第6話 使い慣れた武器


「よし! 水を飲むぞ」


 とりあえずツボ一杯に川の水を溜めた。ただこれをそのまま飲むわけにかいかない。何故なら腹痛を起こしたから。

 いくら透明できれいな水だとしてもやはり生水は危険だ。


「煮沸だ。煮沸が必要だ」


 ぼくの声に寝ていた猫(仮)が起きてきて「なんだ、なんだ」という顔で近づいてきた。


「お前も一緒に水飲むか?」


 猫(仮)はきょとんとした眼をしているが興味があるのかぼくの後をついてきている。もしかしてまた何か食い物をくれるのかもしれないと思っているのかもしれない。


「台所の釜戸が使えるはずだ」


 台所に向かう。暗くてよくは見えないけど全然見えないわけじゃない。外は月明りが差しているので慣れれば割と明るいのだ。壁には所々穴が開いているから。


「昼間の蜂みたいなのが入り込むかもしれないから、小屋全体直していかないとな」


 昼間に見たとき釜戸にはヒビが入っていたが、使えないこともなさそうだ。釜戸の上の穴には以前の住人が使っていたのであろう鍋がそのまま置いてある。


「埃やなんかで汚れているけどこれも使えそうだ。それに下の穴には薪をくべたあとがあるから、納屋に薪が残っているかもしれない。あとは火だけど――」


 ぼくはちらりと猫(仮)を見てにやりと笑みを浮かべつつ腰袋に手をいれる。そしてある物を思い浮かべる。


『ショートカット機能により、スキル【ホームセンター】を発動。通路番号6から工具コーナーを選択。検出開始――棚番8の棚段4段目からガスバーナーを特定。ガスバーナー――取寄せ可能』


      yes?  no?


「yes」


『承諾しました。SPを消費します』


 手に感触が生まれる。取り出したのはガスバーナーである。本当はライターで充分なんだけど、ライターの場所はアウトドア系なので担当区域外なのだ。


「にゃ!」


「ふふん。すごいだろ? ぼくはなんでも取り出すことができる魔法が使えるんだぞ? これさえあれば火なんかあっという間さ」


 バーナー部分にガス缶を取り付けトリガーを引く。するとボッと青白い炎がつく。


「――っにゃ!」


 それに驚いた猫(仮)がさっと闇夜に消えていった。


「……あ、ごめん」


    〇〇〇


 薪は納屋にあるはずだ。

 外に出ると月明りが納屋を照らしている。物陰は一層暗さを増している。入口なんか暗闇がいっそう濃く、まるで異界への入口といった雰囲気である。


 喉をごくりと鳴らす。


「夜が明けてからにしようか……、でも、もう喉がからからで我慢できそうにない。水があるのに飲めないとか生殺しもいいとこだ。なに、何にもでやしないさ」


 ちらりと足元を見る。そこに猫(仮)はいない。

 できれば猫(仮)の手も借りたいならぬ、猫(仮)でもいれば安心するんだが、さっき驚かしたせいで、どっかに逃げちゃったみたいだった。

 ううう。猫戻ってきてくれないかな。


「べ、別に怖くなんかないさ。ぶっちゃけ、小屋のほうも似たようなもんだしね。それにモンスターが出てきたとしてもぼくのこの鉈さばきで、ちょちょいのちょいさ」


 ぼくは鉈を握りしめて、振り回す。あからさまな強がりを支えにいざ納屋へと足を向ける。


「失礼しまーす……。入りますよー」


 返事はない。誰もいないようだ。ほっと胸を撫でおろす。

 そっと足を一歩踏み入れる。


 納屋は当たり前だが月明りが届かず真っ暗であった。

 昼間に入ったときは入口の脇に鉈が立て掛けてあり、奥のほうまでしっかりとは見ていなかった。ちらりと見ると薪らしきものが積み上げられていたのだ。

 

 納屋はそんなに広くないので薪はすぐに見つかるはずだ。


「っと、あったあった。いいね薪が積み上げられている。これだけあればしばらく燃料には困らないぞ」


 と、薪を取ろうと近づくと顔に何かが絡みつく。


「ぶわっ、何だ! うわっ、口の中にっぺっぺ」


 顔にべったりと何か粘着質の網目状のものが引っついたのだ。これはいわゆる――、


「蜘蛛の巣!? うわっ、うー。なんだよー」


 放置された古民家などでよく見かける光景ではある。異世界にも蜘蛛のような虫がいるんだなと辟易した気持ちになる。

 それにしても随分でかい巣だ。そういや映画なんかだとこの後、バカでかい蜘蛛が出てきて脇役なんかが犠牲になるんだよな。


「……まさか、ね」


 ふいに物陰が蠢いたように見えた。


 そしてそれは積み上げられた木箱の横からひょっこりと我が巣に掛かった獲物を品定めでもするように物陰から姿を現した。

 八本の足と顔についた無数の眼。赤く光りギョロギョロと周囲を見渡している。それが一斉にぼくを見た。


「嘘だろ、で、でたー!」


 回れ右で全速力で逃げようとするが、蜘蛛の化物が口からシュッと何かを吐き出すのほうが早かった。それが足に絡みついた。


「――あっ。ぐっ、これ、う、動けないっ」


 暗くてよくは見えないが、どうもあの蜘蛛の化物から発射された糸のようだった。力任せに足を引き抜こうとするが、まるで接着剤のように粘りがあり抜け出せそうにない。


 獲物が上手く罠にハマったと蜘蛛の化物は音も立てずに起用に八本の足で木箱の横から這い出し、ぼとっと地面に降り立った。


 そして八本の足が異常な速さと動きでぼくとの距離を一気に縮めてくる。

きしゃぁぁぁ――っ。


「く、来るなぁ!」


 ぼくは持っていた鉈を無造作に振るが糸もたやすくそれは口から発射された糸によって背後の壁に縫い付けられた。


「――あっ」


 唯一の武器を失い絶望とともに蜘蛛が迫ってくる。

 そのギョロギョロと蠢く無数の赤い目がぼくを視界に捉えた。牙が覗く口ががばりと開かれた。


 何かっ、何か武器になるもの――っ。


 混乱していく頭でその辺を手当たり次第に探る。そうだ腰袋にある工具はと手を突っ込むが焦っているために上手く掴むこともできない。そうだスキルだと頭にひらめくが蜘蛛がぼくの足に到達し八本の足で音もなく這い顔までよじ登ってくる恐怖に思考がマヒしていく。


 蜘蛛はぼくを覆いかぶせるくらいにでかかった。


 納屋に入ってものの数秒で命の危機に瀕している。ぼくは数秒前の自分を呪った。自分の軽率な行動に怒りさえ覚えた。


「いやだ、まだ、死にたくない……」


 押しつぶされていくようなその恐怖が、ある感情と映像を鮮明に色濃く呼び寄せそれだけが脳裏を支配した。


 それはこちらの世界に来た原因である合板の束に押しつぶされた時の映像。

 危ないという声と合板に埋め尽くされた視界が苛立ちとともに脳裏にぶれる。そしてぼくはある意味はあちらの世界で死を迎えた。


 腹の底から渦巻くような怒りがこみ上げ、激昂した。


「冗談じゃないっ。もう二度と死んでたまるかっ!」


 その手が腰袋のホルダーに下げていたインパクトドライバーを掴む。


 二度目の死はごめんだ。


 手に電流のようなしびれが流れ、インパクトドライバーのトリガーを引く。空気を摩擦し切り裂く音とともにドライバービットが稲光とともに高速回転する。


「二度とぼくは自分以外の意志で死を迎えはしないっ! 二度とお前らにぼくを自由にさせはしないっ! 二度とぼくは不自由に生きることはないっ!!」


 高速回転するドライバービットを蜘蛛のどてっぱらに打ち込んだ。

 腹にドライバービットが血しぶきと共にズブりとねじ込まれた。


 蜘蛛の口からガラスに爪を立てたような音が響き渡る。


 叫びをあげる蜘蛛の化物はぼくから瞬時に飛びずさり、抵抗した獲物に警戒心を張り巡らせるように距離を取った。

 その眼はしかしぼくを諦めた様子はなくこちらを伺っている。


「くそっ、届かなかった!」


 インパクトドライバーの先にセットしてあるドライバービットは精々長さが10センチ程度だ。いくら腹を突き抜こうとも、これじゃあ致命傷は与えられない。


 どうする――?


 蜘蛛の化物は慎重にこちらを伺っている。眼がギョロギョロと蠢き、手に持っているインパクトドライバーを捉える。まるで冷静に自分に攻撃を加えたのがなんなのか見定めているようだ。


 せめてこの足の糸がとれ、体制だけでも立て直せれば――。


 蜘蛛は理解したように眼の動きが止まった。そして八本の足が駆ける。


「にゃーなのだー!」


 声とともに銀光が一閃し、蜘蛛の化物の表皮を切り裂く。突然の攻撃に見舞われ蜘蛛は再び飛びずさる。

 はっと振り向くとそこにはフサフサの尻尾を携えた白髪猫耳美少女がいた。

 彼女の手にはするどい短剣一振りとぼくがスキルで取り出したガスバーナーが握られていた。


「あっ、それ、っていうか誰!?」


「話はあとなのだー! 赤八目蜘蛛の糸は熱に弱いのだ。これで焼き切るのだー」


 猫耳美少女はぼくの足首に巻き付いた糸にガスバーナーを当てた。ボーっと青白い炎が糸を溶かしていく。


「あっつい! 熱いよ!」


「我慢するのだー。男の子だろー」


「――やった、取れたっ」「逃げるのだっ」「逃げないっ」「なっ――」


 ぼくはその場に立ち上がり腰袋に手を突っ込む。


「ぼくは逃げないっ。ぼくの自由を邪魔するやつは何者であろうともう許さないっ! 特大のドリルをお見舞いしてやる!」


 『ショートカット機能により、スキル【ホームセンター】を発動。通路番号7から電動工具コーナーを選択。検出開始――棚番5の棚段4段目からを特定。ドリルチャック――取寄せ可能』


      yes?  no?


「yes!」


『承諾しました。SPを消費します』


 手に感触が生まれる。引き抜き、インパクトドライバーのドライバービットを引き抜き、ドリルチャックを装着する。


「ぼくのインパクトドライバーの口径は6.35ミリの軸しか着脱できない、極太軸13ミリドリルを入れるためにドリルチャックを装着」


 再度、腰袋に手を突き入れる。


『ショートカット機能により、スキル【ホームセンター】を発動。通路番号6から電動工具コーナーを選択。検出開始――棚番1の棚段4段目からを特定。木工用ドリル32ミリ――取寄せ可能』


      yes?  no?


「yes!」


『承諾しました。SPを消費します』


 手に感触が生まれる。引っこ抜く。

 腰袋から長さ30センチほどの長さの木工用の極太ドリルがぬっと出てくる。

 ドリルチャックをすばやく回転させ口を開く。装着部分を差し込み逆回転。手で力の限りに締めつけ固定する。


「右手はトリガーに、左手はモーター部分に、右手の脇を締め、狙いを定め――トリガーを押す」


 トリガーを押す中指に電流のようなしびれ生まれバチバチと火花を散らす。

 インパクトドライバーに無理やり極太のドリルを装着しているために高速回転すると先のブレが酷くまるで暴れ馬のような振動が手に伝わる。


「――っこなくそっぉぉぉぉ」


 それを気合で抑え込み、飛び掛かってくる蜘蛛の化物を見据える。

 

「木材に穴をあけるときは木工用のドリルがおすすめだ」


 相手の攻撃を掻い潜り、蜘蛛の腹部分にドリルの先を押し当て、壁まで押し込むように駆け、押さえつける。


「理由は、木工用ドリルは先の部分に誘導ネジっていう突起がついている。少しトリガーを引いてあげればねじ込まれ」


 軽くトリガーを引くと突起が蜘蛛の腹にねじ込まれる。その違和感に蜘蛛は気づかない。


「穴をあけるためのブレ防止になるからだ――」

 

 中指がトリガーを引く。暴力的な回転音が稲光とともに大氣を震わし、先ほどとは比べ物にならない血しぶきと蜘蛛の断末魔が夜の静寂を切り裂いた。


「その結果、まっすぐ、きれいに穴をあけることができる」


 切り替えスイッチを押しドリルを逆回転させ蜘蛛の腹から引き抜く。

 事切れた蜘蛛の化物がそのまま地面に落ち無残にひらいた風穴を見せていた。


『経験値を30獲得。レベルアップしました』


 Lv.1→Lv.2 


 MaxHP18→24 MaxMP8→12 MaxSP12


 攻撃力7→9 物理防御4→5 魔法防御3→4 素早さ6→7


『スキル【抽出】により、蜘蛛の糸を獲得しました』


 こうしてぼくは初めてモンスターを撃破した。


 

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