第23話

 祇園さんの言葉が何度も何度も、脳内で再生されていく。

 どうかと思うよ。その言葉の意味するところがぐるぐると頭の中で回る。

 拒否、否定。

 やっぱり嫌われたか。

 男子向けのラノベを貸したのはまずかったか。

 アドバイスした古賀への恨み、真に受けた自分への後悔、過去をやり直せたらという思い。

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、やがてあきらめとともにすっきりした。

 あらためて祇園さんの顔を見ると、なぜか慌てたような顔で。早口になって僕に声をかけてきた。

「いや、面白かったから。さっきのはちょっとした意趣返し、冗談だから」

 顔の前でぶんぶんと振られる手、少し変な言葉選び。少しも取り繕った感じがせず、本音で語られたことが伝わってきた。

 良かった。

安堵するとともに声にならないうめきが出て、思わず顔を覆ってうずくまる。

 恋愛はいつもこうだ。

 気になった相手の何気ない言葉にも平静でいられなくて、その場の雰囲気とか相手の表情とかをうまくとらえられなくて。

 あさっての方向に勘違いして、黒歴史ばかり増えていく。

 だから恋愛はめんどくさい。


 祇園さんはそんな僕を見て。くすくすと、口元を手で隠して忍び笑いをもらした。


「西戸崎くんって、ほんとまじめだね。不器用で、一生懸命で……」

「空気と人の気持ちが読めないバカなだけだよ」

 僕が不貞腐れてそう言うと。

「そんなこと、ない」

 祇園さんは丁寧に、でもはっきりと僕の言葉を遮った。

「その分西戸崎くんは誠実だよ。短い付き合いだけど、それくらいわかる」

 境内を通り抜ける清風に、祇園さんの黒髪が流れる。髪の下の眼差しは、ここでない遠くを見ているかのような気がした。

「つい一、二か月前だよね。西戸崎くんと話すようになったの」

 祇園さんの唇から紡がれる言葉が、はっきりと耳に染み入る。境内の落ち葉を吹き散らすほどに強くなった風で、空に広がった黒髪を手で押さえた。

 間をおいて境内の周りに植えられた木々がざわめく。ざわめきに混じっても祇園さんの朗々とした声はよく届いた。

「初めて話しかけられた時はびっくりしたけど。今まで接点なかったのに、なんだろうって。ちょっとおどおどしてたし」

「でも乱暴なところがなかったから、安心して話せて。歴史総合の授業で同じ班になってからは、いろんな面が見られて」

「でも、それだけだった」

 祇園さんの少し沈んだ口調に、全身から力が抜けていく。

「気を使われるのは嬉しい。以前私が面白いって言ったものを読んでくれるのは嬉しかったけど。あんまり楽しめてないのが伝わってくるのが悲しかった」

 地面が無くなってしまったかのようだ。いや、座っている丸太椅子の感覚すらあやしくなっていく。

 体がぐらぐらしてきてまともに座っていられない。立っていたら既に転んでいただろう。

「本の話をしてても、妙に間が空いちゃうし。かと思えば」

「翌週にはすぐに小野不由美先生の本の面白さをわかってくれたのがすごいって思ったし、嬉しかった。悪役令嬢ものまで、私が知らなかったものまで探して、紹介してくれた」

 祇園さんの沈んだ口調が、徐々に熱を帯びていく。足元が、丸太椅子の感触が、次第に戻ってきた。

「私に合わせたお勧めの本も貸してくれたし。学校で読んでても大丈夫なよう、純文学と同じカバーをつけてくれたのも気遣いが嬉しくて」

「絵がアレだから男キャラばっかりかと思ったけど、女子の視点も多く入っててとっつきやすかった」

「なんでヒロインがこんな男子のこと好きになるの、って思う小説やアニメは結構多いけど。ヒロインの視点にページを多く割くことでその疑問が解消されてた」

 祇園さんの口調が早口になり、熱を帯びる。好きなものを語るとき、人はこうなる。

 嗚呼。

 胸の奥に安堵感とともに、じわじわと喜びが湧きあがる。

 自分が好きなものを、気になる女子が好きと言ってくれる。楽しいと感じたものを、楽しいと言ってもらえる。

 こんな単純なことが、これほどまでに嬉しくて、甘酸っぱくて、震えるような喜びに包まれるものなのか。

 二次元で萌えると胸の中心に痛いほどの甘さが広がる。だけど三次元では全身が多幸感に包まれる感じだ。

 ここに至るまで。自分が興味のなかったジャンルに手を出したり、古賀に相談したり、落ち込んだり悶々としたりして。

 目の前にあるのは気になっている女子の熱っぽい瞳。

「それでさ、また気になったら色々と話したいから、その……」

 祇園さんの言葉が急に尻すぼみになっていく。

「ちょっと待ってて」

 緋袴の裾をひるがえし、今までの巫女としての粛々とした振る舞いが嘘のように走っていく。

 どうしたのだろう?

 向かった先は神社の本殿近くの建物で、お守りや護符の売り場が設置されている。そこの引き戸をがらがらと開けて、すぐに戻ってきた。

 その手には令和の高校生に必須のアイテムが握られている。

 スマホのキーロック解除を何度も間違えながらやっと開いた画面。そこに緑を基調としたアプリが表示された。

「連絡先、交換しない?」

 ああ、巫女の服ってポケットがないし、男みたいに着物の胸元の隙間から出し入れしたら谷間が見えちゃうよね。

 跳びあがるほどの嬉しさの中、そんなバカな考えがふと思い浮かんだ。



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