第22話
銀杏の植えられた参道を通り、長い長い苔むした階段を汗だくになりながら登っていく。
あのときよりも季節は巡り、日差しは高く肌に焼けるような暑さを感じた。
木の葉の影が濃い場所で涼しさを感じながら、パンパンに張った足を一歩、また一歩踏み出していく。
足が棒になるころに鳥居を抜けて、山の斜面をならしたかのように平坦な境内に出た。
丸太を切り出して作ったベンチに腰掛け、木漏れ日の下で本を広げる。
コンクリートの地面を伝うむわっとした風と違い、森を通って山から吹き降りてくる風は涼やかな心地よさをはらんでいる。
昨日祇園さんに渡した本の感想を、できれば早めに聞きたかったんだけど。
まだ読み終わっていないかもしれないし、グループの女子たちと大事な話があるかもしれない。
教室で祇園さんと目が合うたび、返事を想像して怖くなって。
授業が終わるや喧噪に包まれた空間を真っ先に飛び出して逃げるようにこの神社に来た。
もし祇園さんが不愉快な表情をして本を突き返してくれば、フォローする方法が思いつかない。
古賀の言った通り、自分の好きなものをぶつけて拒絶されるだけなら、それまでだろう。覚悟という名の言い訳を繰り返し、またページをめくる。
本はいい。物語の世界に没頭していれば、嫌なことを思い出さなくて済む。
今読んでいるのはラノベで、ラブコメだ。現代を舞台にしているから、スマホを使用するシーンが多い。
もし祇園さんと連絡先を交換できていれば、ラインで感想を送りあったりして盛り上がるのだろうか。
でも僕はいまだに、連絡先を交換できていない。
ラノベやスマホで調べても、さりげなく聞き出せばいいとしか書いていない。陰キャにはそのさりげなさが一番難しいのに。
連絡先は交換したい。付き合う付き合わないは別として、気になる相手と家に帰ってからもやり取りできれば、どんなにか幸せだろう。でもどう言い出せばいいのか。
嫌われたり、警戒されたりしないだろうか。
「こんなところで読書?」
ずっと妄想していた声が、突如頭上から聞こえた。見上げると、そこに天使がいた。
神社で天使っていうのも変だけど、そう言うしかない。
日差しを反射して黒い海に金の筋が入ったように見える黒髪と、アクセントの大きな白いリボン。
眉の下の髪と同色のつぶらな瞳。
そして緋袴の上に来た小袖の脇の下からのぞく、小袖以上に真っ白な肌。
祇園さんだった。
黒髪や和服が大好きな僕だけど。その二つの属性を兼備した祇園さんの姿は、誇張でも何でもなく、今まで見てきたすべての中で一番美しいと思えた。
驚愕と憧憬で、声が震える。
「その服、どうしたの?」
「ここ私の家だから。巫女服着てるのは境内の掃除だから。お務めの時はこの服装」
そう言って緋袴の裾を軽くつまんで見せた。すね毛なんてないすべすべのふくらはぎが、白日の下にさらされる。
お持ち帰りしたい、不謹慎だけどそんな衝動にかられた。
「昨日勧められたの、読んでみたよ」
湧きあがった緊張感に、不謹慎な衝動は消える。唾をごくりと飲み込んだ。
祇園さんの表情は柔らかいし、大丈夫と思うけど。
だけど女子との接点なんてほとんどなかったから、自分の目に自信が持てない。
彼女の桜色の唇が花開く瞬間、心臓がとび上がるかと思った。
「イラストは少しあれかなと思ったけど。でも、面白いね」
飛び上がりかけた心臓が、平静を取り戻す。
「太宰治の本も、読んだよ。今までの太宰のイメージと全然違ってた。なんというか、意外と青春小説も書くんだね」
「『思い出』は作者の自伝らしいから…… ランニングに熱中したりするなんて、病弱なイメージの強い太宰には意外だったよ」
そのまま本の話題で盛り上がっていると、祇園さんの声のトーンが変わった。
「でもね」
「女の子に、あんなえ、えっちなイラストが載ってる本を貸すのはどうかと思うよ」
血が凍りついた気がした。
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