第8話 夢はドラム缶風呂

 あることに気づいた。

 水や食料をスキルから出せることに大喜びしたがよくよく考えればSPには限りがあるので、飲み水くらいならなんとかなっても、他の生活用水にはまったく足りないことに。

 作物なんか育てるのにも必要だし。

 

 とにかく水を出すためだけにSPを使うわけにはいかない。いざという時のためにスキルを使うためにSPは残しておきたい。


 そこで――。


「調査を進めるにあたって拠点があるに越したことはないです。なので水を引きましょう」


「拠点はあったほうが便利なのは分かるのだ。でも、なんで水を引く必要があるのだ? 水だったらダイクの力で出せばいいのだ」


 ヤンカさんは少し訝しげに見てきたが、


「水を出すにしても限界があります。それになるべくこの力は水を出すために使うのではなくいざという時のためにあまり使いたくありません。それに森の調査って短期間で終わるものなんですか? 森にモンスターが急に増えた原因をこの広い森から探るんですよね?」


「うう、それは――」


「結論――長期戦に備え、拠点である小屋をある一定水準の生活がおくれる設備を整えておくことが大事だと思います。安全に体を休めることができる場所を確保できれば、森の調査もきっと早く進みます。こういう言葉があります。急がば回れ、です」


 なにより夢はドラム缶風呂だ。大自然のど真ん中でキレイな星空を見ながら浸かる。きっと最高だ。やってみたい。いや、やる!


「いそがばまわれ? むう、ダイクは難しい言葉を知っているのだ。でもヤンカはゆっくりなんて、そもそも水なんてそんなに簡単に引けるものじゃないのだ」


「そんなんだからヤンカさん、脱水症状でぼくの前で倒れたんですよ」


「……むう。確かに一理あるのだ。あの時はほんとに死ぬかと……ん? ヤンカ、ダイクの前で倒れたかな?」


「小川でぼくの目の前で倒れたあの猫、ヤンカさんでしょ?」


「なな! なぜバレたのだ!?」


「いや、まあなんとなくそうなんだろうなと」


「くれぐれもヤンカが獣化できるのは内密にお願いするのだ。それが他の冒険者なんかにバレた日には仕事がしにくくにゃるのだ」


 ん? ほうほう。それはいいことを聞いたぞ。


「じゃあ、決定ですね。まずは小川まで行って水が引けるか見に行きましょう」


「うう。わかったのだ」


 とそういった理由をこじつけてヤンカさんに小川までの道のりを案内してもらっていた。


「ヤンカさんこっちであっているんですか?」


「任せるのだ道はしっかり覚えているし森の地図だって持っているのだ」


 ぼくの出で立ちは安全ヘルメットとペンキ塗装の業者が着ているつなぎ姿だった。

 ヤンカさんに忠告されたのだ。


「そんな布の服でこの森に臨もうなんて無謀もいいとこにゃのだ。もっとマシなものはにゃいのか?」


 と言われてもそんなものあるわけない。小屋や納屋なども探したが使えそうなものは無かったのでせめて体全部を包んでくれるつなぎを【ホームセンター】で出したのだった。


 Lv.2 


 HP24 MP12 SP8


 攻撃力69 物理防御15 魔法防御6 素早さ7


 武器装備,インパクトドライバー 防具装備,安全ヘルメット つなぎ


「まあ、布の服よりは少しだけマシになっているくらいだけど……ん? というか攻撃力69ってなんだよ。インパクトドライバーってそんなに強いの!? 序盤の村のほとんど最強武器ってやつか?」


 ぼくは前回の蜘蛛のモンスターとの戦闘で鉈を武器にすることはやめ、仕事で使い慣れたインパクトドライバーを装備していた。


「どうりであんなにあっさりと蜘蛛を倒せたはずだよ。すごいなインパクトドライバー。そういや昔やったゲームで序盤の武器を最後に最強の武器にできることがあったな。まあ、これは最初から持っていた武器が強力だって話だけど」


「ダイクー。早く来るのだー」


 ヤンカさんは歩きにくい森をひょいひょいと進みあっという間にぼくとの距離をあけていた。

 おっちょこちょいな性格からは想像できないほどその身はすばしっこく木の根や草が生い茂った場所を難なく進んでいく身のこなしはさすがは冒険者である。

 三ツ星冒険者って言ってたけど、結構すごい人なのかな。


「ちょ、ヤンカさん、ちょっと待ってくださいよー」


「なんだダイクは全然ダメにゃのだ。そんなんでヤンカの森の調査を手伝うなんて言ってたと思うとびっくりにゃのだ。これじゃ小川につく頃には昼は回っているのだ。そうだヤンカが鍛えなおしてあげるのだ。授業料は黒曜蜂の蜂蜜でいいのだ。うんうん。いい考えにゃのだ」


 と何やら一人納得しているヤンカさんは放っておく。

 

「黒曜蜂に襲われたときはパニックで自分がどこをどう走っていたなんか気にしている余裕なんかなかったけど、これは、無理かもな」


 今ぼくは小川に向かって下っているのだ。水を引くためには――。


「ダイク、小川にでたぞー」


 木々の隙間から光が漏れ出ている。

 そこを抜けるとようやく小川へ辿り着いた。


「でもダイク、水を引くってどうやるのだ? さすがにここから2人で水路を掘るとかだったらヤンカはお手上げなのだ」


「どうって山とかだとよくホースで水を引くみたいなのでそれを試してみようかと」


「ホース? なんにゃのだそれ?」


 ヤンカさんは首を傾げる。そこでぼくはこの世界の水道設備がどのようなものは知らないことに気づいた。


「そういえばこの世界ではどうやって水を引いているんですか?」


「どうって、まあ村や町は川から用水路を作って、引き込んだりしているのだ。かなり大がかりな工事だからすごく大変にゃのだ。都市や王都なんかじゃ水玉って呼ばれるマジックツールを使って水を出しているのだ」


「水玉?」


「ヤンカも仕組みは知らないけど、すごい賢者が発明した道具で水の精霊と契約やらなんやらされた貴重な玉なんだと。それで契約者じゃなくても魔力を注入することで勝手に魔法が発動して水を出してくれるらしいのだ」


「へー! さすがは異世界そんなのあるんですね」


「それでダイクはどうやるのだ?」


「いや~、それがここまで来てなんですけど。無理そうです」


 ヤンカさんは雷に打たれたような顔になりその場に突っ伏した。


「だ、騙されたのだ」


「騙してないですよ。水が引けなくても、水は必要なんですから。少し大変ですけど、容器にいれて運ぶことはできます」


「ダメにゃのだ。もう動かないのだ。ダイクお腹空いたのだ~。なんか食べさせてくれにゃのだ」


「動けないじゃなくて、動かないってなんですか。しょうがないな。ヤンカさん冒険者なんですよね? なんで食料用意してないんですか?」


「ヤンカだって用意してたけどしょうがないのだ。まさかあんなことになるなんて――」


「あんなことって、何かあったんですか?」


「……あ、いや何でもないのだ。気にするなにゃのだ」


 ヤンカさんは渇いた笑いをうかべる。


「??」


「とにかくお腹空いたのだー」


「わかりましたよ。ちょっと待ってください」


 干し肉だったら【ホームセンター】で出せるはずだ。ついでに水を運ぶための水タンクも出しておくか。


 そこでふと思い出した。そういや蜘蛛を倒したとき、蜘蛛の糸ってのを獲得したみたいだけど。いったいどんなものなんだろう。


『ショートカット機能により、スキル【ホームセンター】を発動。通路番号8から異世界コーナーを選択。検出開始――棚番5の棚段4段目から蜘蛛の糸を特定。蜘蛛の糸――取寄せ可能』


      yes?  no?


 うーん。この蜘蛛の糸って一体どう使うものなんだろう。

 この蜘蛛の糸をところ説明かなんか出ないかな?


 ぼくは視界に表示されている文字に意識を集中する。


『――赤八目蜘蛛の糸。粘着性強。スキル【融合】使用で性質付加可能』


 出たっ。うんうんこのステータス画面ってやつもだんだんと使い方が分かってきたぞ。割と親切設計だ。


 えー、スキル融合で性質付加? どういうことだ。説明を見ても何もわからないな。取り寄せてみるか?


「yes」


『承諾しました。SPを消費します』


 腰袋から手を抜くと毛糸の糸玉のように纏められた蜘蛛の糸がでてきた。

 ……ネバネバする。

 確かに蜘蛛の糸のようだ。しかもあのモンスターの糸だからかなりネバついてまるで鳥もちみたいで、あっ、くそっ、と、こ、これは、やばい、と、取れないぞっ――。


「おーいダイクー? ご飯まだかにゃー」


「ん? あっ、すいません干し肉なら――」


 振り向いた瞬間。鳥もちのごとき蜘蛛の糸をそのまま干し肉と勘違いし差し出した。慌てていたためにヤンカさんの革の胸当てにべとりとついた。


「あ、あれ――? あはは、あれ? あ、今取りますね? よっと、あれ、おかしいな。これ取れないですね。ね?」


「何してくれてるのだ。この胸当ていくらすると思うのだ? 子供だからといって容赦しないのだ。覚悟するのだ」


 ヤンカさんはそっとガスバーナーを取り出し、ボッと火をつけた。


「あ、ちょっと、わざとじゃ……ギャー!」


  〇〇〇


「高低差? それが必要なのか?」


 ヤンカさんは干し肉をガシガシ嚙みちぎりながら聞き返してきた。

 ぼくは「フーフー」と火傷した手に息を吹きながらこくこくと頷いた。


「別に川じゃなくていいのなら水があるとこに心当たりあるのだ」


 〇〇〇


 それはヤンカさんの持っていた森の地図を見ると小屋からそう遠くない場所にあった。


「こ、これはすごいですね……」


 その景色はまさに圧巻だった。

 

 大樹のような植物が生えていた。その植物には巨大なハスの葉のような葉が螺旋階段のように連なり生え、葉一枚一枚に雨水をたっぷりため込み、あふれ出る水がまるで滝のように流れ落ちていた。


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