第7話

 放課後になり、家族でも友人でもない家にたどり着きチャイムを押す。

 インターフォンごしに僕を招く声を聞き、家の中に入っていく。鍵は開けておいてくれたらしい。広い家の、薄暗い廊下を歩くとギシギシと床がきしんだ。

 一室のドアを開けると、小学生の女子が椅子にちょこんと座っている。

 その目には怯えも不信もない。

そのまま僕は、肩が触れあうくらいの距離に立ち彼女を見下ろした。

「さあ、はじめようか」

「わたし…… 自信、ないです。こんな…… はじめての、」

 始めは順調だった。彼女は淡々と受け入れてくれて、僕と言葉を交わしながらも細くて長い棒と格闘しつつ、最後まで至れると確信していた。

「あぁぁぁぁっ!」

 でも途中で彼女が暴れだした。

 紙を引き裂き、ランドセルの中身をぶちまけ、部屋のぬいぐるみをベッドへ、壁へ、あらゆる所へ投げつけた。

「~ちゃん」

 僕は彼女を柔らかく抱きしめる。ほんの少し女性の体となり始めた、華奢で無垢な体。

 彼女の呼吸が次第にゆっくりと落ち着いてきた頃、涙で目を赤くした彼女は口を開いた。

「ごめんなさい……」

「気にしなくていいよ。続き、やってみようか」

 そうして彼女はやっと、最後まで至った。



「そういえば、今度の小野不由美先生の新作、三年ぶりだよね」

 歴史総合の時間の合間。

 まとめるのも疲れて、こうして資料作りとは関係ないことを話していた。

 同じ班になって。祇園さんと資料のこと以外でも話すことが増えた。彼女も図書館で僕のことを見かけていたらしく、時々こうやって小説の話題を振ってくる。

 吉塚と古賀は小説に興味があまりないのか、話題が移るとすぐにスマホをいじるか、二人で話始めるので。祇園さんとは二人きりで話せる。

 喫茶店とかでデートしたらもっと楽しいんだろうか。彼女のカラスの濡れ羽色の髪を眺めながら、そんな妄想が浮かんできた。

 祇園さんとは気になっている女子、という色眼鏡を外しても親しくなったとは思う。

 他の女子より明らかに話す時間も多いし、どもりやすい僕が彼女とははきはきと話せている。

 一緒に遊んだわけでも、デートしたわけでもないけれど。

 恋愛指南や心理学の本によれば、一緒にいる時間が長いほど心理的な距離は近づくものらしい。単純接触効果というやつだ。

 夫婦でも、愛は冷めても情は深くなるという。

 接点がほぼなかった時に頑張って話し掛けたのも、少しは意味があったのかと思う。

 でも。

「新作、読んでみた?」

 小野不由美先生なら、一千万部越えのベストセラー作家だし代表作の名前くらいは聞いたことがある。地球から異世界にやってきた様々な時代の人間が、十二の国を舞台に謀略の渦に巻き込まれていく。

 でも軽く斜め読みしたくらいで、詳しく読んだことはない。

「うん、陽子が襲われた所に麒麟が間一髪助けに入ったところなんか、面白いよね」

 一巻の始めのシーンだから、これくらいはなんとかわかる。

「そう! その後海に落ちて、幻に苦しむところとかぐっときて」

 幻? そんな描写はあったような気がするけれど……

「……そうそう、苦しそうだった」

「そう、だね。そういえば、フランス革命と舞台が似てる本なんだけど……」

 僕の口調からよく理解できていないことを察したのか、祇園さんは本の内容を変えてきた。

 今度は名前もよく知らない作家さんだ。

 小野不由美先生でもうまく答えられなかったのに、もっとマイナーな人を出すなんて。コミュ強な彼女らしくない。

 でも祇園さんが僕と本の話をしようとしてくれるのはうれしくて。

 僕はよく知らない作家さんの名前と本の内容を、知識からなんとか引っ張り出して会話をつなぐ。

 祇園さんは図書館によくいる。だから同じ本好きの僕と、会話が合うと思った。

 でも僕が好むのは主にラノベと純文学だ。

 一方祇園さんは少女向けの、ティーンズノベルを好む。悪役令嬢ものにもはまっているらしい。

 でも僕は、それらをあまり読まない。

 太宰治や司馬遼太郎といったメジャーな作家も読んだことはあるらしいけど、それほど内容に詳しくないらしい。会話が盛り上がることなくすぐに終わってしまった。      

 同じ本好きでも内容が良くわからなくて、うまく会話がつなげない、というか盛り上がらない。今までの読書経験を活かして、どこが面白いかを推測しながら会話をつなぐのが精一杯で。

「ごめんね、わかりにくかったよ、ね」

 妙な間が空いてしまったせいか。僕が彼女のテンションについていけていないのを感じたのか、彼女の口調が尻すぼみになる。

 ああ、まただ。

 会話が上滑りしてしまう。

 所々盛り上がっても、彼女の心の琴線に響かないのがよくわかる。

 どうして気になった異性と、こんな風になってしまうのだろう。

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