第11話 引くぞ水!その弐
ホースを伸ばし切ってはSP回復のために休憩し、少し回復しては散水用のジョイントを取り寄せホースと繋ぎ、SPが尽きると回復するまでの間、軽い昼食を取り、休憩する。
そういえば、さっきスライム液って手に入れたけど……。
ぼくはステータス画面を開き、スライム液の説明を見てみる。
「なるほど……。これはもしかしたら使えるかもな。濃度の数値を自由に変えることができるのか……」
と、休憩の合間に新素材などをチェックしつつぼくとヤンカさんは周囲を厳重に警戒することも忘れない。
「ダイクっ……」
何か気配を感じるとさっとステータス画面を閉じ、じっと草場に息を潜め気配が通り過ぎるのをまった。
ガサガサガサガサっと森のどこからか何かが動き、音が遠ざかっていく。
ヤンカさんの尻尾がゆらゆらと目の前で揺れ、その尻尾がぼくの鼻を撫でる。
「ちょっ、ヤンカさんっ尻尾! 尻尾を揺らさないでっ」
「にゃんだ?」
振り向く瞬間に尻尾がぼくの鼻の穴をぞりっと撫でていった。
「……っ!? はーっブブブブっ」
ヤンカさんがぼくの顔に飛び掛かりなんとか盛大なくしゃみを防いだ。
しばらくの沈黙。
遠ざかっていく音の主はこちらに気づいた様子はないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「何をしてるのだダイク!いいか? ダイク。森での油断はすぐに命の危険につながるのだ。決して油断してはいけにゃい。くしゃみなどもっての他にゃのだ」
「いや、それはヤンカさんの尻尾がーー」
「言い訳無用! いい機会だから教えておくのだ。例えば、腹が減って飯を食うとするのだ。飯を食えば満腹になる。そこで油断が発生するのだ。人は腹が一杯になると満足して気を緩め大樹の幹に背を預けそこで居眠りをこくのだ。そんなことはもってのほかにゃのだ。この森には知性を持ったモンスターもいるのだ。そんなモンスターに見つかればそのまま捕らえられて命を落とすかもしれない。もちろん知性を持たないモンスターに遭遇したらその場で捕食されるのだ」
「頼まれたってこんな所で居眠りなんかしないですよ。というか妙に具体的ですね?」
「あ、あくまで例えにゃのだっ」
ヤンカさんを見るとすっと目を逸らし取り繕うように言い足す。
もしかして体験談か? と訝しむ。
「さあ、とにかく早く水を引くのだ。これが終わらないと森の調査が進まにゃいのだ」
ということで作業を再開した。
そしてついに我が家までたどり着く。距離にしておよそ200メートルほどだろうか。ホースを外壁から中へと到達させるとさすがにへとへとに疲れてその場にへたり込んだ。
「だあーっ、ついにやったぞ」
「終わったのだー」
時刻は3時くらいだろうか? 日が傾き始めている。ホースを通すだけならこんなに時間はかからないけれど、森の中で足場が悪いことと、周囲に警戒を置きつつ、SPを回復させながらと思ったより時間がかかってしまった。
「ヤンカさんはついてきてただけじゃないですか」
「何をいうのだ。ヤンカは常に周囲を警戒して危険がないか探っていたのだ。かなり神経を使うので、へとへとにゃのだ」
「……ああ言えばこう言う」
「……にゃんだと? ダイク。おにゃーちゃんに向かってにゃんだその口の聞き方―!」
白猫がぶわっと飛び上がってきた。
〇〇〇
「次に丸太の土台の上に取り寄せしたこのドラム缶を置きます。ドラム缶の上部と中間辺りに2か所、ホースを取り付けるための穴を開けますね」
ぼくは引っかかれた顔の痛みを我慢しインパクトドライバーを手に取る。
インパクトドライバーの先を金属用のドリルに替え、穴を開けていく。
ごりごりとした感触がすっと消える。
ひょいっとドラム缶の上にヤンカさんが飛び上がってくる。
「なんなのだこれ? どうなっているのだ。これも中が空洞になっているみたいにゃのだ。これでろ過をするのか?」
「これは沈殿槽です。見たところウィッチプレートには森の生き物の水飲み場や水浴び場になっているようだったのでキレイに見えても鳥の羽や獣毛が浮いてました。なのでそれについた泥土なんかも水に溶け込んでいるでしょう」
というのはホームセンターで働いていたとき沢から水を引いたと言っていたお客さんに聞いた話だった。その為に沈殿槽という物を設置したそうだ。
「ここで小さな土や汚れを取り除きます。水より重ければ底に沈んでいくってわけです。ついでに貯水槽の役割も果たします。上部につけた穴は引いてきたホースの取り付け口。中部2か所は一つは畑なんかの為の水撒き用。そしてもう一つが台所へとつなぐ飲み水や料理用の水ですね」
「ほえ~」
「では次はこのほどよく切った長さのホースを小屋の丁度いい隙間に差し込んで台所に通します」
一人と一匹は庭から台所に回る。
「ここに飲み水用のろ過装置を置きます。使うのは雨水タンクですね。理由はドラム缶だと大きすぎるので。それにこれは蛇口部分が、ろ過装置になっているので便利です。では中にろ過するための素材を入れていきましょう」
ぼくは一抱えほどの円柱形のステンレス製雨水タンクを椅子として使用されていたであろう丸太の上によっこらしょと乗せ、上蓋をあける。
次に取りだしたのは事前に裂いておいた布の服。切れ端を一番したに敷き詰めていく。
「次はどうするのだ?」
「次は拾ってきた小石、川の砂利の順番で入れ、匂いと汚れ取りのための納屋で手に入れた炭を敷き詰め、川の砂をたっぷり詰めます。そしてここからが重要。水の中には微生物なんかもいますからなるべくここで取り除きたい」
川の水を飲んだ時のことが脳裏に浮かぶ。苦い記憶が甦る。ここはしっかりとやらねば。もちろん最後に煮沸もするけど。
「ほうほう。どうやって?」
「使うものはこれです」
『スキル【ホームセンター】を発動。通路番号8から異世界コーナーを選択。検出開始――棚番5の棚段3段目からスライム液を特定。スライム液――取寄せ可能』
yes? no?
「yes」
『スライム液濃度0~100まで選択可能』
「濃度、10に選択」
『承諾しました。SPを消費します』
休憩のときになんとなく見ていたスライム液。気になり説明欄を見ていた。
それによるとあのスライムの胃酸特性の濃度を変えることができることに気づいたのだ。もしかしらこれを使えばいいろ過装置になるかもしれないと。
腰袋に突っ込んだ指先にぶにゅりと感触が生まれる。
瞬間、しまったと気づく。
「――にゃ、にゃう! ダ、ダイク……なんか出てきてるのだ……」
ぶにゅりぶにゅりと腰袋からスライム液が溢れ出し、床にぼとぼとと落ちていく。
「あっ――」
「あ、キモいのだ……」
「な、なんか入れる物! 入れる物ー!」
〇〇〇
「はぁ、はあ……と、とにかくこのスライム液をこの雨水タンクにいれます。と、その前に濃度のチェック」
台所にあった空の壺に急いでスライム液を入れた。タプタプ満タンの壺が3つほど。量はこれで充分だろう。
ぼくは喉をごくりと鳴らし。その辺で拾った葉っぱをスライム液に入れてみる。ゆっくりと沈みこんでいく。
しばらく放置。
脳裏にスライムに腕を取り込まれた時の苦い記憶が甦ってくる。ぶるっと背筋を震わせながらもスライム液に浸した葉っぱを見つめた。
するとゆっくりとであるが、葉っぱが徐々に溶けていく。
濃度をかなり下げた分、あの強烈な胃酸は消えていた。これくらいであれば水に含まれている微生物だけを殺してくれるはずだ。
そしてゼリー状のこの液体は川砂に阻まれ下には落ちない。
「よしよしいいぞ~。使えそうだ。名付けてスライムろ過装置だ!」
「そのままにゃのだ」
「いいじゃないですか。さあタンクに入れますよ」
蓋を開きスライム液を流し込んでいく。タンクに敷き詰めた川砂にスライム液がたっぷりと溜まった。
「これで完成です!」
「……ダイク、ダイク? 肝心の水が一向に流れて来ないのだが?」
ヤンカさんの言う通り外のホースの口からは水は流れてきていない。ちょろちょろとさえ流れてきていない。
しかしぼくはフフンっと鼻高々に小屋の外へと向かう。
貯水槽に取り付ける前のホースを拾いあげる。
「これはですね。中に空気が溜まっているので抜いてあげないとダメなんですよ。空気が水の通り道を邪魔しているわけなんです」
「ほうほう。ではどうするのだ?」
「こうするのです」
ぼくはホースの口を持つとそれを自分の口に咥えこんだ。そして一気に――。
「ふうおおおおお……ふうおおおお……ふうおおおお……っ、はぁはぁ、こうやって、ね? わかるでしょ?」
「何が、ね? にゃのだ。分かるわけにゃのだ。ダイクちょっとキモいのだ」
「ぼくの心はガラスなんだからきつい言葉はこれから控えてくれるようにお願いします。とにかくこうやって中の空気を吸い込んであっちから水を引っ張ってくるんですよ。ホースが水で満たされることであとは高低差で勝手に流れてくれるんです」
「それはどれくらいやったら水で満たすことができるのだ?」
「え? ……そんなの、割とすぐですよ。きっと……」
〇〇〇
「はぁ、はぁ、はぁ……、ちょっ、休憩……、ちょっと眩暈……」
こ、これは思ったよりきつい。あれか? ホースが長すぎるのか? まったく水が出てくる気配がないじゃないか。
「ダイク~、あれだけ偉そうに言ってて水が出てくるのはいつににゃるのだ? もうすぐ日が暮れるのだー」
「はぁ、はぁ、ちょっと待ってください、よ。もうすぐ、もうすぐ出ますから……でも少しだけ休憩を……ね?」
「ね? じゃないのだ。ヤンカはお腹が空いてしょうがないのだ。貸してみるのだー。ダイクは子供だから力がにゃいのだ」
「じゃあ、ヤンカさんやって見て下さいよ――」
すると白猫が輝きだし光に包まれる。そして一気に膨れ上がり人の形をとった。膨張が止まるとやがて光も止んでいく。
どうも獣化を解いたようだ。
ん? ヤンカさんの装備は小屋の中に置いてある。ということは。
視界には猫耳美少女がすっぱだかで――
「だああああああっ、ヤンカさん変身するなら小屋でやって服着てきてくださいよ」
「おお、すまないダイク。ダイクにはまだ刺激が強すぎたのだー」
小屋からヤンカさんが装備を着て戻ってくる。
「貸してみるのだ。大人の力を見せてあげるのだ。ふふん」
ヤンカさんはホースを取り上げ口に咥えこんだ。
あ、そういえばこれ、間接キスというものでは。ぼくはポッと人知れず頬を赤らめた。
「そーれっ――」
〇〇〇
「はぁ、はぁ、はぁ、ちょ、ちょっと待つのだ。休憩……眩暈にゃ……」
猫耳美少女が酸欠になっているのか地べたにへたり込んでいる。
「だからいったじゃないですか。結構大変なんですよ」
「それより、ダイク本当にこのやり方であっているのか? 間違っているんじゃないか?」
「合っているはずです。これでいいはずです。……たぶん」
「なんとも頼りないお言葉にゃのだ」
ぼくとヤンカさんの間に気まずい沈黙が流れる。
それから二人は間接キス? 何それ? 食べれるの? といった具合でこれでもかというほど交互に吸引をしまくった。
日が沈んでいき辺りが暗くなったので火を焚きその灯りの中で吸引しまくった。
一体何が悪いのか。確かにホームセンターのお客さんによると水がちゃんと出てくるまで結構大変だという話は聞いた。高低差が充分でそれでも出てこない場合は、ホースのどこかでゴミが詰まっている場合だとか、どこかで折れ曲がり破損している場合とかが原因だと……。
もし仮に、森のモンスターがこのホースを見つけて破損させていたりしてた場合……。いやな考えが浮かんできた。しかしありそうなことだった。
そうなると、そりゃいくら吸っても出てこない。
一度、確認に行くしかないか。破損だけなら散水用のジョイントで繋ぎ直せば済む話だ。
ただ、すでに夜も更けている。確認するのはまた明日にしよう。
ぼくは必至にホースを吸っているヤンカさんに一度中断しましょうと声をかけることにした。
「……ヤンカさん。今日はもう」
「――ダイク!」
歓喜の声が上がった。ヤンカさんの手元に視線を向けるとホースからちょろちょろと水がでていた。
「――水!? ヤンカさん吸ってもっと吸って!」
「わかったのだ! ふうむうううう……、ふうむうううう……げほげほっ、水が気管にダイク交代にゃのだ」
「か、貸してくださいっ」
それからしばらく吸い込んでいると水が勢いよく噴き出してきた。
「げほっげほっ、水を飲み込みすぎた。でも――」
ドバドバと勢いよく水がホースから流れ出てくる光景を見て、感動に震えた。
ヤンカさんに目を向ける。ヤンカさんの金の瞳も感動で潤んでいるように見える。
「ヤンカさん……」「ダイク……」
こんなに苦労したんだ当たり前だ。でもこの苦労を分かち合える仲間がいることにぼくは女神様に感謝した。
「ヤンカさんやりましたね!」
「ダイク飯だー!」
とにもかくにも水引き成功だ。
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