第14話 ゴブリンホイホイ
できる限りの速さで扉を締め閂を掛ける。
「……ヤンカさん」
「ダイク……」
お互いを見つめあい手を取った。そして顔を驚愕に染め上げた。
「「どうしようー」にゃのだー」
ギッギッという声が周囲から聞こえてくる。森の中で一人佇んでいると鳥の鳴き声が遠くから聞こえてきたと思ったら数秒後にはすぐ隣から聞こえてきたりとそんな錯覚の中に迷いこんだような感覚だった。
完全に囲まれているそれだけは分かった。
「ダイク……。ゴブリンは一匹だったらそれほど大した相手じゃにゃいのだ」
「……ヤンカさん」
猫耳美少女は真剣な顔に戻り告げてくる。
それは実際に相手にしてみて分かった。注意を引き付けることで隙を作ればぼくの攻撃でも倒せる。
ただ敵の数が多すぎるのだ。
何匹いるのだろうか? 森の奥にはあの怒りに染まった赤い眼がいくつも見えている。
「5匹……10匹……12,13……」
ヤンカさんは壁に張り付き隙間から外の様子を伺っている。その金色の眼によって森の陰に潜む敵をいぶりだすように冷静に現在の状況を分析しているようだ。
さすがは冒険者である。すでに彼女は臨戦態勢に入っている。
こんな状況下でも決して冷静さは失われていない。
これが一般人と冒険者の違いかとぼくは頼もしさとともに畏敬の念を覚えた。
潜ってきた修羅場の数が違う。
「ダイクっ」
「はい!」
「奴らは元々は集団で行動するモンスター。一匹を倒しているうちに他のゴブリンに狙われるのだ。奴らは狡猾で残虐にゃのだ」
無言で頷く。
こちらの動きが止まれば一斉に襲い掛かってくるってわけか。
奴らを倒すには一匹ずつどこかに誘い出し確実に仕留めていくか、それとも一気に倒すか。
「ダイクも気づいたかもしれにゃいけど、奴らの知能は高くはにゃいのだ。ヤンカが注意を引き付けたときあっさり背後をダイクが取れたのがその証拠にゃのだ」
確かにその通りだ。彼らには知能はあるが高くはない。つまりそこが狙い目だといいたいかわけか。
「奴らは仲間同士ではあるけど、お互を助け合うことはにゃいのだ」
「獲物を追い詰めるのに徒党は組むけれども協力はしないということですか」
「そうにゃのだ。何匹かは倒せる。でもその後は奴ら数に任せて襲い掛かってくるのだ。そうなれば一巻の終わりにゃのだ。きっとゴブリンたちの狙いはそれだ。ヤンカ達の動きが止まった瞬間、奴らは襲い掛かってくる。それがゴブリンの狡猾なところにゃのだ」
「つまり――」
ぼくはヤンカさんの言葉を待つ。
「このまま小屋から出て森に逃げようとしてもきっと奴ら待ち構えているのだ。だからといって小屋の中にじっとしてても奴らいずれ中に侵入しヤンカ達を追い詰めるのだ」
「ええ――」
ぼくはヤンカさんの言葉を待った。きっと彼女はこんな絶体絶命の中でも切り抜ける秘策を導きだしてくれるはずだ。
視線をヤンカさんに向け、はっとした。
「だからといって外に出るとしてももはや脱出ルートは防がれてるだろうし、ゴブリンは頭はよくないクセして、そういう所には頭が回るし、ほんと嫌な奴らにゃのだ。ちょっとくらい巣穴焼かれたくらいであんな怒るとかイミフにゃのだ。それにもう夜中だし、ヤンカご飯もお腹いっぱい食べてもう眠いのだ。そうだもう寝る時間にゃのだ。夜更かしはお肌に大敵にゃのだ。できれば今日はもう引き取ってもらって明日にしてくれればいいのに。せっかく明日はダイクと黒曜蜂の蜂蜜を食べられると思ったのにこれじゃあお預けにゃのだ。まったくこういう所気が利かないゴブリンにゃのだ。あいつら常識がなくて村のみんなからも嫌われているのに気づいてにゃいもうヤンカどうしたらいいかわかんないのだ――ああ、早く帰ってくれないかなー」
ヤンカさんの金瞳は焦点が合っておらずどこか虚ろに彷徨っている。口からは延々とゴブリンに対して愚痴というか何かが呪詛のように垂れ流され続ける。
ああ、最初の時点で気が狂っていたようだ。
ぼくはそっと視線を外し、改めて今現在の状況が絶望的であることを理解した。
「どうしよう……」
ガンっと小屋の入口が叩かれる。
「にゃうっ」「うわっ」
それを皮切りに壁の外側からこん棒を打ち付ける音が増えていく。元々ボロボロの小屋ということもありそこら中に穴がある。それほど頑強な小屋じゃない。無数に打ち付けられる打撃音が小屋の壁を打ち壊していく。
ぼくとヤンカさんは恐怖のあまりお互いの手を握り合い無数に打ち付けられていく打撃音にブルブルと震えあがる。
壁の一部がバキっと破砕音が響き、そこにこん棒が突き刺さった。
「しっ、寝室にゃのだっ。あそこの窓から逃げるのだ」
ぼくはこくこくと頷き、寝室へと飛び込む。
そうだここは命あっての物種だ。とにかく今はゴブリンたちから無事に逃げ、準備を整え後に小屋を奪還すればそれでいい。
「ギイィィィィィ!」
耳を劈く音が鼓膜を叩いた。はっと振り向けば木窓から身を乗り出し侵入してこようとしているゴブリンがいた。
反射的に手に持っているインパクトドライバーのトリガーを引き突撃する。ゴブリンの腹の部分にドリルが突き刺さり断末魔の声をあげ外に消える。ドサッと地面に落ちた音が聞こえてくる。
『経験値を18獲得。レベルアップしました』
Lv.2→Lv.3
MaxHP24→28 MaxMP12→16 MaxSP24
攻撃力9→11 物理防御5→7 魔法防御4→5 素早さ7→9
レベルが上がった? だとしてこれくらいで事態が好転するほど現在の状況は優しくはない。相手は20匹は超えているのだ。
ぼくはすぐに木窓を閉じ、申し訳程度の打掛錠を降ろす。こんなちゃちな錠なんか奴らのこん棒の一撃で簡単に壊されるだろう。
「――くそっ」
「ダイク……」
もうダメだ。さすがにこの大量のゴブリン達から逃げる術なんか思いつかない。この世界にきてたったの2日で異世界人生終わりか。
もっと色々やりたいこともあったし、もっと見てみたいものがあった。この世界はそんなぼくの理想を叶えてくれるはずだった。
「でも、そんなの甘かった」
「ダイク?」
「ヤンカさん。ぼくが囮になります。奴らを少しでもここに食い止めます。その間にヤンカさんは獣化して逃げてください。この暗闇とあの小さな猫の姿だったらヤンカさんだったらきっと逃げきれるはずです。ゴブリンに捕まったときも獣化して逃げ出したんでしょう?」
「……」
「縄でしばられてても、猫の姿になれば関係ないですからね。それに小川であったときは猫の姿でしたから」
そうだ。ヤンカさんは逃げることができるんだからぼくがここで囮になれば彼女だけでも助かる。
「ダイク!」
ヤンカさんは目を吊り上げ腕を振り上げた。
「っ――ぐほっ」
ヤンカさんの振り上げた腕から突き出た二本の指がぼくの両目を突き刺した。
「ダイク! ヤンカを見るのだ!」
「いや、目つぶし食らっているから見れないですよ。なんだこれデジャブっ痛いっ」
地べたで悶え苦しむぼくに向けてヤンカさんは声を張り上げる。
「ダイク! こんなときに変な自己犠牲を出すんじゃにゃいのだ! 元々はヤンカのせいでこんな目にあっているのだ。逃げる時は一緒にゃのだ! これくらいで自我を失うなにゃのだ! しっかりしろ!」
「ヤンカさん……いやさっきまで自我がどこか飛んでってたのはヤンカ――」
ぐっと胸倉を引き寄せられた。
「諦めるにゃのだ!」
言葉が胸の奥に突き刺さってくる。目を抑えているから一切見えないけど。
「なぜですか? いくら小川で一度命を助けたからって。ぼくがここでゴブリンにやられたからってヤンカさんのせいだなんて思わない。そもそもヤンカさんがいなければぼくは蜘蛛のモンスターにやられているし、その後のスライムに襲われたときだってヤンカさんがいなければぼくはきっと死んでいる。ぼくはヤンカさんに何度も助けてもらいました」
「それはヤンカも同じにゃのだ! ダイクが水を飲ましてくれなかったらヤンカはあの場で野垂れ死んでいるのだ! それにダイクはもうヤンカの弟分なのだ。ヤンカはおにゃーちゃんなのだ。猫人族は決して弟分を見捨てたりしにゃいのだ。だから! ダイク一緒にこの危機を乗り越えるのだ」
一緒に……? 乗り越える?
「それに――、伝説による異世界人の能力はいい金づるにゃのだ。そしたら美味しいものたくさん食べられるし、ダイクといたほうがメリットがでかいのだ。死んでもらったら困るのだ」
ヤンカさんは照れたようにそう答えた。
寝室の壁にも打撃音が響きだした。ゴブリン達はやられた仲間を発見し、獲物はここだと確信したようだ。寝室の扉もこん棒で殴りつける音が響く。
まさに袋のネズミだった。扉も壁もそんなには持たない。
ぼくは一人じゃないんだな。
「しっかりしろってさっきまで意識飛ばしてた人に言われたくないですよ。でも、そうですねここで諦めたら約束した黒曜蜂の蜂蜜の場所、案内できませんしね。足掻きますよ。最後まで、だからヤンカさん……一緒に戦ってください」
ようやく目の痛みが引きヤンカさんを見ると、その顔がふっと微笑んでいた。
そうだ。ぼくは女神様に特殊な力を与えられた異世界人なんだ。考えろ。考えるんだ。きっとこの危機を脱する道がある。これくらいのピンチでぼくの異世界人生を終わらせてなるものか。
〇〇〇
「ギッギッギ」
回りを囲めと命令する。奴らはすでに袋のネズミだとゴブリンはほくそ笑んだ。このまま壁を打ち付け恐怖を与え、囲み追い詰め一気に襲い掛かる。
女は生け捕りにして男はその場で殴り殺してやる。
「ギッギッ」
壁の一部を打ち壊し侵入に成功する。ゴブリンは勝ち誇った。もうすぐ自分達の棲み処を燃やした不届き者に罰を与えることができる。
裏手に回った同胞もすでに侵入を果たしているだろう。奴らの悲鳴が俺を楽しませてくれるはずだ。
同胞が堰を切ったように我に続いてぞろぞろと小屋の中へと入ってくる。
「ゲゲっゲゲゲゲゲッ」
ゴブリンは最高に気持ちよくなってきた。逆らう者は殺す。
ほら、もうすぐだ。この扉を打ち壊せばすぐにでも奴らに襲いかかることができる。
ゴブリンは力の限りに扉を殴りつけた。すぐに軋みをあげへし折れる。軟な扉だ。
裏手に回った同胞はすでに中への侵入を果たしているだろう。
「ゲゲゲゲっ……」
何度も扉を殴りつけるうちに扉は完全に破壊された。あとは中の獲物を捕らえるだけだ。一歩足を踏み入れた瞬間。ねちゃりと足裏に樹液を踏んだような感触がした。ただそれよりも部屋の中を見て困惑した。
おかしい。視界に同胞が這いつくばっているように見える。着地に失敗したのかうつ伏せに倒れている。起き上がる気配がない。
「ギギっ――」
ゴブリンは声をかけると微かにびくびくと動いた。
「ギギっ?」
なんだ? 何をやっている?
部屋の中心には子供がいた。異様な恰好をした子供だ。頭に巨大などんぐりの殻のようなものを被り見たことのない服を着ている。そして手には妙な武器を持っていた。その武器の先端が耳を劈くような音をだしている。
あいつが今回の獲物か? ならば俺が一番に奴を殴り殺している。足を踏み出そうとした。
なんだ? 床から足を進めようとすると樹液のようなものに粘着性があるのか足が引き剝がせない。
「――っ」
同胞はこの粘着性の床に足を取られ動けないでいるのだと気づいた。一刻も早くここから出なければならいと身を翻し足を無理やり引き剥がそうとするが、すでに背後から同胞が雪崩こんできている。
「ギギっギギっ」
声を上げるが同胞は獲物を仕留めたい衝動が先立ち入口を塞いでいる我を踏みつけ部屋に雪崩込んでいった。
「掛かったのだ」
いったい――――これは何だ?
意識が途切れれかかる時、ゴブリンの眼には次々に床に捉えれれ這いつくばる同胞の姿が映っていた。
「上手くいきました。名付けてゴブリンホイホイってところかな」
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