第21話

久しぶりに重ねた肌は熱くて、このままお互いの熱で燃え尽きて、灰になれたら良いのに……と思った。

アイツの私を求める熱が……嬉しかった。

もう、二度と誰かをこんなには愛せないだろう。

抱かれる幸せを、女に生まれた喜びを……アイツが教えてくれた。

何度も肌を重ね、初めて私を抱き締めて眠るアイツの寝顔を見た。

長くて綺麗な睫毛に触れると、ピクリと瞼が動く。

触れ合うアイツの肌は何処も瑞々しくて、自分の老いた肌とは明らかに違う。

こんな私を、どうしてこんなに求めてくれるのか意味が分からなかった。


もう少しだけ、遅く生まれていたら……

もう少しだけ、早く出会えていたら……


どうにもならない感情ばかりが生まれて、悲しくなる。

タラレバを思った所で、現実は何も変わらない。

だったら、残された時間を大切に過ごそうと決めた。

朝起きて近くの漁港にご飯を食べに行き、朝市のお店で食材を買って来てお昼は2人でキッチンに並んで料理をした。

全てを忘れて、普通の恋人のような時間を過ごした。


買い物をすると、すぐに荷物を持ってくれる所。

別々の物を買うと、人の買った物が気になって食べたがる所。

手を繋いで歩きたがる所。


初めて知るアイツが愛しくて、全て胸に刻み続けた。

「彩花」

って私を呼ぶ声が好きだと思った。

差し出す大きな手も、風に揺れる漆黒の髪の毛も……笑うと無くなる目も……全部、全部……大好きだって思った。

そう思う時間が積み重なる分だけ、別れの時間が近付いて来る。

夜の帳が降りて、夕飯を食べて2人でダブルべッドに腰掛けて窓の外を眺めていた。

海辺から近いこのマンションから、毎週土曜日に打ち上げられる花火が綺麗に見える。

「綺麗……」

ポツリと呟く私を見つめて

「うん……」

ってアイツが頷いた。

私はそんなアイツに

「花火、見てないじゃない!」

と花火を指差すと

「花火より、彩花を見ていたい」

そう呟かれた。

「私を見ても……オバチャンなだけだよ」

「彩花はオバチャンじゃないよ」

「オバチャンだよ。見てご覧よ、こんなに肌艶が違う!」

おどけてアイツの腕に自分の腕を並べた。

明らかに違う肌に、現実を突きつけられる。

小さく笑い、『ドーン!』と一際大きな音を立てて打ち上がる打ち上げ花火に視線を向けた。

幾つもの花火が打ち上がっては消えて行く。

それは私達のようだと思った。

春に出会い、冬に別れる。

でも、私の胸には鮮明に残り続けるであろう二人の関係のようだ。

そんな私達の別れに、なんて相応しいんだろうとぼんやり考えていた。

するとアイツの手が重なり、ゆっくりと唇が重なった。

瞼の向こう側が黄色く光り、瞼で隠していた涙がベッドに押し倒された時に一筋だけ流れた。

アイツの唇が、その涙をそっと拭う。

私の肌を伝うアイツの唇も、抱き寄せる腕の強さも、アイツの汗さえも全て愛おしい。

私の中で、アイツの遺伝子が何度私の中に刻み込まれても、新しい命が宿る事は無かった。

それは今回も同じだろう。

それでもこんなに、アイツとの子供が欲しいと願ってしまう自分に悲しくなった。

世間から見たら「不倫」という、石をぶつけられてしまう関係の私達。

でも、出会わなければ良かったと……、こんな関係にならなければ良かったとは思えなかった。

こんなにも、誰かと一つになれる事が幸せだなんて知らなかった。

まるで初恋のように、泣いたり笑ったり悩んだり怒ったり。

全てが今、宝石のようにキラキラと輝いてみえる。

いつの間にか花火が終わり、静かな夜のシーンとした空気に変わる。

そして私達が眠りに着くころ、空は紫色に染まり始めた。

(もうすぐ……この夢のような時間が終わる)

ゆっくりと瞼を閉じながら、もうすぐやってくる別れに震えていた。

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