第32話

 吉塚廉也。百八十センチの身長と肉厚で筋張った体、それに大きな声が特徴のバスケ部のエース。

 あの肉体と野太い声は苦手だが、彼女はいるらしいし彼と似たタイプの友達も多く、青春を謳歌している。

粗野な態度と脳筋な見た目から一見バカっぽく見える。だが会話の内容や言動から察するに赤点を一度も取ったことがないらしい。僕と違って要領がいいのか、一夜漬けとヤマを張ること試験を切り抜けているらしい。

おまけに、悔しいことに一部科目に至っては僕より成績がいい。

あれだけ勉強してるのに、なんで。中間テストの成績を知ったとき、悔しさで気が狂いそうになった。

 古賀の家に行ったときも話題に出たけど、吉塚は苦手だし嫌いだ。

 でもそのせいで、不愉快になるとわかっているのに。同じ教室にいると彼の会話が耳に入ったり、目で追ってしまう。

 今も大好きな太宰治の小説を読んでいるのに、彼のことが気になっていまいち集中できない。

彼が属する、椅子に反対向きに座ったり、机に行儀悪く腰掛けたりしている制服を着崩したグループ。その中には僕を脅した連中も交じっていた。

 太く大きな声で、教室の中心に陣取るように席を占領してスマホを見せ合いながら会話に興じている。

 陽キャはスマホを手放すと死ぬ呪いにでもかかっているのだろうか。

 僕は教室の外に目を向けた。吉塚より少し背の高い男子がバスケ部のユニフォームを身にまとい、手を掲げている。

「オッす、先輩!」

 吉塚はきびきびとした動作で立ち上がりその先輩に頭を下げた。 そしてまるでパシリか丁稚奉公みたいに駆け寄っていく。

 カースト低位に対する態度とは大違いだ。

 空気を読むのが上手いことは、強きにおもねり弱きを見下すことなのかもしれない。

「マジっすか?」

「しょうがねーだろ」

「もっと早く連絡欲しかったすよ~。てか、ラインで知らせてくれれば」

「昨日充電し忘れててよ、今使えねえんだわ」

 そういう感じで会話をこなした後、自分のグループの席に戻ってくる。

「今日の練習、バレー部が練習試合するから筋トレと階段ダッシュに変更だってよ」

「マジ? 急すぎね?」

「あっちの部長が連絡忘れてたんだと。まあしゃーねーだろ、俺がラインで連絡流しとく

わ。ついでに何か筋トレで面白そうな別メニューないか調べとく」

「わりいな、サンキュ」

「気にすんな。部活は楽しくねえといけねえしな」

 僕に対しては気まぐれに褒める以外は、怒鳴るか無視するかだったからまるで別人のよ

うに彼を感じた。

まあ僕からすれば嫌な奴だし、古賀も苦手だとは言っていたが。彼のグループ内では、いい奴なのだろう。

「さすがだな、未来の生徒会長様」

「気が早えって」

 吉塚の照れたような物言いより、不穏な単語が気になった。

「そういえば吉塚生徒会長に立候補するんだってな、聞いたぜ」

「マジか?」

「ああ。部活との両立は大変だろうが、お前らのために一肌脱ぐのも悪くねえ」

「頼もしいぜ、マジやばいなお前!」

 生徒の代表がバスケ部のためだけにがんばってどうする。読書を邪魔され続けてイライラしていたせいか、言葉の綾に過ぎないセリフに心の中で愚痴ってしまう。



 職員室前の掲示板。普段は閑古鳥なそこに、今日は人だかりができている。

近づいてみて見ると、生徒会選挙候補者のポスターが張られていた。

うちの学校では、期末試験が終わって夏休み前に生徒会選挙がある。

公募期間は約一週間、その後体育館で全校集会が開かれて各候補者が演説と公約の発表会を行う。

その後一週間後に投票が行われ即日開票、生徒会長が決定される。

うちの学校独特のルールがもう一つあるためか演説の直後に投票とはならない。

 国政選挙みたいな顔写真もない、「生徒会選挙」というタイトルの下に候補者の名前、公約が書かれてあるだけの地味なものだ。吉塚の名前があった。

 学校生活にかかわってくることだし、公約にしっかりと目を通していく。

 ほとんどが似たような公約だけど、中には「生徒会は率先し、ボランティア活動に出かけます」というのもある。興味がある生徒はいるだろうし先生受けはいいだろうが、生徒の大多数が賛成するような公約じゃない。

 吉塚のものは「食堂の新メニューの提案」「特にスタミナ丼的な」「冷水器を増やす」など。

 生徒の人気取りのような公約にも見えるが、バスケ部の人脈を使っていろいろと意見を聞いたのだろう。

運動部系というか、活発な人間が好みそうな公約が多い。

 まあ、無茶なものでもないし、

 だがさらに加えて。全教室へのクーラー設置、と書かれていた。

 いや現実的に無理だろ、そう冷笑して通り過ぎようとする。でも本屋に行ったときにお腹を壊していた祇園さんの表情が思い浮かんだ。



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