第2話
だから私は、あいつが嫌いだ。
私がどんなに近づいたって、自分ばっかり平気な顔で。そのくせ文句ばっかり、私がどんな気持ちでいるかも知らないで。
今日だってそうだ。
……
…………
………………
私――
学校は八時からだから、二時間前の六時にはもう起きる。
眠い目をこすりながら焦点を合わせて、まずは洗面台に向かう。
寝ぐせで四方にはねた髪を水、アイロン、くし、で完璧なさらさら髪に整える。一日たりとも手入れを怠ったことのない長い黒髪。触れれば水のように流れていきそうなくらい柔らかい。私の自慢の一つだ。
まあ本当は、肩に触れないくらいの短い髪の方が手入れもしやすい上に、私の好みなんだけど。それでも長い方が好きっていうだから仕方ない。
顔もしっかり泡で洗って、少しでもおかしい所がないか確認する。
ぱっちり二重で、ちょうどよく通ってる鼻筋、薄いピンクの唇。
うん。こっちも完璧だ。今日も最高に可愛い。
あとは化粧水とリップを塗って終わり。お化粧はしない。その方が好きらしい。ほんとわがまま。
朝ご飯は昨日の残り物を適当に温めるだけ。食べたらすぐに片づけて、お弁当作りを始める。面倒なおかずは昨夜のうちに仕込みを済ませているから、ほとんど仕上げだけ。栄養バランスに気を使いながら、味付け一つにも細心の注意を払い、好物をたくさん詰め込む。
一口味見。うん、美味しい。
お弁当の中身は盛り付けまで全くの同じにする。他の女の子への牽制だ。
最後にもう一度鏡の前に立ち、変な部分がないか確認する。
「よし、オッケー」
向かうのは隣の家。合鍵はもらってるから勝手に中に入って、りゅうたろーの部屋へ向かう。
ちゅうたろーは控えめないびきをかいて、幸せそうに寝ている。
……相変わらず、だらしのない顔。
起こさないように、息を殺して忍び足で近づいて、吸い込まれるようにベッドの中に入る。優しく包むように抱き着いて、間抜けな横顔をじっと見つめる。
心臓の音がうるさくてしょうがない。
唇に触れそうになるのをすんでのところで抑える。
「ねえ、分かってる? 私、毎日毎日こんなに頑張ってるんだよ……?」
まぶたが重い。このままだと寝てしまいそうだ。
私はベッドから出て、りゅうたろーの体をゆする。
「ちょっとりゅうたろー、起きなさいよ。それとも、私まで遅刻させる気?」
「ふぁあ……。別に先に行ってもいいのに」
「あのね、私はあんたの両親にあんたのお世話を頼まれてるのよ。私の両親もそれを勧めてる。あんたをおいて、仮にあんたが遅刻でもしたら申し訳が立たないじゃない」
「へーへー。ご苦労なこった」
りゅうたろーは嫌そうに顔をゆがめる。いつものことだ。
基本的にりゅうたろーは自分の感情を隠そうともしないから、私のことをよく思っていないことも一目でわかる。
それでも私は、りゅうたろーの両親に頼まれたという理由を使って、毎日この家に行く。ほんとは、りゅうたろーの両親が忙しいのを利用して、私が自分から頼み込んだんだけど。
朝ご飯はフレンチトースト。これもりゅうたろーの好物。せっかく一生懸命作ったのに、まるで味わうつもりもなく、あっという間に食べて、美味しかったの一言も言わないものだから、ついイラっとして小言を吐いてしまった。
「何か言うことは?」
嫌味な言い方だ。どうしても素直になれない。ひねくれた言い方ばっかりしてしまう自分が嫌になる。
登校中だって、話しかけたいのにきっかけが見当たらない。また素直になれず、暴言を吐いて、喧嘩になるのが怖い。
どうしても、口をつぐんでしまう。
私たちの気まずい沈黙を破ったのは、私の親友だった。
りゅうたろーの背中を叩いて、勢いよく割って入る。
「やっ、えーちゃん! それからリュウ君も!」
「おはよう。朝から元気だな」
「おはよう遥」
髪はセミロングで、ニッコリ笑った時に見える八重歯とえくぼが特徴的。胸はそんなにないけど背は平均以上で程よく引き締まったスレンダー。
遥は告白こそそこまでされないものの、男女ともにすごく人気のある子で、女である私が見てもドキリとしてしまいそうになるくらい可愛い。というかした。中学の入学式で、初めて話した時。あまりにも眩しい笑顔だったから、あんまりよく顔を見れなかった。
同じクラスで席も隣。自然と仲良くなって、今では唯一本音で話せる大親友だ。ただ、りゅうたろーへの私の本当の気持ちだけは隠してるけど。だって、話すなら一番はりゅうたろー本人が良い。
「今日も二人仲良く登校かな?」
え……。
うそうそうそ! あんなに表情筋に力を入れてたのに、もしかして顔に出てた!? ていうか遥に私の気持ちがばれたかも!?
あれ、遥さっき何て言ったけ。二人……? もしかしてりゅうたろーも?
「そう見える?」
震えて裏返りしそうな声を必死に押し込めながら聞く。
「あはは、全く。二人とも空気が怖いんだもん」
「「それはこいつのせいだ(よ)」」
「あ、はもった」
顔が恥ずかしさで熱い。はもったこともだけど、なにより変な勘違いをしていたこと。
「まあ何でもいいけどさ。もう少しくらい仲良くしてくれなきゃ二人の共通の友人である私からするとつらいんだけど」
「あいにく、それは無理ね」
「そうだな、珍しく同意見」
グルルル……と二人で睨み合う。
「はいはいストップ! 私日直だから先行くね。ああそれと、リュウ君こないだは漫画貸してくれてありがとね。まだ全部は読めてないけど、すっごく面白いから急いで読んで返すね」
「いいよ別にゆっくりで。どーせ俺はもう何回も読んだ作品だし」
「ほんと!? さっすが、大好き!」
遥はりゅうたろーにぎゅっと抱き着くと、満面の笑みを浮かべて校舎の中に走っていった。
遥は誰相手でもこうだ。スキンシップが激しい。もちろん、流石に抱き着くまでの行為は、気の許してる相手にしかしないけど、竜太郎に気があるわけではない。これが普通。
そんなことは分かってるけど、やっぱり嫉妬してしまう。おまけに、私の知らないところで二人は繋がりを持っていた。ほんの数秒のやりとりだけど、私だけが蚊帳の外にされたみたいだ。
「漫画を貸したって? 私聞いてないんだけど」
「なんでお前にそんなこと言わなきゃいけねーんだよ。俺と遥の話だろ」
ムカっ……!
何なの? りゅうたろーは遥が好きなの? そんなの絶対に嫌。
「そうね。私の友達の、遥の話ね」
「過保護か」
「とにかく。いい竜太郎? 少しでも遥に手を出したら許さないわよ。遥にとってはあれが普通なんだから、勘違いしないでよね」
「はいはいそんなこととっくの前にわかってますよ」
「ならいいわ。先行くから」
「どうぞどうぞ」
りゅうたろーは本当に早く行ってほしそうに言う。
その態度にまたイライラする。
止めてほしいなんて言わない。せめて、もっと普通に、じゃあとか、またなっていうそういう言葉がほしいだけ。
本当にりゅうたろーは、私のことが嫌いなの? ただの挨拶すらしたくないくらい。
直接は聞けない。だってそれで嫌いって言われたら、本当に折れてしまうから。だから私は、溢れんばかりの思いを、目で伝える。
「なんだよ。早く行けよ」
「しね!」
「いたっ」
泣きそうになるの堪えながら、私は早足でその場を去った。
なんなのよ、あいつ。
「はあ……」
あいつから離れると気が緩んでしまって、自然とため息がこぼれる。
私がどんなにアピールしても、いっつもいっつも。何でもないですよって顔して、文句ばっかり。
すごく悔しい。
私は顔を見るだけで、声を聴くだけで、ドキドキして仕方ないのに。
私が一番近いのに、どうやったって意識してくれない。文句ばっかりだけど、家に入るのも部屋に入るのも拒絶しない。朝も昼も夜も私が作ったご飯を食べてるくせに、胃袋だけは掴ませてくれない。
もはや生活の一部と言っていいくらい近いはずだ。どんなに頑張っても意識してくれない。もし両想いになれたら、もし付き合えたら……って、行き場のない思いだけが大きくなっていく。
それなのに、何も知らないくせに、あの男……。
だから私は、あいつが嫌いだ。
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