第9話 妹

 次の日曜は快晴で、自室の窓を開けるとまばゆい初夏の日差し。放流したウグイが舞う小川の水面に黄金の粒をちりばめ、田畑の作物が風に波打っているのが見えた。

 僕は歴史総合の資料と、バイトで使う道具をザックに入れて家を出た。

 服装は青の半袖のワイシャツと薄手のチノパン。アイロンをかけること、体のラインに合っているか気をつけること。注意するのはこの二点だけだ。

 気になる女子ができると、自然と自分の服装が気になってくる。今までは興味のなかった鏡の中の自分に関心が向く。ダサいことに気がついてからスマホでファッションを調べたが、結局シンプルで外れのない服装に落ちついた。 

 ぼっち脱却系のラノベを参考にし、勇気を出してユニクロでマネキン買いにチャレンジしたこともある。

 万引き犯にでもなった気持ちで服を何着か試着室へ持っていき、周囲と布一枚隔てただけの空間で下着姿になるという恥ずかしさ。それらをこらえて試着を終え、鏡の前に立った自分は。一言でいうと道化、ピエロだった。

 雰囲気と服装がちぐはぐというか、ネクラがにじみ出ている人間が服だけイケていてもかえって痛々しい。

 小説と現実は違うことに気が付いて、身の程をわきまえることにした。

 川沿いの僕の家から歩いて二十分ほどで、初夏の昼の日差しは容赦なく汗を体の外へ吸いだしていく。シャツがびしょぬれになった頃、古賀の家を見つけた。

 森に囲まれたこの町では珍しく、駅や店のある中央に近い立地。僕の家ではうるさいほどの鳥や虫の声も、ずいぶんと穏やかだ。

 インターフォンを押すと予想していた男子でなく、小さな女の子の声で返事があった。

「はーい! 西戸崎さんですね? 聞いてますよー」



 空調の風で寒いほどに感じる家の中に通され、小さな女の子を紹介される。

 原色をふんだんに使ったシャツとズボンには、毛糸を小さなボンボンの形にしたような飾りがついている。なんというか、日曜朝の戦うヒロインの私服姿を連想させた。

 細長い手足、目はくりくりとしていて肌は軽く日に焼けており、いかにも活発な感じがした。

「古賀愛佳といいます、お兄ちゃんの妹で小六です、よろしくお願いします!」

 明るい口調、はきはきとした受け答え。

 小六ということは、「あの子」とおなじ学年だ。

「もうすく愛佳の友達が来るからよ、別の部屋で遊んでな」

 古賀は半袖のジャージにTシャツという、意外にシンプルな服装だった。リア充は家の中でもリア充かと思ったが、気を抜くところは抜いているらしい。

 だが細身ながら筋肉のついた体とそれなりの長身が加わり、何となくおしゃれに見えた。筋肉はファッションでもあると雑誌の広告に書いてあったけど、言いえて妙だと思った。



 古賀との共同作業は、意外なほど順調だった。何度かの話し合いでほとんど発表するところは固まっていたから、あとは肉付けするだけだったし。

 古賀が好きなスパイ役の女官、それと通じた革命政府の高官の話などを追加していく。

 一区切りついたところで休憩に入る。

 古賀の自室はフローリングで、強めの冷房のためにスリッパ越しにすら床が冷たい。

 壁のハンガーにはジャケットやシャツがかけられ、部屋に彩りを与えている。デザインもあか抜けていて、僕とのおしゃれ偏差値の差を感じた。

 壁にはケースに入ったテニスラケットが立てかけられ、そばの戸棚には金色に光る小さな優勝カップが置いてあった。

 部屋の角に備えられた勉強机。そこに広げられた資料や筆記用具を隅に寄せ、愛佳ちゃんが入れてくれた麦茶を飲む。

 肌寒い部屋の中で冷たいお茶を飲むと寒いくらいに感じる。でも古賀は慣れているのか、勢いよくのどに流し込んでいた。

 そのまま雑談をする。といっても共通の話題が歴史総合の班のことくらいだけど、話しているうちにどんどんと会話が広がっていった。

 お互いの部活や家族構成、どこ中だったかなど。

「東雲中か。だいぶ離れてるな。俺は西雲中だ」

 確かに、学区から離れているうえ距離の問題もあり、東雲中から今の高校に行ったのは僕だけだ。高校は駅からも遠いので、無料の町営バスを使って通学している。


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