第14話

 マルチでの奇襲作戦から三日後、都市部にあるバーで、黒ずくめの男と再び落ち合った。

 黒ずくめは、懐から一枚の写真を取り出してテーブルの上に置く。グレイブスの盗撮写真だ。


「俺の実績によるコネと、実力があれば難しくなかった」

「三日もかかったがな」

「早い方だろ!? それに相手は魔王幹部だ。難易度に関わらず慎重になる」

「それもそうだな。……で、場所と日時は?」

「奴も所詮、知性があるだけのオークだ。毎週末には必ず風俗街に赴く。お気に入りは『ヴィーナスの泉』という店だ。キャバクラのような場所だが、金さえ払えば本番もOK」

「週末ってことは……今日か?」

「そのとおり」

「時間は?」

「およそ八時に街に入る。その後『ヴィーナスの泉』に来店するのは九時半ごろだな」

「およそ十時間後か……。ご苦労、中々悪くない情報だ。潜入は俺とレイラとサラで行う。お前はキョーカとルーシーのおもりをしろ」

「働かせすぎだろう! どれだけ神経すり減らしたと思ってる!?」


 キョーカとルーシーが首をかしげて言った。


「キャバクラってなんです? フウゾクガイって街の名前ですか?」

「それっておいしーのー?」


 黒ずくめは頭を抱える。


「ちくしょう! わかったよ……」

「それでいい」


 箱入り娘の王女様や、まだピュアピュアなガキに風俗なんて教えるもんじゃないからな。

 俺はレイラとサラに言った。


「店に入っても絶対にはしゃぐな。酒はNGだ」

「私達がキャバクラに行ってはしゃぐわけないじゃない。心配すべきはあなたの方でしょ?」

「どうかな。お前はバカだし」

「今のは喧嘩を売られたって認識でいい? よーし買ったろうじゃないの!


 テーブルを叩いて立ち上がるレイラの横でサラがそっと手を上げた。


「ねえねえ夜は眠くなるし私も不参加でいい?」

「眠気ぐらい我慢しろ。お前のオカルトは案外役に立つしな」

「けど眠いと調子が……」

「眠いなら今のうちに寝とけ」

「お昼寝はしない主義なの」

「……お前も相当人をイラつかせる女だな」

「よく言われるよ」

「そうか。……参加は絶対だからな!」

「えー」


 駄々をこねるサラを無視して、俺はグラスに入ったオレンジ色の酒を丸飲みした。

 アクアサンタ・ディ・アンジェラというらしいが、結構美味いな。


◇◇◇


 夜九時。潜入の時間だ。

 俺の横にはつまらない表情のレイラと、あくびをギリギリまで耐えるも結局してしまうサラがいる。

 無線でキョーカ達に繋ぐ。

 やかましいぐらい元気そうで大変よかった。


「じゃあ、行くぞ」

「はいはい……」


 マフィアのようなスーツとドレスに身を包んで、『ヴィーナスの泉』へ向かう。

 扉の前には、二人のドアマンが立っている。


「三人で」

「待て」


 はい、止められた。


「あんたら誰の招待だ?」

「すっごい偉い人だ。君、素直に通したまえ」

「見たこともない顔だ。お帰り願おう」

「新規客は大事にしろ」

「ならば招待状の提示を」


 レイラが構える。


「こいつぶっ飛ばす?」

「落ち着けバカ」


 俺はポケットから銀の指輪を取り出した。

 ドアマン二人は指輪を見て、露骨に慌てた表情を見せる。


「まだ……なんと言ったか、招待状……? とかいうやつが必要か?」

「い、いえ! 大変なご無礼を……! お入りください」

「結構結構。仕事熱心で感心だ」


 俺はドアマンを通り抜け、店内に一歩踏み出す。レイラとサラもそれに続くが、「おっとお二人は困ります」と止められた。

 二人も指輪を取り出して見せる。レイラにいたっては、ドアマンの足を思いっきり踏みつけた。


「まだ文句ある?」

「い、いえ……」


 ようやく三人揃って入店できた。


「ほんとに指輪一つで通用するんだね」


 サラが言った。


「まあ、こういう人の出入りが多いくせに、閉鎖的で秘匿性の高い場所なら、落ち合い場所としては最高だからな」

「なるほどね……」


 ボーイの一人がニコニコ顔で近づく。


「お客様。どの子にします?」


 見せてきたのは、嬢の顔写真一覧。一番人気はイーナというらしい。

 レイラはまじまじと見つめて、すぐにふふんっと腕を組んだ。


「私の勝ちね」

「見た目だけだろ」

「はあ?」


 ガミガミうるさいレイラを無視して話を進める。


「とりあえず空いてる女を一人よこしてくれたらそれでいい」

「かしこまりましたー!」


 案内された席に座り、まずは周りの確認をする。

 座席や、扉の位置、人の流れは頭に叩き込んでおいた方がいい。

 二人はメニューを見て何を食べるか話し合っている。はいはい、バカに期待は最初からしてません。


「お待たせしましたー」


 たしか五番人気だったか、マミヤとかいう嬢が俺の隣に座った。


「それにしても、女の子と一緒に来るなんて珍しいねえ。しかもどっちも美人で、彼女?」


 レイアが否定する前に答える。


「ええまあ」


 足を蹴られるが、無視だ無視。


「二人とも?」

「もちろん」


 今度はサラにも蹴られた。


「二人も彼女がいるなら……どうしてここに?」

「たまには違う女も楽しみたくなるもんだろ? それに生憎、俺の胸には空きがある」

「ふふふ、ずいぶん大きい胸ですね。それじゃあまずは、お酒でもどう?」

「いや、女と遊ぶときは酒は飲まない。酔わせるなら、俺に酔わせる」

「かっこいい〜!」

「とりあえず料理が食べたい」


 マミヤがボーイを呼んだ。

 レイラとサラはさっきの表情から一点、期待に満ちた目で俺を見ている。


「どうぞどうぞ。好きなの頼め」

「やったー!」


 こういう店は高いというのに、遠慮もなしに次々頼むし、俺の忠告を無視して騒いでいる。

 一通り料理が並んで、マミヤが俺の膝に手を置いた。


「それで、どうやって酔わせてくれるんです?」

「そうだな。じゃあ本番前のミニゲームでもして遊ぶか」

「ゲーム大好きですぅ! やりましょうやりましょう!」

「じゃあ後ろを向いて。レイラとサラは壁になって俺達を隠してくれ」

「えー何々?」

「見られると少し恥ずかしいから」


 二人が壁になり、その後ろでマミヤがニコニコ笑いながら俺に背を向ける。

 俺はフォークをマミヤの背中に当てる。


「背中に触れてるものを当てるゲームだ」

「えーっと、フォーク?」

「正解。じゃあ次は口を塞ごう」


 左手でマミヤの口を塞ぎ、俺はブルーガンの銃口を背中に押し当てる。


「んんっ?」

「何かわかるか?」


 マミヤは首を横に振る。

 俺はブルーガンをマミヤに一度見せて、ソファを撃った。ブルーガンは音がほとんど出ない上に、音楽が全開でかかってるこの場所じゃ誰も気づかない。

 俺は再び銃口を背中に押し当てた。

 ようやく自分の置かれてる状況が理解できたのか、マミヤの顔から笑みが消えた。


「ん……んんっ!!」

「騒げば殺す。これから先、お前は俺の指示通りに動け。もし逆らったり、助けを求めたりしたら、即座に撃ち殺す。わかったか?」

「ん……!」


 マミヤは静かに頷いた。

 銃を離し、二人を席に着かせる。


「普通に会話して、お前は俺の質問に答えろ」

「わかりました……」

「笑顔」

「え?」

「そんな引きつった顔で接客するのか?」


 マミヤが無理やり笑う。若干ぎこちないが、まあいいか。


「毎週末。ちょうど今日もだが……必ず来る男がいるな? このぐらいの時間に」

「まさかあなた達……! 冒険者?」

「その反応……知ってるってことでいいんだな? お前もモンスター側か?」

「まさか。でも喋ったら殺されるし、店を辞めるわけにもいかないの。弟を養わなきゃいけないから」

「店なら他にもあるだろ」

「ここが一番払いがいいの!」

「そうかい……。奴は一人で来るのか?」

「いいえ。二人か三人くらい、必ず護衛をつけてくる」

「直接話したことは?」

「ないわ。いつもイーナを指名して、護衛に見張りをさせたら二人きりで飲んでる。まあ、そのイーナさんももう終わるけど」

「終わる?」

「妊娠したの。奴の子供を」

「避妊は?」

「したら殺される! たしかに大金は貰えるけど、相手はオークよ? 誰も産みたくなんかないけど、断れない。奴はそうやって子孫を残してる。私がここに働き始めて、もう八人目」

「なるほど。ひどい話だな」


 マミヤは拳をギュッと握った。


「お願い、だからやめて」

「おいおい。あんたらにとっても奴が死ぬのはいいことだろう?」

「前にもそうやって、正義ぶった冒険者が来た。ここは戦場になって、同僚が二人死んだ」

「……その奴はどうした?」


 首を横に振る。


「触れることなく勝ったわ。でもプライベートの時間を邪魔されたって、すごく機嫌が悪くなって、私の大好きだった先輩が乱暴に犯された。ほとんどホラー映像よ。結局妊娠して自殺した」

「災難だったな」

「だからやめてほしいの! 私達は誰も、救われたいなんて望んでない。下手な正義感振りかざすだけならとっとと帰って」

「おい、勘違いするな」

「は?」

「俺は今日、奴を殺しに来たんだ。お前らを助けに来たわけじゃない。邪魔するって言うなら、ここにいる奴ら全員皆殺しにしてもいい」

「なにそれ自分勝手よ」

「いいや。理由がなんであれ、モンスターを庇ったお前らの自業自得だ」

「そんなの……」


 バンッという音と共に、店の扉が開いた。

 二人のお男を横に置き、まさに写真で見た顔のグレイブスが立っていた。丸ハゲで、顔は少し歪んでいて、ニヤニヤ気色の悪い笑みを浮かべている。

 ボーイも、当然のごとく奴を案内し、イーナを呼ぶ声が聞こえる。

 だが様子がおかしい。グレイブスがピンクのレースカーテンで仕切られた特等席に座るとほとんど同時に、他の客達が大慌てで帰り支度を始めた。


「おい、なんだあれ」

「下手に居座って、もし奴の機嫌を損ねたら殺されるから。リスクはなるべく避けたいのよ」

「なるほど。じゃあちょうどいい。……おい」


 俺は夢中で料理を貪るレイラとサラに向かって言った。


「食事の時間は終わりだ。ここからは仕事だ」

「はいはい」


 再びマミヤに向かって言う。


「お前はイーナ以外の全ての嬢達を連れて逃げろ」

「でも勤務中」

「どーせ奴以外客はいないし、ここは戦場になって崩壊する。自殺志願者なら止めないが」

「本気? さっきは私達を救うつもりはないなんて言ってたくせに」

「積極的に助けはしないが、女を積極的に殺したいとも思わない。いいから逃げろ」

「奴には勝てない!」

「じゃあ……勝てるようお祈りでもしとくんだな」


 俺は二人を連れて、グレイブスの席へ向かった。


「まずは生捕りだ。魔王城の場所を聞き出す。俺が仕掛けるから、サラはイーナを逃せ。レイラは手下二人と他に邪魔する奴がいればそいつらを制圧。殺してもいい」

「オーケー」


 俺は後ろでショットアイズ5.0を展開し、レースカーテンの目の前まで歩く。

 だが、二人の護衛に止められた。


「貴様らなんの用だ」


 俺は指輪を見せる。


「お話がある」

「あの方は今取り込み中だ。用件なら俺達が聞こう」

「マルチの仲間が全員殺された。犯人は、敵国の……ガイアという冒険者だ。知ってるか?」


 二人は目を見開いた。


「もちろんだ。キングヒーローで、数々の強モンスターを倒してきた。だが……ほんとに奴がこの国にいるのか?」

「ああ」

「人質はどうした?」

「全員解放された。爆弾の解除方法を知ってやがったんだ。俺達は命からがら逃げ出した。すぐにでもお伝えしたい」


 一人が剣を抜き、俺の首に刃をつけた。攻撃しようとしたレイラを、バレる前に抑える。


「お前がスパイの可能性もある。なぜ指輪をはめていない?」

「これは爆弾だろう? ガイアが解除してくれた」

「それで寝返ったのか?」

「まさか。だがそのフリをしなきゃ殺されてた。他の連中はバカばかりだ。死ぬことが忠誠だと思ってる。俺は違う。こうして情報を持ち帰ってきた。お前らが俺を殺すのは勝手だが、重要な情報を握ってる俺を、お前らの一存で始末できるのか?」

「なら今その情報とやらを喋れ。そうすれば見逃してやる」

「俺はお前らに忠誠を誓ってるわけじゃない。お前らに話しても、お前らの手柄になるだけだ。それに、お前らが裏切る可能性だってある。嫌な噂を聞いたぞ。グレイブス様を始末して、新しい幹部を狙ってる奴がいるとか。それもついでに話しとくか?」


 適当にハッタリかましただけだが、案外的外れでもなかったらしい。明らかに動揺を見せて、仕方なくカーテンを開いた。


「人間ごときが調子に乗りやがって。特別だぞ行け!」


 俺は一直線に、酒を飲みながら話している、グレイブスとイーナへ向かって歩いた。

 そして、肩を叩いて声をかける。


「グレイブス様お話が」

「おいなんの用だ。邪魔はするなとあれほど……」


 振り返ったグレイブスの右腕を、カタナで肩から切り落とす。

 グレイブスは悲鳴を上げた。


「貴様゛……っ!」


 血走った目で俺を見て、反撃の構えを取る。

 俺はショットアイズ5.0を腹にぶち込みカウンターの奥まで吹き飛ばした。

 サラは俺の指示通り、パニックになるイーナを連れて行く。


「貴様やはり!」


 護衛二人が俺に襲いかかる。だが、それをレイラが阻み、あっという間に投げ飛ばした。

 やはり魔王。魔法がなくても十分強い。

 一方俺は、立ち上がろうともがくグレイブスにもう三発プレゼントしてやった。分厚い壁を突き抜け、隣のベッドルームの壁にクレーターの残すほどの勢いで激突し、そのままずるずると座り込んだ。

 右腕欠損、腹と左足の肉がえぐれて、息も荒い。

 これだけ痛めつければそうそう反撃はできないだろう。

 俺はゆっくり近づいて、眉間に銃口を当てた。


「殺すなら殺せ……」

「いいや殺さない。お前には魔王城の場所を吐いてもらう」

「聞いてどうする? お前じゃあの方は殺せない」


 ちょうどそのとき、後ろでレイラの叫び声が聞こえて、すぐ後に雷鳴が轟いた。案の定ロビーラウンジは焼け焦げて崩壊した。


「殺せない威力じゃないと思うが?」

「バカ言え。あの程度で」

「わかったわかった。ごちゃごちゃ言わないで吐け」

「話しても話さなくても俺は殺される。まあそうでなくても、話したりはしないが……。とにかく、あの方を裏切るなんてことはあり得ない」

「それは違うな」

「なに?」

「たしかにお前は死ぬ。だが話した方が楽に死ねる」


 俺は鎖でグレイブスを縛り上げ、無理やり立たせた。


「女との楽しい時間は終わり。これからは、地獄を見てもらうぞ」

「地獄?」

「ああ。どうしたら相手が死ぬのかには詳しい。だから逆き、死ぬギリギリで生かし、痛めつける方法にも詳しい。さあ場所を変えるぞついてこい」


 グレイブスを引っ張って歩く。グレイブスは、後ろで悲鳴を上げた。


「おい! 俺は怪我人だぞ! もう少しゆっくり歩け!」

「知るか」

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