第7話
南の森はロックスでは魔物の巣窟と言われているらしい。たしかに、一歩踏み入れた瞬間から、住んでる世界が変わったみたいに雰囲気が変わった。肌にピリピリと殺気が張り付いて、頭の中で危険信号が鳴りっぱなしだ。
十歩も歩いたころには日の光がほとんど入らない暗闇の中で、時折はぐれそうになるルーシーの腕を引っ張るのが俺の役目になっていた。
楽に終わると踏んでいたが、どうやら認識を改めるらしい。俺も本気で取り組むとしよう。
「誰か」
キョーカが言った。
「明かり持っていないですか? これ以上暗くなると歩くのも危険です」
レイラは首を振った。
「私暗視魔法とか、ライトの魔法とか持ってないから」
「それなら俺が持っている」
俺はポケットから二つのボールペンを取り出し、一つをキョーカに渡した。
「ふざけているんですか? 私がほしいのは明かりです。これはボールペン」
「いいや、ライトでもある。キャップを外さず、右に回せ」
キャップを回すと、途端にボールペンは形を変えながら大きくなり、あっという間にライトになった。
「すごい。これも魔法?」
「いや、科学だ」
「科学……?」
「少なくとも俺の故郷ではな。まあそれは、この世界で新しく作られた物らしいから、魔道具であることで間違いない」
明かりを手に入れた俺達は、さらに森の奥へと入っていく。
「なあところで、どこまで行く気だ」
一番先頭で案内役を務めているサラに聞くが、応答はない。
俺は仕方なく近くの木に手持ちのナイフで傷を付ける。
「ねえそれ何してんの?」
ルーシーが興味津々って感じで聞いてきた。
「帰りに困らないようにだよ。こうしとけば迷わない」
「でもサラが道案内してるんだよ。迷うわけないじゃん」
「覚えとけサイキョーショージョ。俺はやつを信頼してない」
「人形と話が出来ちゃうくらいすごいのに?」
「だからだよ」
と、話しているとルーシーが突然立ち止まって、後ろを振り向いた。
「近いよ。もうすぐ会える」
「ほーう。そりゃどこ情報だ」
「イチカが言ってた。彼女とっても勘が鋭いから」
「そりゃ素敵な情報だな」
ルーシーは目を輝かせて言った。
「ほらほら! 人形から居場所まで教えてもらえるなんて超すごい」
「…………お前も、あと十年もすりゃわかるようになる」
再び歩き出す。
信頼するかどうかは別物として、森を歩きながら一つ分かったことがある。
サラの第六感というものは、意外と本物の可能性があるということだ。こいつの指示通りに進むほど、肌にまとわりつく殺気が強く、そして多くなっている。
まあ、ただ森の奥に進んでいるからということもあるし、実際に襲ってはこないし、そもそも会いたいのはキマイラだけだし、本当に信用は全くしていないんだが。
「なあ、もう五分は経ったぞ。もうすぐ会えるって言ってなかったか?」
「おかしいよ。イチカ少し調子悪いのかも」
「お前なあ……」
「コマンド!」
「おいちょっと待て。今お前俺に何の呪文かけた?」
「モンスター呼び寄せ呪文だよ。ほんとはトラップに仕掛けるんだけど。最悪こうすればキマイラ出てくるって」
「また人形か?」
「いや。レイラ」
あの性悪女。いつか絶対殺してやる。
「グルルルルルル!」
と、森の奥からうなり声を上げて化け物が出てきた。
「ほんとに出ちゃったよ……」
ライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾。間違いない。こいつがキマイラだ。本当にこの世界では実在していたとはな。
レイラが一歩前に出る。
「私に任せて。あんなやつあっという間に消し飛ばしちゃうわ」
「消し飛ばすな生け捕りだ。ディードは雷耐性があるから効かなかったようだが、あの技は強すぎる。もっと弱い攻撃で、程よく気絶させるぐらいのをお見舞いしろ」
「えっそれは無理よ」
「は? なんで」
「だって私、あの二つしか攻撃呪文持ってないし」
こ、こいつ……。今、なんて……? え?
あれ以外攻撃呪文がない?
「おまえ……周りに被害出しちゃいけないときどうすんだよ」
「知らないわよ。私そんなの気にしたことないし」
そういやあこいつ、性悪な上に魔王だもんな。
「……使えねぇ……!」
「なっ、喧嘩売ってんの!?」
パキッと、枝を踏み割る音が四方から聞こえる。殺気が今までにないくらい近い。
「なあサラ、一ついいか?」
「なあに?」
「この、呼び寄せ呪文はキマイラだけ呼び寄せたり?」
「なわけないじゃん。そんなのあったら最初から使ってるよ」
「……見ればわかる」
すでに俺達の周りは大量のモンスターに囲まれていた。
「うわあいっぱい」
指でモンスターを数えながら、サラが言った。
「お前責任とれよ?」
「無理だよ。私戦闘力はないし」
「開き直ることじゃないだろ」
まあいいか。俺とルーシー、おまけにチート級のキョーカまでいるんだ。
「キョーカ!」
「なんです!?」
「周りの雑魚は俺とルーシーでやるからあんたは」
「ねえねえ」
俺の話をさえぎって、サラが肩を叩いた。
「なんだよ?」
「あれ止めなくていいの?」
「は? ……!」
サラが指さした方を見ると、ちょうどルーシーが巨大なガトリング砲をセットし終わった頃だった。
俺はほとんど反射的に叫んだ。
「伏せろ!」
ガトリング砲から放たれた弾丸の雨が俺達の頭上を飛んだ。
ちなみに言えば、つい直前まで俺達の腰があった位置で、俺が叫ばなければとっくにハチの巣になっていた。
「ひゃっほーぅ!」
ルーシーはガトリング砲を回転させて、周りを囲むモンスターたちを次々に殺していく。
そしてちょうど一周し終わった頃、弾丸は止まった。
「あり? 弾切れだ」
「このイカれやろおぉぉぉ!」
俺は立ち上がって、ルーシーの目の前に立ち、胸倉をつかんだ。
「クソガキが殺す気か!」
「んー! だって私、モンスター見るとどうしても抑えられなくて」
「はあ?」
「どうしても殺したくなっちゃうの!」
「騎士なら剣で殺せよ!」
「最初はそうしてたけど、こっちのほうが早いし気持ちいし」
「キャー!」
後ろで悲鳴が聞こえた。振り返ると、キョーカが腰を抜かして、巨大サソリに襲われそうになっていた。
すばやくレッドガンを展開し、とりあえず一発眉間にぶちこんでサソリを殺しておく。
「あ……、ああ。ありがとう」
「……なにやってんだ」
「いや、それが私、これが人生初クエストで。これまでは対人訓練ばかりしてたものですから。あまりのフォルムについ腰が抜けて」
「大丈夫だ。お前なら普通に剣を振れば勝てる」
「そ、そうですよね」
ルーシーとの話に戻る。
「大体お前、こんなのどこに隠してたんだ?」
「小型呪文使ったの」
「なるほど。まあとにかく」
「キャー!」
再び後ろから悲鳴。キョーカはさっきと同じ構図で、今度は紫のイノシシに襲われていた。
とりあえず一発ぶちこんで殺しておく。
「ありがとうございます」
「……なにやってんだ」
「い、いやそれが。剣がだいぶ悪くなっていたようで」
そう言って、真っ二つに折れた剣を頭上に上げる。
「呪文を使えばいいだろ」
「そ、そうですよね」
ルーシーとの話に戻る。
「とにかく、もう弾が尽きたなら剣で戦え。もしくは呪文」
「攻撃魔法は使えないし、剣は家に忘れちゃった」
「いやーうっかりしてた」
「わかったわかった。じゃあこいつを使え」
俺はサブマシンガンのエースをルーシーに渡した。
「それ」
レイラが言った。
「あんたしか使えないように設定したから無理よ」
「何てことしてくれたんだ。というかお前なんでここにいるんだ」
「いや、あれ助けなくていいのかなって思って」
レイラが後ろを指さした。
目に映ったのは、キョーカが巨人に食われそうになっていた瞬間だった。
巨人の指がちょうど口にはまって、声を上げられていない。
ショットアイズ1.0で、巨人の心臓を体ごと吹き飛ばした。
持ち上げられていたキョーカはドサッとその場に落ちる。
「毎度毎度、ありがとうございます」
「……なにやってんだ」
「それが魔法が効かなくて……! ファイア!」
キョーカが近くにいたゴブリンに魔法をかけた。
胸の辺りにテニスボールサイズの小さな火が出るが、軽くあしらうように消火される。
「ねっ?」
「……ふざけてるのか?」
「えっ?」
「おい!」
キョーカが振り向いた一瞬の隙をつかれた。ゴブリンの腕がヒットして、キョーカは俺の足下まで吹き飛ばされた。
「おーい」
銃口で頬をぺちぺち叩きながら声をかける。
「大丈夫か?」
返事がない上に、頭から血が出ている。
「これは完全に気絶してるね」
俺と一緒にキョーカを見下ろしながらサラが言った。
「頭の血はただのかすり傷だし心配ないよ」
「お前、わかるのか」
「医者レベルじゃないけど」
「そりゃそうか。お前一応司祭だもんな」
というか……。あの程度で気絶するなんて、こいつほんとに最上級職なのか?
「まあ治療は任せてよ。その代わり助けて」
「は?」
よく見てみたら、周りにいたモンスターがかなり近づいていた。
それにしても数が多い。エースで手当たり次第に殺していくが、少しずつ押されてしまう。もっとも、俺一人ならなんとかなる程度だが、足手まといがこんだけいたんじゃ自由に動けない。
「グルルル!」
キマイラが一気に距離を詰める。
ショットアイズ3.0で吹き飛ばす。ノックバックはできるが、あいにく外傷はまるでない。想像以上に硬いらしい。
それに、他のモンスターとの距離もとうとう三メートルを切った。
「この……っ! サンダーボル」
「やめろレイラ!」
呪文を撃とうとするレイラを慌てて止める。
「なによ、キマイラ以外ならいいでしょ!」
「バカ。あんな高火力広範囲の技使ってみろ。あっといまに火に囲まれて全滅だぞ!」
「じゃあどうすんのよ。これじゃどのみち死ぬわよ!」
「それを今考えてんだよ。ちょっと黙ってろ」
必死に迎撃するが、とうとう限界が来た。
キョーカと、それを背負っているサラが襲われた。こっちも手が離せない。
仕方ない。こうなれば一か八か……。
と、そのとき。突然キョーカ達を襲うモンスターがはじけ飛んだ。それを合図にするかのように、他のモンスターも続々と死んでいく。
そして、俺達を背で囲うように、黒服の男達が続々と姿を現した。
「誰だお前ら!」
「我々はアスタリスク家専属のボディーガード」
「アスタリスク家?」
「この国の王だ。とにかく、詳しい話は君達の屋敷でしよう」
「は? おい! なにするつもりだ」
「テレポート!」
大きな魔方陣が俺達を包み込み、気づいた時にはついさっきまでいた廃墟に立っていた。
「……で。この国の王ってなんだ」
「ロックスはあくまで街」
レイラが言った。
「ほかにも防壁に囲まれた街がいくつかあって、その中心にあるのが王都。ロックスはトロスティス国にある街の一つにすぎないの」
「じゃあ、その王様のボディーガード様が何の用だよ」
「アスタリスク・キョーカ」
黒服が言った。
「そこで寝ておられる方の本名だ」
「はあ? ちょっと待てよ。じゃあまさか……」
「ああ。その方は我が国王の娘。すなわち王女だ」
「なんで王女がここに」
「キョーカ様は幼少の頃から冒険者に憧れていた。そこで対人訓練を重ね強くなっていただき、ようやくこうして活動できるようになった……というのは建前で、気づいてると思うが本当は弱い」
「じゃあこいつのステータスが異常に高かったり、職業がキングヒーローなのも……!」
「ああ。ぶっちゃけ嘘だ。権力を使ってそうさせただけ。知らなかったのはキョーカ様と君達だけだ」
「俺達だけ? じゃあまさか知ってたのか!? ギルドにいたやつら全員」
「その通りだ。どこから漏れたのか知らんが、すでに話は広まっていて、どこもパーティーに加えようとはしなかった。そんなとき、デッドブレイドとレイラという冒険者が表れた」
「まさかお前らがこのパーティーを作ったのか!」
「ああ。ガイア君と話し合い、急遽加えてもらった。幸い、メンバーはどのパーティーからも受け入れ拒否されて事情を知らなかった精鋭達ばかりだったからな」
最悪だ。キョーカはえこひいきの王女で、こいつらは受け入れ拒否の使えねえアホばかり?
「ステータスや職業偽装って、思いっきり不正じゃねえか!」
「違うな」
「何が!」
「キョーカ様はこの国の王女だぞ。彼女が望むなら、この国内で起こることは全て正しいことになる」
「開き直ってんじゃねえ……!」
「それと最後に。君達は全員、この話は聞かなかった体で頼みたい。キョーカ様はあくまでも対等な関係で。本格的な冒険者をお望みだ」
「んなもん誰が聞くか」
「ここが彼女にとって最後のチャンスなのだ。力ずくでも聞いてもらう。では……」
最後に脅しめいたことを言い残して、黒服達はテレポートして消えた。
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