第3話 月の光

「さあ!ハルキゲニア殿、召還魔法を!」

魔法使い爺が叫んだ。

ボス戦は俺の出番だ。

限定により極大化したイフリートを召還すればドラゴンを灰にできる。

「さあ!ハルキゲニア殿!」


魔法使い爺。

分かっている。

こちらにだって事情はある。

前衛の三名の戦士がドラゴンとにらみあっている。

俺は地面に魔方陣を描いた。


若鳥唐揚 若鳥唐揚 若鳥唐揚 若鳥唐揚 若鳥唐揚 


これで準備完了。

あと一筆で魔方陣の完成だ。

さあ、どうする?


全て嘘だから。

イフリートなんか出ないから。

俺は村人レベル1だから。

さあ、どうする?


偽召喚士ドッキリをバラしたら剣で頭を割られるだろう。

激怒されてボコボコにされる。

その前に皆、ドラゴンにやられるが。


俺はパーティ全員に呼び掛けた。

「少しドラゴンを、もんでみたくはないか?」


「極大化イフリートで勝ちは確定しているんだから、

あと一手で終わって経験値が入ってレベルアップできる。

しかし、実践の経験というか確かな自信というか、

ドラゴンをこの手で戦って倒したという実感。

最後のとどめは極大化イフリートにやらせるとして、

少しは戦ってみたくはないか?

もちろん少しでも危なくなったら、すぐにイフリートで終わらせる。

それとも安全に、

絶対安全に初手イフリートで瞬殺で良いのか?」


前の三人の戦士がアイコンタクトで了解して剣を振り出した。

少しぐらいケガをしても僧侶がいる。

死んだって蘇生魔法がある。

体力を全て使い果たしてもイフリートで勝利は確定している。

そんなとき、

人間は大胆に、

普段はやれない戦法を試せる。


三名の戦士のうち二名の兄弟戦士がドラゴンのふところに飛び込んだ。

ショートソードでドラゴンのわきの下を突いている。

残りの女戦士はドラゴンの視線をこちらにくぎ付けにして構えを取る。

これは後衛を守ることにもつながる。

スキをついてドラゴンの頭部を女戦士が少しづつ斬っていく。

普通ならドラゴンは翼を使って竜巻を起こすのだろうが、

戦士兄弟がわきの下に潜り込んでいて、羽ばたくことができていない。


しばらくそれを繰り返して勝負はついた。

ドラゴンが大量出血で倒れたまま動かない。

女戦士はドラゴンの首を深く切り裂いたが動きはない。

戦士兄弟はレベルアップ後に上気した顔で

「やっちゃいました。」

「つい、最後まで。」

としきりに弁解した。

女戦士もレベルアップして顔がほてっている。

女僧侶も老魔法使い爺もレベルアップしたことが分かった。


女僧侶は不思議そうに

「ハルキゲニア殿はレベルアップしなかったんですか?」

と聞いてきた。

俺は

「レベルアップしなかった。

限定化した召喚士は、もう成長しないんだよ。」

すると皆は複雑な表情で尊敬のまなざしを俺に向けた。


すぐに夜になってしまってベースキャンプには戻れなかった。

山の中腹で野宿となったが興奮はおさまらない。

兄弟戦士はボスドラゴンとの接近戦を物語風に語り明かした。

魔法使いは残りの食料を使って食事をふるまった。


料理を乗せている深緑の敷物が美しい。

敷物はエスニックな刺繍がしてあり、特別な祝い事用であることは明白だ。

ランプを消しても月明りで明るい夜。

透明な月の光は静かだったが、宴は色づいた。


皆が寝た後、月明りの中で見張り役の女戦士が俺に声をかけてきた。

「ハルキゲニア殿は、この戦闘で死ぬつもりでしたよね?」

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