第4話
またやってしまった……。
「はあ……」
今日何度目かもわからないため息をこぼす。
私の後悔は四時間目まで続いていた。
いやいや、今回は流石にりゅうたろーが悪い。そうだ、私は悪くない。
大体鈍感すぎるのよあいつは。幼馴染だからとか、お世話係だからとか、そんな理由で私が本当にあんなに密着するとでも思ってるのだろうか。いくら八方美人の私だからって、好きでもない相手にあんなことするわけがない。
それをあの男は、迷惑そうに……。しかも嫌いって。
分かってる。手を出したのは良くなかった。
でも……。
『今のお前ははっきり言って嫌いだ』
『そんなの、俺もだよ』
ほんっとにムカつく。
ちらりと横を見ると、りゅうたろーは顔をこちらに向けてのんきに寝ていた。
授業中だっていうのに、全く。
仕方ない、特別に後で私がノートを見せてあげよう。できれば夜、夕飯を一緒に食べた後で、二人っきりのときに。
い、一応言っておくと、りゅうたろーの成績が下がらないようにするために仕方なく見せるだけであって、別に私の個人的な事情とか、そういうのは全く含まれてないから。勘違いしないしないでほしい。
……なんて、誰に聞かせるわけでもなく言い訳してしまう。どうしてりゅうたろー相手だとこうも素直になれないのか。
「んー……」
りゅうたろーが幸せそうな顔で吐息を漏らした。
さっきの喧嘩の反動か、見ているだけでどうしようもなくドキドキして、どうしようもなく触れたくなる。
「少しくらいなら、いいよね……?」
本当にのんきなのは私かもしれない。授業中だというのに、手がりゅうたろーの頬に自然と伸びる。
私たちは一番後ろの席だから、誰に見られることもない。そう考えると、自分じゃ歯止めが利かない。
まずはそっと、指先で触れる。次に手のひら全体をつける。
よし、起きない。
そのままやさしく頬を撫でる。手から頭の中へ熱が伝わって、そのまま体中に血管を通って広がる。心臓の音がうるさくて、他の何も聞こえない。今すぐ抱きしめたい。抱きしめて、好きだと伝えたい。
こんなに近くにいるのに、これ以上近づけないなんて嫌だ。おかしくなりそうだ。もう少し、もう少し、もう少し……!
「ん、んん……?」
と、そのとき。りゅうたろーが目を覚ました。
ぼーっとした目で私を見る。
「絵梨奈……?」
……ま、まずいまずいまずい! どどど、どうしよう!?
寝てる間に頬を撫でる? 幼馴染だから? 理由になってない。おかしいに決まってる。
何て誤魔化す? りゅうたろーに私の行為がばれた? それだけはほんとにまずい。今の関係じゃ確実に振られる。そしたらどんな理由をつけてもほんとに今後会えない。
「なにして……」
りゅうたろーの半開きの目がだんだん開いていく。誤魔化せるとしたら今がラストチャンス。
私はほぼ反射的に、りゅうたろーの耳を引っ張っていた。
「いっ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 痛って、痛てーよ!」
りゅうたろーは手を強引に振り払うと涙ぐんだ目で私を睨みつけた。
「何すんだよ! さっきから!」
「起こしてあげただけでしょ。感謝してよね」
「余計なお世話だわ。大体起こし方ってもんがあるだろうがよ。そもそも引っ張り始めたときはほとんど起きてただろ! この暴力女!」
「な、何よ! 授業中に寝てる方が悪いでしょ!」
「う、うぐ……っ。ちくしょうこいつぅ」
「何か文句でも?」
「別にねえよ!」
りゅうたろーは赤くなった耳を抑えながらぶつぶつ言って、机に向き直った。
……ひとまず何とか誤魔化せたみたいだ。
でも、またやってしまった。かなり痛そうだし、今度こそほんとに嫌われたかも。もしかしたら、絶縁宣言もありえる?
ごめんりゅうたろー。このお詫びは今度必ずするから許して!
私の体だけ重力が何倍に膨れ上がったみたいに重い。私は文字通り頭を抱えた。
私って、どうしていつもこうなんだろう。ああだめ。涙が出そう。
「その、悪かったな……」
「えっ……」
りゅうたろーが頭もかきながらそう言った。
「さっきの喧嘩も、今も。元はと言えば俺のせいだし。逆切れみたいな真似して悪かった。反省してる」
顔を真っ赤にして、ぶっきらぼうに言った。
「お前には、一応感謝してるから」
ああ、困る。ただでさえ暴走しそうだったのに、今そんなこと言われたら、ほんとに止まらなくなる。
こういうところだ。私はりゅうたろーの、こういうところを好きになったんだ。不器用で自分勝手で、だけど私が本当に落ち込んでるときは、ちょっぴり照れながら必ず優しい言葉をかけてくれる。
「わ、私もやりすぎた。ごめんなさい……」
「いや、そんな……」
「そ、それとさっきのことだけど!」
私も伝えたい。嫌いなんかじゃない。ううん。最近はなんかぎくしゃくしちゃってたけど、また前みたいに仲良くしたいって。
「私りゅうたろーのこと別に嫌いなんかじゃ――」
「俺甘えてた!」
「――ないから! ……え?」
「お前は本当は俺のこと嫌いなのにさ、それでも俺のためにいろいろやってくれてんだよな」
「いや嫌いじゃ」
「なのにそれが当たり前みたいな……いや、おせっかいだって思ったりして。そうだよな。そんな態度取られたらそりゃ腹も立つよな」
「だからそれは別に。ていうか話を……」
「お前は嫌いな相手のために頑張ってんのに」
「いや……だから話を」
「で、でもさ……俺は別にお前のこと嫌いじゃないっていうか」
「りゅうたろー話……」
「まあだからどうしたって感じかもしれないけど、それだけ伝えたくてさ。じゃ、起こしてくれてサンキューな」
こ、この男……!
「ちょっと、私の話も聞いてって言ってるでしょ!?」
完全に前言撤回。自分だけすっきりした顔して。これじゃあ面倒ごとを処理しただけみたいじゃない!
「な、なんだよ。あれか? 余計なお世話だってか? 嫌でも俺は……」
くうぅ――! こん……っの自己完結男め。
「もう知らない! この鈍感! ボケナス!」
「ボ、ボケナス!? お前な俺がせっかく謝ってやったのに!」
「謝る? ああいうのは謝罪とは言わないのよ」
「はあん? だったら正しい謝罪ってのを教えてくれよ!」
「ええいいわ。肘を横に広げながら左手指先は顎、右手は頭のてっぺんにつけなさい」
「肘を広げて、指先を顎と頭のてっぺん……」
「その状態で裏声でごめんなさい」
「裏声で……ごめんなさ――って何さすんじゃ!」
「あはは……っ、お猿さんのポーズよ。バカ猿にはちょうどいいでしょ?」
「バカ猿!? 絵梨奈てめえ……!」
ほんとに可笑しくて、私はお腹が痛くなるまで笑い続けた。
「いつまで笑ってんだよ……」
「りゅうたろー最高! あははははっ、はー、はー……。こんなに笑ったの久しぶりかも。……だから、さっきのも、今までのも、全部お猿さんポーズに免じて許してあげる」
「俺が許さねえよ!」
私はまだ、行為を伝える段階にもいない。精一杯のアピールは全部から回って、全く逆方向に勘違いさせてしまっている。
それでも、何も伝わっていないわけじゃない。
次は、次こそは。絶対意識させてやるんだから。
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