第7話 カブトムシを手にいれるにはスズメバチと対峙することも必要。
釜戸に薪をおき、その辺から集めた小枝や枯葉もおく。ガスバーナーの青白い炎がぼっと闇夜に浮かびあがる。小枝や枯葉に火がうつりじわじわと燃え広がっていく。やがて釜戸に火が燃える。揺らめく火を見ているとそれだけで心がほっとした。
川の水を鍋に移し、ぐつぐつと気泡が湧いてくるのをじっと待つ。
幼い頃にテレビで見た昔話のアニメに出てくるような釜戸だった。
ぼくはそれをやってみたくありったけの粘土を使って釜戸を作った記憶がある。できたのは小さな釜戸だったけど、ぼくはそれを庭に持っていき小さな鍋を設置し、枯草や枯れ枝を集め庭で火をつけた。
煙が濛々とあがった。
しばらくそれを見つめていると、消防車のサイレンの音が聞こえた。
ぼくの家は住宅街のど真ん中だったのだ。
近所の人が火事だと思い消防車を呼んだのだった。
その後、母親から延々と説教されたのを覚えている。
今思えばそりゃそうだと納得できるけど当時ぼくはなぜ自分の家なのに火を焚いちゃダメなんだと釈然としなかった。
そしていつか自由に火が焚ける誰にも咎められない、やりたいことを思うままにできる場所が欲しかったことを思い出した。
「……あの町は窮屈だったな。それに比べてここは……」
「しかしお前のそれなんにゃのだー? 初めて見る火魔法なのだ。詠唱もなくかちっと押せばボって出てくるのだー」
隣には白髪猫耳美少女が金色の瞳に興味しんしんといった様子でぼくが持っているガスバーナーをじっと見つめている。
彼女の出で立ちは布服と短パン、その上に革の胸当てと革のグローブ、そして腿を半分ほどぐらいまで包み込む革のブーツを履いていた。
いわゆる軽装の冒険者といった風体である。
「うーん。これは魔法じゃなくて、器具? からくり? そういった仕組み? 道具……、そう道具、つまりアイテムだ。これは火を起こすためのアイテムだよ」
うんうん我ながら上手いこと言えたんじゃないか。
猫耳美少女は「ほえ~」と感心した様子である。
鍋に張った水がぐつぐつと泡立ってくる。
ああ、ようやく水が飲める。
と、その前に一つ片づけておく問題があったな。
ぼくは「んっんっ」と咳をし、隣の猫耳美少女に向き直る。
「あの、助けてもらって今更言うのもどうかと思うんだけど、そういえばあなた誰ですか? あと、それ返してください」
「にゃう?」
猫耳美少女はぼくの質問にきょとんとした顔し、ガスバーナーを麻袋に詰める手を止めた。
そしてがばりと立ち上がり胸をドンっと叩いた。
「そういえばまだ名乗っていなかったにゃのだ。ヤンカの名前は、ヤンカ・フュンデル! 獣人族キャットピープルの性を受け、孤高にして大胆不敵、狙った獲物は逃さない。山に旨そうな匂いすれば千里を駆け、海に旨そうな匂いすれば千海里を泳ぎ、町に旨いものがあれば借金をしてでも手に入れる。世界をさすらうフードハンターとはヤンカのことにゃのだ!」
ヤンカと名乗った猫耳美少女は月明りのスポットライトを受け、決まった。と天井を指さしたポーズで、不適に笑った。
「つまり食い意地のはった冒険者ってことですか?」
その辺に落ちていた棒を拾い上げ、強度を確かめる。充分な強度を確認すると鍋のつかみに棒を通し、えっちらおっちら鍋を釜戸から外す。
ヤンカの顔が嫌そうに歪む。
「違うのだー。孤高のハンターにゃのだー。訂正するのだー」
ヤンカさんはぼくに甘えるように顔を擦り付けてきてぐりぐりし始めた。まるで猫である。
ほのかに甘い香りと彼女のほどよく膨らんだ胸に革の胸当てごしとはいえその感触に意識がそがれる。
「ちょっと、ちょ、やめ、やめてください。ちょ、鍋、鍋だけ床に置かせてっ」
ダ、ダメだ、顔がにやけてしまう。
鍋を床に置き、お湯を冷ます。そこで、はっと気づく。
「ヤンカさん。冒険者なんですか?」
「これでも三ツ星冒険者のフードハンターにゃのだー」
えへんと胸を剃る猫耳美少女。
「よくわかんないんですけど、この辺のことに詳しいですか?」
「そりゃ詳しいのだ。なんたってヤンカは町から依頼を受けてこの森の調査にきたから。森の地図も持っているのだ」
つまり彼女に案内してもらえばこの森から出られる?
「……それって何のためにこの森に調査をしにきたんですか?」
素朴な疑問だった。
彼女は少し考えるように首を傾げ、「うーん」と唸る。そしてぱっと閃いた表情になる。かと思ったら、やっぱり首を捻る。何度かそれを繰り返すと目を見開きポンっと手を打つ。
「その前に一つ聞いておきたいことがあるのだ。君は何者にゃのだ? そもそもこんな森の中にヒューマンの子供が一人でいるのもおかしいし、何よりあの不思議なアイテム。それにあの変な武器。こっちも聞きたいことは山ほどあるのだ」
ぼくは一瞬、正直にいきさつを話したほうがいいのか躊躇うが、迷いを捨てた。ぼくにはヤンカさんは信用に足る人物であるという確信があった。
根拠は――彼女の尻尾。川で倒れたぼくをここまで引きずって助けてくれたのはきっとこの人だ。そしてあの金色の瞳。さっきまで一緒にいた猫(仮)の瞳も金色だった。
だとすれば、彼女がガスバーナーを使いぼくを助けてくれたことが納得できる。
何より彼女の履いているブーツ、左右逆だ。きっとおっちょこちょいな性格なのだろう。
それも合わせてぼくは彼女が悪い人間(猫)には思えなかった。
「ヤンカさん。履いているブーツ。逆ですよ?」
「ん? にゃう! ほんとにゃのだー」
ぼくは笑った。
〇〇〇
ぼくはヤンカさんに一通りこの世界に来たいきさつとスキルについては自分もまだよくわかっていないことを話した。
彼女はとても信じられないといった目でぼくをみるが、思うところがあるのか最後は納得した様子だった。
「なるほどにゃのだ。君の見たことのないアイテムを出せる不思議な能力。それは女神様のギフトにゃのだ。ヤンカも話だけは聞いたことがあるのだ。この世界アスラと別の世界テスラの話。女神様がアスラのバランスを保つために異世界人に不思議な力を与え召喚するという話にゃのだ。異世界人の力はとても貴重で新しい価値を作りだすと言われているのだ。その力である者は一国の王に、ある者は捕らえられ国の繁栄のために実験台になったなんておとぎ話もあるのだ。これが異世界の人か、本物見るの初めてにゃのだー」
ヤンカさんはぼくをまじまじと見つめてくる。なんだか照れしまう。それに彼女の話の中に異世界人に対する聞き捨てならない話が混じっていた。
「それで……ヤンカさんは何故、森の調査に?」
「まあ隠すことでもないので、教えるのだ。この森の木材は近辺の町にとって大切な資源だったのだ。だけど三年前に……突然モンスターが大量に現れたのだ。それで町は容易に森の資源を手に入れることができなくなったのだ。だけど町は森を諦めることができない、なぜモンスターが急に大量に現れたのかの原因を探ろうと冒険者ギルドに依頼をし始めたのがここ最近になってからにゃのだ。そこでヤンカは町でこさえた借金を返すためにその調査にいの一番に手をあげたというわけにゃのだ」
ヤンカさんは何故か自慢気に鼻をフフンっと鳴らしている。だから小屋に住人がいなかったのか。
「資源ですか」
木材。きっとそれだけじゃないだろうな。
「ヤンカさん。取引しないですか?」
「急にどうしたのだ? 森から抜け出したいならヤンカは協力を惜しまないのだ」
その提案にぼくは首を振った。ぼくは安易に森から離れる考えを捨て始めていた。
「あなたの森の調査に協力する代わりに、ぼくのこと町の人達に黙っていてくれませんか?」
「……うっ」
「さっきヤンカさん異世界人は女神から特別な能力をもらったとてもめずらしい存在だって言ってましたよね。その後、異世界人が実験台にされたとかって。それってもし町の人にバレたらぼくとしてはあまり思わしくないことになるんじゃないですか?」
「ぬぬぬ。中々するどいのだ。でも森の調査くらい一人でできるのだ。ヤンカには、メリットにゃいのだー」
「でかくて黒い蜂の巣の場所を教えますよ?」
「――にゃう! 森の黒い宝石と言われる黒曜蜂の巣の場所を知っているのか!? 黒曜蜂の蜜はそれはもうとても貴重で、甘くて、パンなんかにかけて食べるとそれはもう天にも昇る気持ちで――っしまったにゃのだ」
ぼくはにこりと笑みを浮かべた。
「取引成立ですね」
「な、なぜヤンカの目的が黒曜蜂の蜜だと……しかも君はこっちの世界にきたばかりにゃ。なぜ黒曜蜂の蜜のことを」
「食い意地はってそうだったのと、もしかしてこの森には蜂蜜とかもあるかもと思って山をはりました」
「くっ子供のくせに恐ろしく頭の切れる奴にゃ。しょうがないヤンカも自由にやっているのだ。それに異世界人であろうとも君をどうにかする権利なんか誰にもにゃいのだ」
ヤンカさんは手を差し出してきた。
「……えーっと、そういや名前聞くの忘れてたのだ」
ちょっとこけそうになってぼくも名前を名乗るを忘れていたことに気づく。
改めてぼくは自分の名前を彼女に――。
名前。名前か……。
佐藤たけるという名前はぼくには荷が重かったな。
苦笑した。
「??」
ここは新天地だ。まさに第二の人生だ。あっちの世界でどんなに願っただろう。意気地のないぼくはなんとなく流れに身を任せダラダラとやりたくもない仕事をやっていた。
やりたくもない仕事? やりたくもない仕事だったっけ?
違う。子供の頃、父の日曜大工を見て育った。今思えば父は下手くそだったけど、ぼくは楽しそうに何かを作る父が好きだったんだ。
よく父に連れられてホームセンターに行ったもんだ。
気づけばそこで働いていた。
好きだったんだな。日曜――。
「……大工……」
「ダイクっていうのか?」
ダイク? ……ダイクか。うん。いいかもな。日曜大工好きのダイク。ダイク・ニチヨウ。いいんじゃないか。
ぼくは改めてヤンカ・フュンデルに向き直り、手を差し出し告げた。
「そうです。ぼくの名前は、ダイク。ダイク・ニチヨウといいます」
「そうか。ダイクよろしくにゃのだ」
ぼくらは握手を交わした。
そして、鍋のお湯を小屋にあった木のコップに入れた。
まだ少し熱いかなと思いながらぐっとからからの喉に流し込む。
「旨い!」
川臭さが少しするが、久しぶりの水にぼくは力がみなぎるの感じた。
調査を手伝うついでに彼女にこの世界のことを教えてもらい、ぼくはこの小屋を自由気ままな生活するための拠点にすることを企んでいた。
幼い頃に思い描いた誰にも邪魔されないやりたい放題できる場所。この資源豊で人が安易に入り込まない森はぼくにとって最高の場所かもしれない。
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