第24話

あの日以来、アイツと秘密の関係が始まった。

それはお互いに時間の合った日で、いつ、何処でとかの決め事は無かった。

互いに偶然残業が重なると、それが合図になる。

会社の鍵を閉めて、アイツが「友達と飯を食って帰る」と嘘の帰るコールを入れるのを少し離れた場所で聞きながら駅へと向かう。

アイツが乗り換えする駅で、私達は秘密の逢瀬を繰り返す。

いわゆる「休憩時間」の間だけの恋人。

それでも、今まで感じた事の無い幸せな時間に、私は年甲斐も無く溺れて行く。

それが誰かの悲しみの上に成り立っている関係だという事を、忘れていたのだ。

……いや、忘れたフリをしていたのだ。


 それは、コーヒーを入れに給湯室に向かっていた時だった。

給湯室には数名の女子社員がたむろしていた。

(仕方ない。コーヒーは後にするか……)

と踵を返した時

「もう、ずっと何も無くて……。キスさえしてくれなくなったの……」

アイツの奥さんの声だった。

「私、早く赤ちゃん欲しいのに……。もう、飽きられちゃったのかな?」

ぐすぐすと鼻をすする音と、他の人達の彼女を慰める声が胸にずしりとのしかかった。

自分のお腹に触れ、何度身体を重ねても、決して命が宿る事の無い身体。

何度触れ合っても、それは変えられない事実だ。

まだ若い彼には、きちんと彼の遺伝子を残せる若い人が相応しい。

老いらくの恋に、付き合わせてはいけないと気が付いた。

私は足音も立てず、ゆっくりとその場を後にした。

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