第27話

どうも僕は、神経質すぎるらしい。一度空気が悪くなれば絶望して、少し空気がよくなると嬉しくなる。

 男ならどーんと構えることも大切か。

 一度悪くなった雰囲気は、僕が何かしたわけでもないのに。横断歩道で信号を待つたびに、駅への道を歩くごとに、少しずつ戻っていって。

混み合う天神の駅で電車を待つ頃には、また同じように会話ができていた。

「さっきの言葉、本当はうれしかった」

 何気ない話から急にふられた話題に、どきりとする。彼女なりのフォローだろうか。

「いや、本当にうれしかったんだよ? おなかが弱いなんて話題に共感してくれた人は、初めてだったから……」

「でも、さっきは、その」

 祇園さんに怖い顔をさせてしまった。そのことをうまく言えなくて、少しどもってしまう。でも彼女は僕のぎこちない会話に嫌な顔一つせず、逆に軽く微笑んだ。

 祇園さんは黒髪の先を軽く撫でながら、ゆっくりと首を振る。反らしていた視線を、また僕の方に向けた。

「西戸崎くんの表情と声が、怖いくらいではじめは引いたけど。でも凄く真剣で。思い返してみると、安っぽい共感じゃなくて、ちゃんと私を見てくれる言葉だって、わかって」

 祇園さんの瞳が潤んでいるのを初めて見た。

「薄っぺらな共感は、いくらでも見てきたから」

 やがて駅のホームに電車が停まって。大勢の乗客と共に乗り込む。

 混んでいて、空いている席に座るには隣同士でほぼ密着するしかなかった。

駅を越えるたびに徐々に乗客が少なくなってくる。

 出発したころは南の空に白く輝いていた太陽が西の空を茜色に、山影を黒く染める。

 車両に僕たち以外の乗客がいなくなっても、七人掛けの席に隣同士で座ったまま。

 電車が揺れるたびに膝頭がこつんと当たったり、指先が軽く触れあったりする。最初は「ごめんね」とお互いに言い合っていたけれど、徐々に触れ合うに任せるようになった。

 夕日と同じ色に染まった電車の中、聞こえる言葉は次の駅名を知らせるアナウンスだけ。

 車窓から見える景色が、突如暗闇に包まれて耳がキーンとなる。

 白い明かりが、いくつもいくつも、景色の後方へと走り去っていく。

 このトンネルを抜ければ、僕たちは下りないといけない。

 やがて耳慣れた駅名のアナウンスが聞こえ、僕たちは扉が閉まる直前に駅のホームに降り立った。

 コンクリートの塊の上に椅子と看板だけがある、見慣れた風景。なんだか知り合いがいるような気がして、電車にいるときよりも距離を取って、駅舎に向かう。

 ICカードで運賃を支払って、外に出た。

「じゃあ、これで」そう言おうとしたとき、彼女の口元がわずかに揺れているのに気が付く。何を言いたいのか、この一日でずいぶん読めるようになった。

「また一緒に、本屋さん行こうね」

 彼女の表情が、桜のつぼみが開いたかのように華やいだ。

今度は何を話そう、そんなことを思いながら帰途に就くと。


「あの人、先生の誰ですか」


 残照に照らされた畑混じりの住宅地で。ロゴが入ったカバンを背負った静音ちゃんに出くわした。


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