第18話

その日から、私は残業しないように仕事を定時キッカリに切り上げるようにした。

アイツとも、偶然でも会わないように時間をずらした。

何か察したのだろう。

2週間が過ぎた頃だった。

会議が終わって会議室を片付けていると、突然、会議室のドアが閉められて鍵が掛かる音にハッとして振り向くと、アイツが立っていた。

「何で避けるの?俺、何かした?」

そう聞かれて、私は震える手を悟られないように、手にしていたトレイをテーブルに置いた。

(ダメだ……。まだ、こんなにもアイツが好きだ……)

胸を締め付けるような痛みに、ゆっくりと深呼吸をする。

「ねぇ!黙っていたら、分からないじゃないか!」

アイツの腕が、私の手首を掴み上げた。

見上げたアイツの切なそうな顔に、一度は自分の気持ちにケリを付けた筈なのに……脆くも崩れ落ちそうになる。

「もう……止めよう」

ポツリと呟いた私に、アイツは目を見開いて私を見つめた。

「何で?」

肩を掴まれて言われて

「お互い、家で待つ人が居るじゃない……」

絞り出すように呟くと

「離婚すれば良いの?」

そう言われて、私は首を横に振る。

恋人関係とは違い、結婚したら簡単に離婚なんて出来ない。

お互いに、そんな事は分かっている。

分かっているから、今の関係を選んだのに……。

「奥さん、泣いてたよ」

ポツリと呟くと

「彩花は俺と別れて平気なの?」

そう言われて、泣きそうになる。

「そんな事、聞かないで……」

涙が溢れ出す私の身体を、アイツがゆっくりと抱き締めた。

身体に馴染んだアイツの体温が……体臭においが……、どれ程アイツを求めているのかを、

どれ程深く愛しているのかを突き付けて来る。

思わず背中に手を回し、アイツのシャツを握り締めた。

本音を言えば……離れたくない。

でも、誰かの涙と引き換えした代償の大きさは分かっているつもりだ。


どうして、出会ってしまったんだろう?

どうして、今だったんだろう?

どうして、惹かれあってしまったんだろう?


答えの出ない思いに、身動きが取れない。

もっと、自分は大人だと思っていた。

分別のある、きちんとした人間だと思っていた。

不倫をする人間なんて、最低だと思っていた。

そんな自分が、まさか10歳以上も年下の……しかも結婚している相手とこんな関係になるなんて……。

そっと触れられた頬に当てられた手に、手を重ねるとゆっくりと唇が重なる。

唇が離れると、再び強く身体を抱き締められた。

「嫌だ……別れたくない」

切なそうに呟く声に、胸が締め付けられる。

再び重なる唇に、私は覚悟を決めた。

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