第13話 ゴブリン1匹見つけたら30匹いると思え!
周囲を探る動きから目標を持った動きに変わった。地面を走る音が壁まで近づくとギッギッと鳴き声がすぐそこから聞こえてくる。
「や、ヤンカさんっ、追ってきたってどういうことですか」
あれはゴブリンだ間違いない。一体ヤンカさんとゴブリンの間で何があったんだ。
ヤンカさんはすばやく寝室の扉に身を滑り込ませる。
「ダイク。こっちにゃのだ」
ヤンカさんのあとに続き、寝室へと入る。
すぐに壁に目を走らせ隙間を見つける。この小屋は穴だらけに隙間だらけだ。小屋の入り口に目を向ける。
小屋の扉が開き、鍵鼻がぬっと突き出てきた。ヒクヒクと辺りを注意し周囲を気にするようにキョロキョロとゴブリンが小屋の中に入ってきた。
ゴブリンはどこか血走ったような眼で、鍵鼻をヒクヒクとさせ気配を執拗に探っている。その手にはこん棒が握られている。ゴブリンがこん棒を引きずりながら辺りを物色し始める。
「ああ、入ってきちゃった」
「まったくしつこい奴らにゃのだ」
「いったいあのゴブリンと何があったんですか?」
「今考えてもゾッとするのだ」
ヤンカさんの顔色は青くなり肩を抱きかかえ震えだした。
いったいどんなことが……。喉が緊張でごくりと鳴る。
「あいつらヤンカが戦士の休息を森でとっていたときにあろうことか寝込みを襲いヤンカを襲い捕らえたのだ……」
「昼間に言っていたことって実体験だったんですね……」
「ヤンカも油断していたのだ。奴らの巣穴に運ばれていることにまったく気づかずに……、目を覚ますとそこは奴らの巣窟だった」
「つまり爆睡してて起きたら奴らのアジトだったと」
「ヤンカは己の失態を呪ったのだ。ゴブリンは近くの村娘を捕らえてきては自分達の子を孕ませるという婦女子には世にも恐ろしい所業をするモンスターとして有名。ヤンカは己の数秒先の未来を想像して怖くて震えたのだ。そして奴らが出払った隙になんとか逃げ出した――」
ヤンカさんは思い出すのも嫌だと苦々しい顔で語った。
「ヤンカさん……」
なるほど。あのゴブリンは逃げ出した彼女を捕らえるためにここに来たってわけか。よく見ればあのゴブリン動きが荒々しく怒気を含んだような顔をしている。一度手にいれた獲物に対する執着心か眼を血走らせ鼻息を荒く絶対に逃したりはしないという気迫が伝わってくる。
まるで執着心の塊のようなゴブリンの顔にぼくは震えあがった。
「そして、追ってこれないように巣穴にありたっけの油で火をつけて燃やしてやったのだ。それが思ったよりよく燃えて、ゾッとしたのだ――」
ヤンカさんは世にも恐ろしいものを見たという顔でこっちを見た。
「え? ゾッとしたって――」
「いやあ、あそこまで燃えるとは、ヤンカもこれは不味いかなーと思いつつ、とにかく全速力で逃げたのだ」
「そうですか……。ゴブリン住むとこ無くなっちゃいましたね」
「そうにゃのだ……」
ヤンカさんとぼくはしばらく見つめあい再びゴブリンに視線を戻した。
「まったくしつこい奴らにゃのだ……」
〇〇〇
「ダイク、ゴブリンは一匹であればそんなに大した力は持たないのだ。二人でかかればきっと倒せる。しかし注意が必要にゃのだ。あいつらゴブリンは追い詰められると仲間を呼び寄せるのだ。それをやられる前に倒す。いいか?」
「わかりました」
ぼくらは簡単な作戦をたてた。
木窓を開き、身を乗り出し静かに着地する。気取られないように息を潜め小屋の入口に忍びよっていく。
作戦はいたって単純。
ヤンカさんが寝室からゴブリンの注意を引き付け、ぼくが背後から襲う。
「ヤンカの短刀じゃ一撃で仕留めるのは難しいのだ。でもダイクのその武器であれば一撃で仕留めることができるはずにゃのだ。ダイク必ず一撃で仕留めるのだ。仕損じれば仲間を呼ばれるのだ」
壁伝いに忍びよりながら、ヤンカさんに言われたことを反芻させる。
「一撃だ。一撃で仕留めるんだ」
インパクトドライバーを持つ手に力を込める。ゴブリンの背中にドリルを突き刺す。想像すると手が震えてくる。
ぼくに、できるか?
「できるかじゃないやるんだ」
ゴブリンには気の毒だけどやるしかない。確かにヤンカさんは殺されても文句を言えないことをゴブリンたちにしたのだろう。でもぼくは彼女に何度も命を救ってもらった。彼女を裏切ることはできない。そもそも、彼女をゴブリンに差しだしたからといってぼくが助かる見込みなんかゼロだろう。ゴブリンに取ってみればぼくなんか新しい獲物くらいにしか思わないだろう。
震える手をもう片方の手でぎゅっと抑え込む。
この世界は食うか食われるかの世界なんだ。
小屋の入口についた。開け放たれた扉から中を覗き込む。暗闇に慣れた夜目にはゴブリンがテーブルの上にそのままにしていた食器類などを八つ当たりするようにこん棒で力任せに打ち壊していた。
食器は散乱しテーブルも足が折れガタンっと物音をさせて倒れた。
震えていた手が別の意味で震えだした。
「……あのゴブリンっ、よくも一つしかないテーブルを」
それと食器だ。テーブルはまだ足を別の木材に付け替えれば使えるけど食器はそうはいかない。スキルでは担当区域外なので出せない。じゃあ作ればいいなんてそんな簡単なものじゃない。
ふつふつと煮えたぎる感情が頭に上ってくる。
迷いなんか一切消えた。一撃で仕留めてやる。
ヤンカさんに入口に到達したことを伝えるために火を灯したランタンを、寝室の壁板の隙間から見えるようにゴブリンに気づかれないようにそっと入口の地面に置く。
幸いにしてゴブリンはテーブルを打ち壊すのに夢中なようだった。
その光景に怒りを覚えながらもヤンカさんを待った。
ゴブリンは手当たりしだいにこん棒を打ち付けていく。
……まだか。
瞬間。バンっと寝室の扉が開け放たれた。
「こっちにゃのだゴブリン!」
ヤンカさんは扉を開け放つと同時に短刀を閃かせゴブリンに切りかかった。
入った! と思ったがヤンカさんの短刀はゴブリンのこん棒に受け止められていた。
こちら側からヤンカさんの顔が苦渋に歪む。
その表情を見たゴブリンは気味の悪い笑い声を発し肩を上下さ、怒気を孕んだ声をあげた。息を大きく吸い込む動作がその背を見て分かった。
ゴブリン越しに見えるヤンカさんの顔がにやりと笑った。
ドリルが高速回転する音が室内に響き、血しぶきが顔に飛び散る。「ギイっ――」ゴブリンは仲間を呼ぶ声の代わりに小さな断末魔を上げた。ドリルの先から一度ビクンと痙攣する振動が伝わってくる。
それきり動きがなくなった。
ぼくはヤンカさんが扉をあけ放ち飛び出した瞬間に、駆けだしていた。
ゴブリンがヤンカさんの短刀を受け止めた瞬間、ぼくはインパクトドライバーのトリガーを引き、ゴブリンに突撃と共にドリルを突き刺していた。
「やったのだダイク!」
「……ええ、なんとか」
『経験値を18獲得』
特に抽出できるものはなかったようだ。経験値もさすがゴブリンという所か少ない。まあ特に強い敵というわけでもなかったしな。
ガサリと音がした。
はっと振り向けば、森の陰からあの怒気を孕んだ眼がいくつもぎらついていた。
「ヤンカさん……」
「……すでに囲まれていたのだ」
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