第5話

 やっちまたー!

 授業も無事終わって昼休みに入り、ようやく冷静さを取り戻した頃。俺は後悔にさいなまれていた。

 諦めると決めたはずなのに、気づけば声をかけてしまっていた。いや、それだけなら別にいいんだ。問題は、そこから盛り上がって変なことを言ってしまったこと。正直危なかった。あのままいけば、俺は告白してたかもしれない。

 我に返って、急いでフォローを入れたが、どこまでカバーできたのか分からない。

 でも、その反面で仕方ないって思う気持ちもある。絵梨奈はあからさまに落ち込んでいた。そしてその原因は恐らく、俺との喧嘩だった。

 絵梨奈は責任感が強いし、いくら嫌ってる相手とは言え、面と向かって「嫌い」なんて言われたら傷つくのも無理はない。

 絵梨奈の落ち込んだ顔を見ると、どうしようもなく胸が痛い。俺が絵梨奈を傷つけた。そう考えると止められなかった。止めたくなかった。

 だからついつい、必死に弁解したのだが……。

 余計なことまで言っちまったー! ああちくしょうどうすんだよこれ!


「おーい、リュウ君食べないの?」

「うおっ!」


 顔を上げたら、目の前に顔があった。


「なんだ遥か。脅かすなよ」

「リュウ君が勝手に驚いたんだよぉ」


 絵梨奈はもちろん、遥も弁当のため、二人は昼飯は教室で食べる。昼休みになると遥は絵梨奈の席に移動して、絵梨奈の席で食べる。だから自然と、俺の隣になる。

 横で頭を下げたまま、弁当を出す気配すらない友達がいたら、気になるのが当たり前か。


「遥、そんなの気にしてないで早く食べよ」

「あはは、えーちゃんは相変わらずリュウ君に辛辣というか、興味がないねー」

「当たり前でしょ。そんなお猿さん」


 うぐぐ……。絵梨奈の野郎。さっきまでのことは全部忘れましたみたいな顔してるくせに、余計なことはしっかり引きずりやがって。

 ……しっかし、やっぱ絵になるなあ。

 そもそも、この学校随一の美女である絵梨奈と遥が同じ学年、同じクラスということ自体奇跡に近いのだが、こうして二人ならんで一緒にご飯を食べる。なんとも眼福ものか。尊いとはこのことを言うのかもしれない。

 もちろん、そう思ってるのは俺だけじゃない。クラスメイト達(男子)だって。


「いいなあ。昔のどっかの有名な画家が描いたよく分かんないタイトルの絵画にありそうだよ」

「俺、このクラスに入れてよかった。マジ最高だぜ」

「マジ最高なのは同意だけど、竜太郎のやつ邪魔じゃね? 消そうぜ」

「ああー竜太郎ちゃんほんとエッチだわ!」


 最後のはスルーでいいとして、俺消されそうになってるのは看過できないんだが。

 まあいいか。幸い絵梨奈も大して気にしてないみたいだし。

 絵梨奈から受け取った弁当を開く。その瞬間、香ばしい匂いが広がって、いやでも食欲をそそられる。中身はどれも好物ばかり。

 それはそうだ。だって、俺の好物はほぼ全てと言うほど、絵梨奈の得意料理ばかりなんだから。

 まだ二人とも小さくて、もう少しだけ仲が良かった頃から、絵梨奈は何かと料理を作っては俺にごちそうしてくれた。あのときはまだ、可愛い妹が料理の練習を頑張ってるくらいにしか考えてなかったが、だからこそと言うべきか。どんな失敗作だって全部食べ切って、美味しいと伝えた。純粋に嬉しかったし、応援したいと思ってたから。

 それからも料理の練習は続けて、そのうち得意料理も増えてきて、それを食べてる間に、俺はすっかり餌付けされてしまった。


「いやあ相変わらず美味しそうだねえ、二人とも」


 遥がニコニコしながらそう言った。


「ねえねええーちゃん。今度私にもお弁当作ってきてよー。えーちゃんの分は私が作ってくるからさ、交換しよ!」

「お弁当……交換……」

「あれ、だめだった?」


 遥が不安げに絵梨奈の顔を覗き込む。


「ううん! やりたい!」


 絵梨奈は目を輝かせながら言った。


「遥の好きな物教えてよ。それ入れるからさ」

「えーほんとお? やった!」


 そうか。いつも作る側だった絵梨奈にとって、俺や自分の両親以外から料理をごちそうしてもらうなんて新鮮なんだ。作ることの大変さも知ってる分、友達から作ってもらうのは絶対嬉しさも増してるに決まってる。


「あ、そーだ。リュウ君のも私が作ってきてあげようか?」


 遥は思い出したようにそう言った。


「どーせならリュウ君も、たまには私の料理食べてみたくない?」

「え、いやでも……」

「いいっていいって、そんな気にしないで」

「じゃ――」

「だめ!」


 俺の声をかき消すように絵梨奈が声を上げた。


「二人分つくるのって、結構大変だし、竜太郎なんかのために遥に無理はさせられないよ」

「なんかって……、相変わらずだねえーちゃん。私は別にリュウ君と喧嘩中じゃないんだけどなあ、あはは」

「うっ……。と、とにかく、絵梨奈に無理はさせられない」

「でも、えーちゃんだって毎日作ってるでしょ? 一日くらい」

「私はお世話係だし」

「リュウ君はウサギか何かな?」

「それに、もう慣れたっていうか」

「んー、まあでも確かにそうかもね。ごめんねリュウ君?」


 遥は手を合わせて上目づかいで謝る。

 これにはさすがにドキリとする。軽いボディタッチは慣れたけど、こういう女の子っぽい仕草を不意打ちでやられと心にグッとくる。これが天然物だっていうんだから恐ろしい。


「い、いや俺は別に……」

「お詫びと言ってはなんだけど、今あげるよ」


 遥はミニサイズのオムレツを箸で掴んでそのまま俺に向けた。


「はい。私の今日の一番の自信作」

「え、いや、でも……」

「もしかして、苦手だった……?」


 しゅん、と目線を落とす遥。俺が落ち込ませてしまった。けど、こえじゃ恋人やそれに近い関係がやる「あーん」だ。おまけに間接キス。

 いくら遥とは言え流石にまずい。とはいえ遥の善意を無下にしたくない。だからといって、遥はまったく気にしてないのに、その食べ方はちょっと……なんて言いにくい。


「ちょっ、ちょっと遥。それじゃ間接キスだし、流石に……」

「別に間接キスくらい気にする仲じゃないよー。えーちゃんだって、私と間接キスしたことあるでしょ? 友達だしそんな気にならないよ」


 絵梨奈が慌てて止めに入るも天然と無邪気な遥に押されてすぐに黙り込んでしまう。

 そして遥は、煮え切らない俺に追撃を仕掛ける。


「リュウ君、そろそろ腕疲れてきちゃうよ……。それとも、ほんとに嫌い?」

「いやいや、オムレツ大好きだって!」


 悩んだけど、遥が気にしてないんだから俺も気にしないことにした。じゃないと失礼だ。


「じゃあ、いただきます……」

「うん、どーぞ」


 チラリと絵梨奈を見ると、睨むように俺を見ていた。

 遥と俺なんかが間接キスをするなんて、友達として許せないのかもしれない。

 悪い。でも断れないんだよ。

 俺は口を大きく開けて、一思いにいった。


「う、うめえ……」


 気づいたら、口からそう漏れていた。

 本当に美味しかった。それこそ、絵梨奈の料理と同じくらい。食いなれてない新鮮な味ということもあって、夢中で食べ切っていた。


「すっげえ美味いよ!」

「ほんと!?」

「ほんとほんと。まじでありがと!」

「えへへ。こちらこそありがと。……まあでも、えーちゃんに負けちゃったのは悔しいけどね」

「「えっ」」


 遥の一言に、俺と絵梨奈の声が重なった。


「あれ? 二人とも気づいてなかったの?」

「な、何が……?」

「何って……。えーちゃんのお弁当食べてるときのリュウ君すごい幸せそうだし、夢中すぎていつもあっという間に食べ終わるじゃん」

「うそ……」


 確かに、食が早い自覚はあるし、それが絵梨奈の作る物だからというのも検討がついていた。けど、周りから見てそこまでバレバレなほどとは想像もしていなかった。


「んー? 好みの問題? やっぱり年季の差かなあ」


 頭を捻る遥を横目に、俺は絵梨奈を見た。

 絵梨奈も俺を見ていて、ちょうど目があった。


「「………………」」


 お互いに、何も発さずに見つめ合う。


「あれ? 二人とも何してんの? 仲直り?」

「「全然!」」


 二人して否定して、顔をそらして、唐揚げを頬張る。

 その後も遥のおかげで会話は続くけど、どこか気まずい。

 結局、この空気耐えられなくなった俺は、急いで弁当を詰め込んで外に逃げた。

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