第20話

独身から勤めた職場の最終日は、あっけなく終了した。

送別会の類は全てお断りしたので、私はアイツとの待ち合わせの場所へと急いだ。

元々、その日は奥さんが、前日から学生時代の友達のハワイ挙式に参加する為に留守だったらしい。

アイツは前から、私と旅行に行こうとリゾートマンションの宿泊手配をしていたらしい。

「さよなら旅行になっちゃいましたね」

って、悲しそうに笑っていた。

電車を乗り継ぎ、宿泊するリゾートマンションに着いた。

マンションなので受付もフロントも無く、アイツは持っていた鍵で部屋の鍵を開けた。

そして私に

「彩花はちょっと待ってて」

と言うと、先に中に入って行き

「5分経過したら入って!」

そう言い残してドアを閉めた。

キッチンから電気の灯りが漏れてきて、何やらバタバタ走り回ってる影が見える。

(何してるんだか……)

って苦笑いをしているうちに5分が経過して、玄関のドアを開けて中に入った。

すると

「彩花、おかえり」

って、アイツが私を笑顔で出迎えてくれた。

「お風呂にする?ご飯にする?それとも俺にする?」

努めて明るくふざけた質問するアイツの気持ちに、涙が出そうになる。

「健人」

泣きながらそう呟くと

「え?何?どうした?彩花?」

と、泣いている私にオロオロし始めた。

私は靴を脱いでアイツに抱き着き

「健人が良い!」

そう叫んでいた。

するとアイツはくしゃくしゃな笑顔を浮かべ

「ネタだったのに……」

と呟いて、私を抱き締めた。

唇を重ね、ゆっくりと抱き合う。

「今から明後日の昼まで、俺達は夫婦だよ」

そう言って、私の額のアイツの額がコツンと当たる。

ギュッとアイツに抱き着く私に

「彩花とやりたかった事、2日間に詰め込んだから覚悟しろよ」

そう言われて、私はアイツの胸に顔を埋めて頷いた。

(これで本当に最後なんだ)

この腕も、温もりも、匂いかおりも、全部、全部……終わったら触れられなくなるんだと、そう思うと涙が止まらなくなった。


泣かないつもりだった。

笑顔で別れるつもりだった。


でも……アイツを忘れる事が、別れる事が、こんなに苦しいなんて思わなかった。

「泣かないで……彩花」

私の頬に唇を当てるアイツの頬も濡れていた。

別々の道を歩くと決めたのは、私だ。

きっと、私が「やっぱり別れない」と言えば、引き留められるんだろう。

でも、愛しているから……だから、別れを決意した。

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