不条理ai小説

haco

暮れなずむ日常

 朝起きると、母親が掃除機になっていた。ブォンブォンと音を立てながら僕を急かす。帽子掛けになった父親は、いつものように僕の頭にネクタイピンを引っかけようとするがうまくいかないらしい。

 学校に行く途中にある駄菓子屋は、店番をしているおばあさんごとかき氷機に変わっていた。ガリガリという音がうるさいので、今日からしばらくは寄り道しないことにする。


 学校に着くと、担任の先生が寿司ロボットになって寿司を握っていた。昼休みには校庭でドッジボール大会が行われていて、ボールの代わりになった男子たちがクルクル回転しながら宙を舞っていた。どうやら先生も一緒に回っているらしく、こちらに向かって何か言っているようだったがよく聞き取れない。

 授業中、僕の隣に座っている女子生徒は背中に生えたホッチキスの針をせわしなく動かしていた。まるで背伸びしているような格好である。彼女はノートを取る代わりに、一生懸命ホッチキスを動かして遊んでいるのだ。

 放課後、教室を出るとき机の中から消しゴムが出てきた。それは何の変哲もない普通の消しゴムに見えたが、中を割ってみると大量の釘が入っていた。これではもう使い物にならないだろう。

 帰り道の途中、小さな女の子が自転車に乗って僕の横を通り過ぎていった。彼女が乗っているのはママチャリではなく三輪車なのだけれど、なぜかペダルを踏むことなく車輪だけを回していた。それでもスピードが出るようで、横を飛んでいるタルナード砲を楽々と追い抜いていった。

 家に帰ると、妹が冷蔵庫になっていた。扉を開けるとひんやりとした冷気が漂ってくる。僕はそこにあったアイスを取り出して食べることにした。しかし食べている最中にふと思ったのだが、このアイスは妹の何なのだろう。内臓だったら大変だし、食べたものだとしても気持ちが悪い。とは言え、暑い日に食べるアイスは格別だ。

 夜になりベッドに入ると、枕元に置いてあったラジオが喋り出した。

 ――今夜は月が綺麗ですね……。

 ラジオがこんなことを言うはずがない。きっとこれは夢に違いない。そう思った僕は、ラジオの電源を切り目を閉じた。おかしい。一向に眠気が訪れない。僕は諦めて再び目を開いた。すると目の前にはラジオの顔があった。


 翌朝、ラジオが目覚まし時計になっていた。毎朝決まった時間に音楽を鳴らしてくれる優れものである。ただしその音楽は、人間の鼓膜を破壊するほどの大音量なのでとても寝起きに聞くことはできない。

 目覚ましを止めようと手を伸ばすと、自分の手が目覚まし時計になっていることに気がついた。時計を止めるどころか逆に時間を進めてしまったようだ。そのまま時計の針がぐるぐると進んでいく。いや、進んでいるのではなく逆戻りしているのか? よくわからないがとにかく大変なことになった。このままだと永遠に時を刻むことになる。

 急いで学校へ行くと、校庭に大きな滑り台ができていた。誰かが滑る度に砂埃が上がるので視界が悪くなるし、水はけの悪い地面なので、雨が降った日には辺り一面が水浸しになるだろう。そうだ。これを使えば元の世界に戻せるかもしれない。僕は時計になった腕を滑り台に乗せると勢いよく滑らせた。針がものすごい速さで回転していく。同時にキーンという耳鳴りのような音が聞こえた。そして次の瞬間、僕の意識は途絶えた。

 目が覚めるとそこは学校の屋上だった。どうやら元に戻れたらしい。それにしても不思議な体験をした。自分の腕を見てみると、まだ時計のままであった。一体どういうことだろうか。試しにもう一度時計を滑らせてみる。やはりまたどこかへ飛ばされてしまう。

 結局、時計を元に戻すことはできなかった。仕方ないので、しばらくこの状態で生活するしかないだろう。そんなことを考えながら下を見ると、ちょうど校庭で野球の試合が行われていた。審判を務める先生はグローブとボールを兼ね備えていた。バッターボックスに立つ男子生徒はバットの代わりに巨大なコンパスを使っている。彼はコンパスの針を地面に突き刺し、それを回転させる勢いでボール役の先生を打った。先生は高くこちらに向かって飛んできて、避ける間も無く僕に激突した。

 僕は再び意識を失った。


 目が覚めた時には保健室のベッドの上だった。心配した両親が駆けつけてくる。どうやら僕は倒れていたところを発見されたらしい。両親から話を聞いたところ、どうやら僕は校舎内を徘徊していたようだった。

 何のことかよくわからなかったが、とりあえず無事だったことを喜んだ。そして家族と一緒に家に帰った。


 翌日からしばらくの間、学校内で奇妙な噂が流れた。

 ある生徒が行方不明になったというのだ。それは僕のクラスにいる男子生徒だそうなのだが、僕に彼との記憶はない。その上、彼が失踪した時期はちょうど僕が保健室で目覚めたタイミングと重なっており、僕はなんとも居心地の悪い視線を浴びた。口さがない者の中には、僕が彼を誘拐して監禁しているのではないかと言い出す者もいた。まったく心外である。記憶にないクラスメイト、保健室で目覚める前の夢。違和感があるのに、その正体が分からない不安。僕の頭はどうにかしてしまったのだろうか。ふと、目の前に置かれたカッターがひらめいた。

 僕が見ていた全ての違和感。それは、僕自身がこの世界から乖離した存在だったからではないのだろうか。全てが嘘の世界。それが僕の見ている夢のはずだ。ならば、その夢を終わらせる方法はただ一つである。僕は震える手で刃先を首に押し当てた。祈るように、願うように、ゆっくりと力を込める。不思議と痛みはなかった。

 生暖かい液体が溢れていく。肩を濡らし、足もとへと広がってゆく。目の前がだんだんと暗くなり、ゆるやかな眠りへと落ちていった。


 ——シュウン、と空気の抜ける音がして半透明の蓋が開いた。また失敗か。僕は落胆する。これでもう三度目だ。

 今度こそ上手くいくと思っていたのに……。

 僕はため息をつくと、カプセルの中からゆっくりと抜け出した。製作中のシミュレーションゲームなのだが、どうしても途中で奇妙なループに囚われてしまい、そこから抜け出せないでいた。原因はわかっていない。それを見つけ出すことこそがこのゲームの目的なのだ。居間に降りると母親は相変わらず掃除機だし、帽子掛けの父も冷蔵庫の妹も佇んだままだ。僕の腕も時計のままであり、その日もまた一日が過ぎてゆく。

 暮れなずむ空の下、僕は無機質に変容してしまった家族と狂ってしまった世界、ゆるやかに崩壊してゆく日常を見つめていた。


 了

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