第24話

その日の夜。家で何度もスマホを見返した。

勉強していても、玉名ちゃんの家庭教師の準備をしていても、本を読んでいても。スマホが目につくとアプリの着信履歴を見てしまう。

 近頃は電車の中でも学校でも、暇さえあればスマホをチェックする人が多い。僕は今までそんな人を軽蔑していた。

 だけど、気になる人ができて、話せる中になって、とうとう連絡先まで交換すると。

いざ自分が同じことをしているのに気がついて、気恥ずかしい感じがした。

 ポコン、という特徴的な音が鳴る。

 今までは夜に鳴っても、翌朝に確認していたラインの着信音。

 それを一瞬でロック解除し、確認した。

『祇園です。今日は色々本のこと、話してくれてありがとう。楽しかったよー』

 添えられたスタンプと共に祇園さんからのメッセージを着信した。

ただの社交辞令かもしれない。

 彼女からこういうメッセージを受け取った相手は、いくらでもいるのかもしれない。

 でも、それでも。祇園さんから楽しかった、と言ってもらえた。

 ただそれだけのことが、布団の上で転げ回るほど嬉しかった。

『メッセージありがとうございます。僕も楽しかったです。これからもよろしくお願いします』

 文面を色々と考えて、何度も修正して返信する。文章のやり取りだし、丁寧な方がいいだろう。文の先頭を一文字空けることも忘れない。

 返信から一分経たないうちに、またスマホが特徴的な音を立てた。

 ずいぶん早いな、と思いながらメッセージを確認すると。

『なんだか文章すごく固いね、もしかして怒らせたかな? 勘違いならいいんだけど、もし怒らせたならごめんなさい』

 僕は普通に送信しただけなんだけど、ラインには色々と独自のルールがあるらしい。ググって調べることにした。

 リア充って大変だ。覚えることがたくさんある。

『怒ってないよ。ラインめったに使わないから勝手がわからなくて。ごめんなさい』

 僕は適当なスタンプを付け加えて返信する。

 スタンプってどうやってつけるんだと思ったけど、文字変換しているうちに勝手に候補が出てきて助かった。

 気を張っていたせいか、急に眠たくなってきた。僕は畳に敷いた布団の上で横になり、蛍光灯のスイッチの紐を引っ張って明かりを消す。



 あれから、祇園さんとはラインでやり取りする仲になった。土曜日の今日も、家庭教師の授業の反省をし、学校の課題を終えてからスマホを取り出す。

『あ、明日の日曜は本屋さん行くから』

『そう? 私も。推しの作家さんが新刊出すから』

『どこの本や?』

『天神。本屋が遠いことだけが田舎の欠点だよね』

 ラインでのやり取りにもだいぶ慣れてきた。まず感じたのは、ラインは肉筆でのやり取りと違ってスピードが命ということだ。

 肉筆なら一度書いた文章を読み直して、誤字脱字をチェックして、相手に不快な感情を抱かせていないかを考える。

 ラインでそんなやり方は、どうやらそぐわないことに気が付いた。

 ラインでは対面でやり取りしている時のようにリズムが大事になる。だからごく短い文で自分の気持ちを伝え、ポン、ポンとやりとりする必要がある。

 古賀のラインを見させてもらった時、なんでこんな数文字の分をわざわざスマホでやり取りするんだろうと思った。

 けど自分でやってみると、それが意外と合理的だと気が付く。

 誤字もいちいち訂正するより、リズムを重視してそのまま送った方がいいこともある。

『天神か。僕もだよ』

 自分が祇園さんと、同じ行動を取る予定がある。たったそれだけのことがすごく嬉しい。

 同時にもう一つの思いが、ずっと抱いていた願望が、心の奥から顔をのぞかせる。

 次のメッセージを送ろうとする指が、ためらいで止まった。急にやり取りが途絶えたことで、スマホの向こうの祇園さんのとまどいが伝わってくる気がした。

 この思いを文字にしていいか、迷い、ためらう。

 コミュ障陰キャには断崖絶壁を超えるような覚悟が要る、はじめの一歩。

 うざがられないか、キモがられないか、距離を詰めすぎじゃないか。ネガティブな思考ばかり浮かんできた。

でも勇気を出して話しかけてから、連絡先を交換できる仲になったことを思う。

同時にラノベを貸して、少し渋い顔をされたことも思い出す。

 行動すれば、いいことも悪いことも起こる。

でも何もしなければ、気になる相手との関係性なんて絶対に変わらない。

 一分くらいの逡巡の後、僕は思い切って文字をタップし、目をつぶって送信した。

『明日の日曜の天神だけど、よかったら、一緒に行かない?』

 送信した後、固く目をつぶったまま。

 スマホの画面を見るのが、怖い。

 永遠にも思える時間が過ぎた後、ぽこん、という特徴的な音が鳴る。

 勇気を出して目を見開く。

『うん、いいよ。待ち合わせは何時ごろにする?』

 こぶしを握り締めて思わずいよっしゃあ、と叫んでしまう。

 静かな森と家の中に声が響き、自分で自分のことが気まずくなる。ラインを通話モードにしておかなくてよかった。

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