?  no?


「yesだ」

 

 そう蜘蛛の糸だ。


『承諾しました。SPを消費します』


 手に感触が生まれ引き出す。腰袋から手を抜くと毛糸の糸玉のように纏められた蜘蛛の糸がでてきた。


「それは、ヤンカの胸当てに引っ付けた奴にゃ?」


「ええ、これです。こいつをある方法で使えばきっと奴らを一網打尽にすることができるはすです」


 すでに手に粘々と引っ付いている。

 この粘着性を利用する。そして利用する方法はスキル【融合】だ。

 以前、この糸の説明を見たことがある。そこには――


『――赤八目蜘蛛の糸。粘着性強。スキル【融合】使用で性質付加可能』


 そう。スキル【融合】使用で性質を付加することができることが説明されていた。

 そのままの意味でとれば、ある物にこの蜘蛛の糸の粘着性を付加することができるということだ。


 問題はこの寝室に張り巡らせるために、どれだけのSPが必要なのか?


「ヤンカさんなるべくぼくの傍にいてください」


「わかったのだ」


 ぼくの言葉にヤンカさんは素直に従った。


 手に持った蜘蛛の糸玉を床に押し付けた。


「スキル、【融合】!」


 手に青白い光が纏わりつく。光は手の先から蜘蛛の糸、そして床に伝わっていく。


 寝室一体の床に広げていくイメージを浮かべる。


 青白い光が蜘蛛の巣状に広がっていった。壁に到達しようかとした瞬間、伸びは止まり、急な眩暈が襲う。


 この感覚は。


「SPが尽きたか」


 ステータス画面を確認する。


 Lv.3 


 HP28 MP16 SP0


 攻撃力71 物理防御17 魔法防御7 素早さ9


 武器装備,インパクトドライバー 防具装備,安全ヘルメット つなぎ


 やはり0になっている。だが目的は達した。

 寝室を見渡す。一見して何の変化も見られない。ぼくは指先をそっと床に触れてみる。


 引くと少し触れただけにも関わらず粘りのある素材が糸を引く。


「成功です。ヤンカさん」


 この部屋の床は蜘蛛の巣状にあの鳥もちのような粘着性物質に変化していた。


 〇〇〇


 視界には蜘蛛の床に絡めとられていないゴブリンが数匹ほど残っていたが、他20数匹は這いつくばった状態で藻掻くことすらできずに絨毯の一部と成り果てている。


「さあヤンカさん。反撃開始です作戦通りに行きましょう」


 ぼくは自分の足元に這いつくばり身動きできないゴブリンの頭部にドリルの照準を合わせ、そして――トリガーを引いた。


 室内にドリルが高速回転する音とゴブリンの断末魔が響く。


『経験値を18獲得』


「まずは一匹……」


 仲間が無残にやられた光景にさすがに憤怒したか残りのゴブリンが威嚇し、飛び掛かってくる。しかしぼくはそれをあっさり無視し、次に取り掛かった。

 身動きできないゴブリンに容赦なく風穴をあけ、絶命させていく。血しぶきが顔に掛かるがそんなの気にしている暇はない。


『経験値を18獲得』


 次に取り掛かろうとするとゴブリンがこん棒を振り降ろしてきた。ぼくの頭上で銀閃が瞬く。ヤンカさんが間一髪それを弾き返した。


「させないのだー!」


 そう作戦内容はぼくが身動きの取れないゴブリンに止めを差している間にヤンカさんはぼくを徹底的に守ってもらう。作戦にもなっていないような作戦だけれども今は単調にそれをなるべく早く繰り返していく。

 その理由は――。


『経験値を18獲得』『経験値を18獲得。レベルアップしました』


 Lv.3→Lv.4 


 MaxHP28→32 MaxMP16→20 MaxSP26


 攻撃力11→14 物理防御7→10 魔法防御5→7 素早さ9→12


 ドリルを持つ手の安定性が増した感じがした。レベルアップのおかげだ。 その間も次々に仲間の息の根を止めているぼくに攻撃を仕掛けようとゴブリンが叫び襲い掛かってくるが、それを猫耳美少女が短刀を閃かせ防でいた。ついには彼女の短刀がゴブリンの首を刎ねる。思った通り彼女は強い。彼女だけであればこのゴブリンの数に勝てなくとも逃げ出すことはわけないだろう。


 じゃあいったいこの戦局を不利にしている原因はなんなのかと言えばぼくが弱いことが原因だ。

 確かにぼくの持つインパクトドライバーの破壊力は一目置くものだろう。しかし扱う者がそれに見合わなければ宝の持ち腐れである。


『経験値を18獲得』『経験値を18獲得』『経験値を18獲得』『経験値を18獲得』『経験値を18獲得。レベルアップしました』


Lv.4→Lv.5 


 MaxHP32→35 MaxMP20→24 MaxSP26


 攻撃力14→16 物理防御10→13 魔法防御7→9 素早さ12→14


 この戦い。いやこれから先を生き抜いていくにはぼくのレベルアップが必須だ。それが今回のことで嫌というほど痛感した。ぼくはこの戦いでできる限りレベルを上げる。


「ギギギっ――」


「にゅあう!」


 ゴブリンの攻撃を白猫美少女の短刀が弾いていく。彼女は見事にゴブリンを2匹を相手どり繰り出されるこん棒を弾き、隙あれば返す刀でゴブリンに攻撃を仕掛けている。


「ギギっギギっ」


 レベルが上がるにつれ体が軽くなっていく気がする。


「っ、しまったのだ」


 ヤンカさんがゴブリンに動きを止められ、別のゴブリンがぼくに襲いかかってくる。振りぬかれたこん棒が眼前に迫る。ぼくの顔に思い切り入った。


「――っ」


 振りぬかれたこん棒の衝撃に一瞬頭がぐらつくが、それ以上のダメージは感じなかった。ぼくはインパクトドライバーを構え、ゴブリンの懐に飛び込む。

 完全に拠をつかれたゴブリンはあっさりとぼくの侵入を許し、そのまま困惑している間にトリガーを引いた。

 

『経験値を18獲得』


「ダイク大丈夫かっ!」


「大丈夫です! なんのことはありません残りを片付けます」


 レベルが上がっていることでゴブリンの攻撃が脅威ではなくなってきている。ぼくは手ごたえを感じていた。確実に強くなっている。


『経験値を18獲得』『経験値を18獲得』『経験値を――レベルアップしました』


Lv.5→Lv.6 


 MaxHP35→45 MaxMP24→30 MaxSP26


 攻撃力16→20 物理防御13→17 魔法防御9→13 素早さ14→20


 確実に強く、早くなっている。ぼくのゴブリンを止めを刺すスピードは格段に速くなっていく。


『経験値を18獲得』『経験値を18獲得』『経験値を18獲得』『経験値を18獲得』『経験値を――。


「ダイク! 一匹逃げたのだ」


「大丈夫です。今なら追いつけます」


 言葉通りの意味だった。ゴブリンの動きが今ではスローモーションのように見えている。レベルアップのせいか、それとも数少ない戦闘経験を得て慣れてきたのか。

 次の瞬間にはゴブリンの背中に到達し手に走る衝撃と腹を裂く激痛に泣き叫ぶゴブリンの断末魔が耳を劈く。


「これで最後だ」


『経験値を18獲得。レベルアップしました』


Lv.6→Lv.7 


 MaxHP45→52 MaxMP30→36 MaxSP26


 攻撃力20→24 物理防御17→20 魔法防御13→15 素早さ20→24


「ほんとうに、やったのだ。あの数のゴブリンをたった二人で、これは快挙にゃのだ……」


 寝室はゴブリン達の死体で埋め尽くされていた。


「片付けが大変ですね。これは」


「まったくにゃのだ」


 そんな日常の会話にぼくは少し自分にゾッとした。ぼくは自分とは別の生き物の命を奪ったことよりも、生活のことに頭を悩ませているのだ。

 ぼくは被りを振った。


「いや、これがこの世界で生きていくということだ」


「ダ、ダイク!」


 ヤンカさんの鬼気迫った叫びに切れかけた緊張の糸を引き戻す。

 振り向けば小屋の入口からのそりと巨体のゴブリンが姿を現した。


「ホ、ホブゴブリンにゃのだ……。どうやらこいつらの親玉のようにゃのだ。ヤンカとしたことが気づくべきだったのだ」


 ヤンカさんは顔色を青く染め上げ、その背を震えさせている。その様子にこのホブゴブリンが危険なモンスターであることを察した。


「ダイクっ、逃げるのだ。ゴブリンとは訳が違うのだっ」


 ヤンカさんの言葉に意を反してぼくは身を前へと足を進めた。


「ヤンカさん。大丈夫です。やります」


 その言葉に猫耳美少女はぽかんとした顔でこちらを見た。あっけにとられる彼女を通り過ぎ、ホブゴブリンに対峙する。

 

 2メートルほどはあるだろうか。下半身と比べると上半身が異様に大きく筋肉が発達している。

 手にはお馴染みのこん棒が握られているがあれはもはや丸太といっても過言のない大きさのものであった。ホブゴブリンになると武器もひと回り大きくなるようだ。

 さすがというべきかゴブリンとは比べものにならないプレッシャーだ。

 文字通りちょっと前のぼくならそれだけで動けなくなっていただろう。


 でも、今は違った。

 レベルアップのおかげか、負ける気がしない。


 怒りに染まったホブゴブリンの赤い眼がぼくを捉え、敵と認識したのか巨体を進ませ火山が爆発したような叫びをあげた。


 大氣が揺れ、振動に小屋全体が震える。


「――ひぃ」


 それを戦闘開始の合図だと言わんばかりにホブゴブリンがこん棒を振り上げ突撃してきた。


「ヤンカさん離れて!」


 声にヤンカさんはすばやく身を翻し寝室の奥に引っ込む。

 横一線に振られるこん棒をぼくは身を屈め、敵の懐に飛び込むように前へと転がり回避した。瞬間、バキィィっと破砕音が響く。

 見ればホブゴブリンの一撃が扉ごと柱をひしゃげさせていた。


 あの一撃はさすがにノーダメージとはいかない。一発もらうだけで軽く骨がひしゃげるだろう。ただそれよりも、このまま小屋で戦っていたら我が家が破壊されてしまう。


「こっちだ筋肉ゴブリン!」


 小屋の入口で囃したてホブゴブリンを挑発する。これ以上小屋を壊されてたまるか。やつはあっさりと乗せられ激昂して追いかけてきた。仲間をすべて殺されたことで完全に頭に血が上っているようだ。


 これは――チャンスだ。


 奴が小屋を出たのを見計らいぼくもホブゴブリンに向かって突撃した。


 インパクトドライバーをしっかりと握り、トリガーにかける指に全神経集中させる。ホブゴブリンが降り降ろしてくるこん棒を横に飛び避け、すぐに起き上がり怒りに我を忘れた奴の脇腹に飛び込んだ。


「……ぐが?」


 脇腹にはすでにドリルを押し当てている。


 指に魔力が走らせ、トリガーを引いた。


「いけえええええええええええええええええええ――」


 放出される魔力がドリルを高速回転させ肉や骨を裂き砕く音が森の木々に反響したのかこだまする。

 ドリルの先端は一瞬でホブゴブリンの脇腹を貫通させた。


「……」


 密着したホブゴブリンの体が音を止めていた。トリガーを引くのを止めると周囲はとても静まり返っていた。

 

 逆回転でドリルを引き抜きホブゴブリンから離れる。

 2メートルの巨体は糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。


『経験値を349獲得。レベルアップしました』


Lv.7→Lv.8 


 MaxHP52→57 MaxMP36→42 MaxSP26


 攻撃力24→27 物理防御20→24 魔法防御15→17 素早さ24→28


「ほ、ほんとに、ホブゴブリンを倒してしまったのだ……」

 

〇〇〇


 次の日、ぼくらはゴブリンの死体の山を片付ける為にたいまつを作り火で炙った。蜘蛛の糸は熱に弱い特性も引き継いでおり割と簡単に引き剥がすことに成功した。


 その後は火葬した。手を合わせ「決して呪わないでください」と唱えていると、ヤンカさんは不思議そうにぼくを眺めていた。


「ダイクは変わっているのだ」


 聞けば、モンスターを弔うこと自体おかしなことらしい。問答無用で捕食してくるモンスターどもを何故弔わなければならないのか意味不明なのだそうだ。


 冒険者は倒したモンスターに素材的な価値がなければその場に放置していくらしい。なるほど、それがこの世界の習いであればぼくもそれなりに順応しようとは思うが、どうも人型だと具合が悪いのだ。

 もちろんこれはぼくのエゴだと分かっている。


 とにもかくにも気づけばすっかり日は落ちていた。


 そして――。


「かあああっ――これだよこれ」


 疲れた体が悲鳴をあげる。それ以上にお湯が体に沁み込んでいくようでたまらなく気持ちがいい。ついつい声を上げてしまうのはこれはもう致し方のないことだろう。日本人であれば誰もが共感してくれるはずだ。


「ダイク! 早く出るのだ。次はヤンカが入るのだ!」


「え? 今入ったばかりじゃないですか」


 今ぼくは念願のドラム缶風呂に入っていた。苦労したことと言えば土台になりそうな石をここまで運んできたことくらいだ。あとはドラム缶に水を張り焚火を起こした。熱い湯に浸かるとすべて疲れが吹っ飛んだような気分になった。

 

 ドラム缶風呂に背を預けると、自然と視線が空へと向いた。そこには満天の星が輝いていた。まるで大量の宝石を散りばめたようなその空にぼくは感動していた。


「きれいだなー」


 そしてふと視線を横に向けた。そこにはボロボロになったもうすっかり誰が何と言おうと我が家になった小屋があった。この森で生活するなら、この小屋を少しでも頑強にして、モンスターの脅威から自分の身を守れるようにしなければいけない。そうでなければ身が持たないと薄れていく意識の中で思った。


「ええぇい、我慢の限界にゃのだ! ヤンカも入るのだー!」


「――え?」


 ザボンっと盛大な飛沫が顔にかかる。


「ヤンカさん何やってんですか!?」


「何って、お風呂というものに入っているのだ。うぅ~、これは気持ちがいいのだーふんふんふん。これがお風呂というものかー」


「だから、ぼくが上がったら入っていいって――」


「ん?」


 ヤンカさんは初めてのお風呂があまりに気持ちいいのか頬を蒸気させとろんとした眼でこちらを見てきた。そしてちょっと視線を下げれば、そこには白い肌のヤンカさんの胸が――っ。

 

 あ、ダメだ。意識が飛ぶ。


「ん? ダイク? ダイク!? ど、どうしたのだー! おーいしっかりするのだー」


 薄れる意識の中で、まずヤンカさんに恥じらいというものを早急に持ってもらわないととこっちの身が持たないことに気づいた。一番の脅威はヤンカさんかもしれない。

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