第33話
放課後の体育館。全校生徒の視線の向く先に設置された壇上に、立候補者の一人が立つ。
数日が経ち、今日は全校集会。候補者が演説を行う日だ。
夏の日差しが容赦なく気温を高め、そんなに暑がりじゃない僕でもかなりきつい。
数十年前は千人を収容したという広さの体育館に、集められたのは全校生徒二百人。三学年合わせて五クラスしかおらず、体育館の隅にも中央にも空間が空いて生徒同士の間隔も広い。
ちなみに生徒会選挙候補者は、今日の下校まで受け付けられている。珍しいが、演説を聞いて立候補したくなる人がいるからという、うち独特の選挙ルールだ。
マイクからピーピーとした機械音が聞こえ、壇上の人物が口を開く。
「~」
「~」
時間が経過するたびに、一応は張りつめていた空気が弛緩していった。
どこかで聞いたような文言を恥ずかしげもなく語る一人目の候補者。
ウケを狙いながらも、ところどころ滑って失笑と同情を誘う二人目の候補者。
恥ずかしがりながらやってるのが伝わってきて、見てるこっちが辛くなってくる。共感性羞恥というやつだろうか?
すでに壇上から聞こえる声よりも、おしゃべりに興じる声の方が大きくなっている。
前生徒会のメンバーが注意をするけれどほとんど効果がなく、ざわめく声の調子は収まる気配がなかった。
「では続いて、黒崎真君の演説です」
だが続いて登壇した黒縁の眼鏡をかけた三人目の候補者は、なかなかだった。
どこかで見たような顔だけど思い出せない。名前からすると、生徒会で率先してボランティアに行く、という公約を掲げていた人だったか。
あらかじめ演説を相当練習したのか、つっかえることなく演説を話せていた。しかも棒読みじゃなく抑揚をつけたり、あえて何も話さず間を置くなど聴衆を意識している。
リズムを持った話し声、聞き手を意識したしゃべり方は人を引き込む力がある。
僕もいつの間にか聞き入ってしまい、内容にまで関心が向いていく。
ボランティアでの経験を学校でのイベント運営にも役立て、スムーズな行事の実施につなげていきたい、か。
一般論でも言う人が言えばかなりの説得力がある。
「みなさんからお預かりした清き一票を無駄にせず、学校のために頑張っていきたいと思います!」
黒崎が壇上であいさつを終えた時にはざわめきの代わりに大きな拍手が沸き起こった。
彼でいいかな、そう思っていた。
「では続いて、吉塚廉也君の演説です」
「おいお前ら!」
いきなり壇上から響いたドスの利いた声に、全校生徒の視線が一斉に彼のほうを向く。
壇上からぐるりと全員を見渡し、言葉をつづけた。
「このままの学校生活でいいと思ってるのか!」
口調は乱暴だが、引き込む力は感じる。さすがバスケ部の指導で鍛えられただけはある。
「俺はこの学校を変えたい。そのためにはまず食堂からだ」
スケールがちっちぇぞ、という笑い交じりのヤジが飛ぶ。
だが動じずに吉塚は言葉を続けていく。黒崎君みたいな上手いテンポはないが、自信にあふれていることだけは伝わってくる。
黒崎が柔の演説なら吉塚は剛の演説か。自信と声の大きさで強引に聴衆を引き込んでいく感じだ。
それに加えて、なんというか吉塚は人が喜ぶ短い言葉をよく知っている。
「このままでいいのか」
「食堂のメニューを」
黒崎に比べれば話の統一性も感じられないし、演説に慣れているわけでもない。
だがいわゆるカリスマ性が高く、彼の一挙手一投足が場を味方につけていくのがわかる。
「いいぞー」
「かっこいいぜ」
「吉塚先輩―」
そして彼の言葉は、友人・後輩たちのヤジや応援によって補強されていた。
彼の周りと友人だけだった熱狂が徐々に伝播していき、場の雰囲気が一体となっていく。この感じがとても気持ち悪い。
僕はいつも、場の雰囲気や空気といったものから孤立していたから。
「そこで今回の目玉だ」
空気をほぼ完全に自分の味方につけた後、彼は大きく息を吸った。
「俺が生徒会長になったら、全教室にクーラー設置してやるぜ」
体育館に、ごく一部を除いて揺れるような歓声が沸き起こった。
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