第6話 恋愛は面倒くさいことばかりじゃない

「……どうかな?」

 次の歴史総合の時間、まとめてきた資料をみんなに見せた。

 ルーズリーフ数枚に走り書きしただけの、つたない文章だけど。タイトル、項目分け、面白そうなネタも時系列に沿って並べて一応は見られるレベルにしたつもりだ。

 まずタイトル。先頭に、余白を取って、大きめの文字で色を付けておく。

白黒で文字の大きさに差がなく全て同じように並べると、それだけで見向きもされなくなるのだ。

 それからバスティーユ牢獄襲撃の主要人物と主要事件。これは教科書とwikiからの引用だから、ルーズリーフの左端に一列に並べるだけ。余白を大きくとってみんなが意見を書き込みやすいようにしておく。

 面白そうなネタはwikiからだけだとキリがないし味気ないので、フランス革命が出てくる漫画から引用する形を取った。

 近頃は異世界転生ものや悪徳令嬢ものの小説をコミカライズしたものも多い。スマホからプリントアウトした絵をのり付けすると、字ばかりで自分でも読むのが苦痛だった資料が一気に読んでみたくなるのを感じた。

 こういうのは特に、勉強が嫌いなタイプや小さな子には有効な手だ。吉塚も一科目をのぞいて成績はよくなかったはずだし、効果はあるはず。

 教室では別の班も話合いしているが、彼らの話し声がまったく耳に入って来ない。

 目の前で資料をめくる三人の、手付きや表情だけをびくびくしながら見ていた。

 こういうのをまとめるのは初めてじゃない。

 そこそこ自信があるつもりだったけれど、やっぱり同年代に見せるのは怖いしプレッシャーだ。

 やがて吉塚が資料をめくる手を止めて僕の方を向いた。彼の肉厚で筋張った手と腕が、無言でも重圧を醸し出す。

 目力に気押され、資料を確認している振りをして思わず目を伏せてしまった。

あの野太い声でなんて言われるのか、そればかりを想像してしまう。

「西戸崎、お前まとめんの上手いな」

 珍しく僕をバカにした風もなく、感心した様子の吉塚の声。

 その様子を見て、僕は思わずほっとしてしまった。

「私もそう思う…… 歴史は好きだけど、同じ事柄でもこんなにわかりやすく伝わってくるの、初めて」

「俺も。なんていうか、小慣れてる感がすごいって思う」

 鈴の鳴るように澄んだ祇園さんの声と、男性の保育士が子をあやすのに似た古賀の声。

 三人全員から褒められて、胸が熱くなる。ちょっとしたことだけど、自分が打ちこんできたものが認められるのはすごく嬉しい。

 陽キャに認められると、自分が陽キャ以上になったようで承認欲求が満たされる。

こうやって自分がまとめたものを説明していると、「あの子」がふと思い浮かんだ。



 それからは僕も話に参加しやすくなった。下に見られることがなくなったわけじゃない。けど大分少なくなってはきた。

 自信が一つでもあると、他人から認められるものを持っているって自分で信じられると。

 びっくりするくらいに心が楽になるのがわかる。

 相変わらずおどおどして、おっかなびっくりにしか言えないことも多くて。

 そのたびに吉塚からにらまれ、祇園さんからフォローされ、古賀から生温かいまなざしを向けられるけど。

「この前言ってた~」

「ああ、それならこのサイトが良いんじゃね?」

「この漫画、マイナーだけど意外とまとめてあるよ。参考文献まで載ってる」

「え? 見せて見せて! うわほんとだ、難しそうな本。異世界転生ものでここまで調べてあるの、すごいね」

 少し上手くいかなかっただけで、恋愛なんて面倒臭いと思ってしまった。

 一緒の班になって。同じ目標を持って、自分の役割ができてくると。

 今までが嘘みたいに、自然に楽に話せる。

 目を合わせていると嬉しくて、笑顔を見ると顔が熱くなって。

 他の男子と笑っているのを見ると胸が苦しくなる。


 でも。恋愛は面倒くさいことばかりじゃない。

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