第8話 発作

 祇園さんとはそんな風に、上手くやっているのかわからない日々が続いた。

「今度の日曜、資料まとめ家でやらないか?」

 何度目かの歴史総合の時間。古賀がそんなことを言いだした。

互いの作業分担も明確になり始め、僕が提出した資料の訂正も順調に行っている。

 僕以外のメンバーが他の班の進捗状況もちょこちょこ聞いているけれど、特段遅いということはない。

 古賀の提案の理由がわからなかったので、疑問を明確にすべく僕は発言した。

「進行が遅れてるわけでもないのに、なんで?」

 僕がそう口に出しただけで、場の空気が冷めた感じになる。

 ああ、まただ。また僕は空気を壊してしまった。

「そういうのも、楽しいじゃない?」

澄んだ声の祇園さん。僕と目を合わせて、何かを伝えようとしているのを感じた。

「……ダチ同士、学校以外で集まるのが良いんだろ」

 バリトンのように低音の吉塚が、苛立ったようにスポーツ刈りにした髪をくしゃくしゃと掻いた。

 そうか、そういうものだった。

 友達というのは明確な理由や目的がなくても集まるのだ。時間の無駄にも思えるけど、親睦を深めることで連携をスムーズにする必要もあるのだろう。

 来週の予定を頭の中で思い返す。日曜は午後からバイトだから、午前中は空いている。

 そのように伝えると、週末は四人全員の時間が合う日がない。

 祇園さんは家族と一日出かけるし、吉塚はその日午前中が部活の試合らしい。

「じゃあとりあえず、俺と西戸崎の二人でやってみる。ついでに遊ぶか。同じクラスになったのに、今まで一緒に遊んだことなかったしな」

 古賀が子供をあやすのにも似た、柔らかめの声ででそう言う。百七十前半の身長とやせ形の体躯は、百八十代の吉塚と比べ威圧感が大分少ない。

 断ろうかと思った。知り合いの家に行くというのは、同性でも気が引ける。

 自分の家には知られたくないことも多いから、他人の家に行く時でも警戒してしまう。

 でも吉塚よりはマシか。あの身長と大声で言われたら、僕はずっと萎縮しっぱなしになるだろう。

 古賀となら何とか話せそうだと思い、連絡先を交換して了承する。

「じゃあ西戸崎の家でいいか? うちは知っての通り妹がいるからうるさくなるかもしれないし」

 古賀がごく何気なく言った、その一言。常識的に何の問題もない言葉だろう。

 でも僕は、背筋が総毛立つほどの恐怖を感じた。

 家に友達が来る、それはぼっちにとって憧れのイベントのはずなのに。僕にとっては見られたくないものを見せることでしかない。

 頭の中で悲観的なイメージが次々に浮かぶ。

 浮かんだものは決して消えず、嫌なことばかりが思い出され、想像してしまい、頭の中が埋め尽くされていく。

「ちょっと、家の都合で、むりかも」

 声がかすれるのを自覚しながら、絞り出すように言った。

 急に態度が変わった僕に奇異の視線が集まるのを感じる。

 今、自分はどう見られているのだろう。意識の端にのぼりながらも、声や視線を訂正できない。

 内側からこみ上げてくる痛みと苦しみを堪えるだけで精一杯で、周りを気にする余裕がない。

過去におびえるとき、病気に苦しむとき、どう振舞えばいいかなんて考えてはいられなくなる。

「おいおい、大丈夫か?」

 心配するような台詞だが、声の調子が軽い吉塚。座ったままスマホから手を離さない。

「どうしたの? 気分悪い?」

 祇園さんは席を立ちあがって、僕の背中を撫でた。でも柔らかな手の感触を堪能する暇もゆとりもない。

 心配させてしまったことに心が痛んだ。でもこの状態は何度も味わったからわかる。すぐに回復するレベルだ。

古賀はキモがることも追及することも、過度に心配することもなく。

「まあ近頃は家で仕事する大人も増えてるしな。わりいわりい。俺の家でやるか」

 明るい口調に彼の気遣いを感じた。徐々に発作のような状態が収まってきて、回りを確認する余裕が生まれてくる。

 祇園さんや吉塚だけでなく、別の班からも伝わってくる視線。多くのクラスメイトが作業の手を止めて、僕の方を見ている。

 まずい、と本能的に感じた。

「ごめんごめん、急にお腹痛くなって。お弁当のおかずが古くなってたのかも」

 僕は周りに聞こえるよう慣れない大きめの声で言って、お腹を押さえながら教室を出た。

 廊下に出た時視線を巡らせた周囲の反応は半信半疑、といったところか。でも何も言わずに座っているよりはマシだ。

 たとえ苦しくても、自分が周囲に心配や迷惑をかけた時。私は周りを気遣っている、心配かけてごめん、というポーズを見せないといけない。

 一人で苦しみに耐えながらも周囲を気遣う。トラウマを負った人間が集団でうまくやるにはそれしかない。


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