第5話

 せっかく鍵をもらったところもったいないが、鍵穴はすでに使い物にならないし、そんなことしなくてもドアは開くらしい。

 ドアノブに手をかけて言った。


「じゃあ、いくぞ……」

「ええ……」


 バンッ!

 俺は勢いよくドアを蹴破って、銃を構えた。俺の斜め後ろでは、いつでも魔法を撃てるようにレイラがスタンバイしている。

 こんな怪しさが取り柄みたいな廃墟に大人しく入れって? 無理だ。

 ドアからは廊下が伸びていて、左に一つ右に二つ部屋があり、正面には階段だ。

 中はゴミと埃まみれ。

 俺達は息を殺して慎重に進んだ。左側のドアの両隣に立って、二人で合図を送りあう。

 その結果、まず俺が突入して、レイラがその後を続くことが決定した。

 一度深く深呼吸して、一気にドアを開ける!


「ねえ何してんの?」

「「うわぁあ!」」


 突然後ろから声をかけられて、情けなく二人とも悲鳴を上げて飛び退いた。


「出たーぁ!」


 レイラなんて、壁のさらに先へ逃げようと背中を何度も上下に押し付けて、ゲームの壁があるのに走り続けるキャラみたくなっている。


「レイラ落ち着け!」

「ひゃっ……え、って……え?」


 俺達に声をかけてきたのは子供だった。オレンジの髪を腰まで伸ばした、十二歳くらいの女の子で、手にパンパンになった大きなボストンバッグを持ち、俺達を見てニコニコ笑っている。


「お嬢ちゃん。どうやって入った?」


 女の子はぶっ壊された玄関を指さした。


「開いてたから」


 そういえばそうでした。


「そんなことよりさ、もしかして二人とも冒険者?」

「は?」

「だからさ、特別クエスト対策処理パーティーのメンバーでしょ?」

「お前、まさか……」

「うんっ!」


 ロリっこは俺に冒険者カードを見せてきた。職業欄にはアーマーナイトと書かれていた。

 このチビが史上最年少の天才騎士……? たしかに、ステータスは全体的に結構高く、もう少しで上級にだってなれるレベルだ。なるほど、人は見かけによらない。どうやらこいつの才能は本物のようだ。


「そこにいるのは一体誰!?」


 さらに玄関から、腕を組んで俺達を睨む女が鋭い声を上げた。

 カールを巻いた赤色の髪と、同じく赤い瞳の猫目の美女だ。体の横にはキャリーバッグが立ててある。まるでここに住む準備をしてきたみたいだ。まあ要するに、こいつは俺達と同じこのゴミ処理パーティーのメンバーなのだろう。

 美女は俺達の目の前に歩いた。おおう、近くにいるとすげえ良い匂いがする。花の匂いみたいな。


「で、誰なの? ここは今日から私の家になるんですけど」

「今日から俺達の家でもある」

「え……」

「要するに同業者。俺達は同じパーティー」


 俺は美女の手を取り、グイッと後ろから抱くように引き寄せた。


「もうずっと一緒だ。そしてここは、二人だけの、愛の巣になる」

「ふざけなさい!」


 美女のヒールが俺のつま先にヒットした。


い゛った! 気の強い女だな……。まあ嫌いじゃないぜ」

「いい加減にしなさい。私はあなたみたいな軽薄な男は大っ嫌いよ」

「俺に嫌いと言った女は今までに大勢いたぜ。そしてその全員が俺に惚れた」

「そう。じゃあ私があなたに惚れなかった最後の女ね」

「だといいな」


 まあどうせ、同じパーティーで同じ家に住むんだ。時間はいくらでもある。


「とりあえず、家に入りましょ」


 レイラはそう言って、俺に向かって顎をくいっとした。


「なんだよ」

「あなたが開けてよ」

「へいへい」


 俺は特に警戒することもなくドアを開けた。だが、それがいけなかった。


「んー、誰? さっきからうるさいなあ」


 バンッ!

 俺はすぐに扉を閉めた。


「ちょ、どうしたのよ」

「いや、何かいた……。顔が隠れるくらいの、黒髪の女が、目をこすりながら話しかけてきて。顔は見えなかった」

「なにそれ幽霊!?」

「いやわかんねえけど」

「服! 服はどうだった!?」

「真っ白のワンピース着てた……」

「貞子じゃん!」


 レイラは涙目になって悲鳴を上げた。


「バカやろう。ここは日本だぞ!」

「幽霊に世界なんて関係ないのよ!」

「えっ! 私幽霊みたいかも!」


 ビビり散らすレイラとは対照的に、ロリっこは目を輝かし喜んで、


「幽霊なんているわけありません。くだらないわ」


 美女は呆れかえっている。


「じゃあ、もう一度開けるぞそれで。すべてわかる」


 俺はもう一度、銃を構えてドアを開けた。

 だが、目に映ったのはぼろぼろに壊れたリビングで、人っ子一人見えない。


「あれ、消えた?」


 そう思って、ふと下を見るとさっきの女がうつぶせに倒れていた。


「し、死んでる?……!?」


 レイラが小さな悲鳴を上げてそう言った。だが。


「ん、んん……っ!」


 女の死体がもぞもぞと動き出して、血色の悪い顔を上げて、くまだらけの目を俺達に向けた。

 その時点でレイラの限界が訪れた。泣きながら悲鳴を上げて飛び出し、反対側の壁にぶつかって倒れた。

 さっきまで嬉しそうだったロリっこも震えて俺の後ろに隠れて、反対に美女は目を輝かせている。


「あなたが、幽霊とかいうお方? 私、初めて見たわ!」

「えっ幽霊? どこにいるのそれ」


 さっきまで死体だった女が目をこすりながら立ち上がった。


「えっと……なんでもない。それよりお前、大丈夫か? さっき倒れてたが」

「ああごめん。私朝弱くて。四人ともあの……なんとかってやつのメンバーでしょ?」

「特別クエスト対策処理パーティーです」


 美女がすぐに訂正を入れる。


「ああそうそれ。私もなの、えへへ」

「ああ、なるほどね」

「まあとりあえず中入りなよ。広くて雰囲気あるし、結構居心地良いよ」


 そう言って部屋の中を指す。

 部屋の中はボロボロで、たしかに広いがくつろげるスペースはほとんどない。瓦礫の中にときおり隠れてある古ぼけてひびの入った日用品が、絶妙な廃墟のホラーチックを演出している。

 少なくとも、住みたいとは思わない。


「ね? 良い感じでしょ?」

「ああ。絶望的だな」


 驚くほどストレートに、俺の予想通りの家を押し付けられたわけだ。

 俺達、廊下にいた四人は顔を合わせてうなずき、しぶしぶ中へ入った。



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