第34話
「ちょっと待ちなさい」
壇上のそばに立っていた数名の先生が吉塚に制止をかける。
彼らにマイクが渡され、実現は到底困難なことが伝えられていく。
「ずるいじゃないですか、先生。自分らはクーラー設置された職員室で仕事してるのに、俺らは暑い教室で我慢して勉強しろってんですか?」
言葉に詰まった先生たち。そのスキを逃さず、吉塚はさらに言葉を畳みかけていく。
「こら、みんな、話を聞きなさい!」
先生が反論しようとするが、場のほとんどは吉塚の味方だ。周りが自分の敵になってしまうと、何を言っても聞き入れてもらえなくなる。
いじめられっ子の意見が、決して聞いてもらえないのと同じことだ。
こうなると収拾がつかなくなってきた。
「夏とか、めっちゃ快適じゃね?」
「ガンガンにしよーぜ」
僕は冷めた視線で、暇つぶしに周囲を冷静に観察し、会話に耳を傾ける。
大多数の生徒はクーラー賛成だが、彼の言葉に表情を暗くする人もいるようだ。
冷房で辛い思いをする人、冷えで病気になる人もいる。でも彼らは少数派で、声を上げられない。
周囲から聞こえてくる会話も、クーラー設置やその後の涼しい学校生活についてだ。
こうやって「空気」は作られていく。
その空気に乗っかるかのように立候補者の話も進んでいく。
そうやって進んでいく議論を、僕はニヒルな思考が浮かんでは消える脳で考えていた。
冷房推進派の言い分は、「熱中症予防」「授業に集中できる環境を」。
しかし、現在のところ倒れるわけでもベッドで寝込むわけでもない。教室内だから卓上扇風機やアイスノン、熱中症対策はいくらでも取れる。
それ以前にクーラー設置が熱中症対策に有効だという統計データはない。
暑すぎて学園生活に支障が出る、その言い分はわかる。
それなら、冷房が利きすぎて支障が出るという人たちの言い分はどうなるのか。
少数者で、声が小さく、体が弱い人が多いからか。
そういう人たちのことなんて、クーラー推進派は目に入っていない。
壇上で熱く語る吉塚やそれに賛同する生徒たちに、吐き気がするほどのおぞましさを感じる。
静音ちゃん、祇園さんの顔が思い浮かんでくる。
どうして、病気じゃない人は病気の人の気持ちがわからないのだろう。
明らかに気乗りしていない人も、女子や痩せている人たちを中心にいるのが見て取れる。なのに議論は彼らを置き去りにして進んでいく。
いつもそうだ。
空気は多数決で決まり。少数者の気持ちも意見も無視されて議論は進んでいく。
でもこれが社会のルールだ。世間は多数決だ。だから仕方がない。こんなの無視すればいい。何も言わず、気持ちを奥に閉じ込めて、歴史総合の発表や祇園さんの件で脅された後みたいに。
何も言わずに目立つ真似をしなければ、平和に過ごせる。
少なくとも、僕だけは。
そんな風に考えながら、僕はポケットからそっとスマホを取りだした。幸い、先生も生
徒も壇上の議論と質疑に夢中だ。大急ぎで調べ物を済ませていく。
イライラしてきた。吉塚にも、彼に賛同する奴らにも。
こういう空気を読んで場を味方につけて、勢いで議論を推し進めるっていうのが僕は好きじゃない。
僕は挙手をした。
「すみません、ちょっといいですか?」
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