第5話 唐突
「よろしくね、西戸崎くん」
机をくっ付けて向かい合わせになった状態で、祇園さんにそう言われた。
真っ黒な髪も瑞々しい唇も、輝かんばかりの瞳も今までよりずっと近くにある。
日本史・世界史・公民が一つになった「歴史総合」の授業。その授業でグループワークのための班を組むことになり、くじ引きで決められたためたまたま一緒になった。
あれだけ苦労して作れなかった接点が、諦めかけた途端にあっさりと出来た。
運命は残酷だけど気まぐれでもある。高一の時もそうだったし、出口が見えない暗闇でもふとしたきっかけで解決することもある。
ちなみに班のメンバーは僕、祇園さん、吉塚という背の高い男子に、妹がいると噂で聞いた古賀という男子だ。
確か吉塚はバスケ部、古賀はテニス部か。祇園さんが部活に入っているという話は聞いたことがない。
「じゃあ早速だけど」
祇園さんの号令で役割分担が僕以外のメンバーの主導で決まっていく。
議題は近現代史で印象に残る出来事、だ。
先生がテーマを提示してそれについて調べるのではなく、示されるのは大枠だけで細部はこちらの裁量に任される。
各自がこの時間だけ使用を許可されたスマホでググったり、教科書や資料集を斜め読みしてメモ書きしていく。
「何にする? メジャーなところだとフランス革命とかもギリギリ入るけど」
「やっぱ派手なのがいいだろ! 大合戦とかよ!」
「スパイとか出てくるのが良くないか? 妹が今推理物のドラマにはまっててな」
「そうだね…… マタハリとか?」
話しかけるのは苦手だけど、話しかけられればなんとか受け答えできる。
口下手で声も小さい僕の提案が受け入れられたことは今までの人生で一度もない。
だから自分から意見を出すことはせず、みんなの意見に同調したり足りない部分を指摘したりしていく。
「大合戦か…… 戦争ものだとテーマが重くなりやすいから、気を付け……」
「ああ? 文句あんのか?」
でも反論するようにしゃべってしまうと、こうやって吉塚の怒りを買う。
糸のように細くそろえられた眉の下の、大きな目が僕を見据えた。ただそれだけで身がすくむ。
「まあまあ、戦争だと先公から色々うるさいだろ」
「そうだね、やりやすいテーマで考えてみようよ」
古賀や祇園さんがフォローに入ってくれて、なんとかやっていけている。
ごく当たり前のこと、ありふれたことかもしれない。でも。
他人からかばってもらえるのは、こんなにも嬉しいことだったのか。
「じゃあテーマは、フランス革命におけるバスティーユ牢獄事件で決まりね!」
十分ほど話しあったり、吉塚が飽きたらスマホをいじり始めたり、祇園さんがそれを咎めたり、僕がどうフォローするか迷ったり、古賀が上手くフォローしたりするうちにテーマは決まった。
これなら吉塚が提案した戦闘もあるし、スパイも入れたい古賀の案もカバーできる。
調べたところ、バスティーユ牢獄事件では女官が王族の会話を盗み聞きした。その秘密を革命軍に洩らしたという。祇園さんも最初に提案したフランス革命の案が受け入れられて、ほっとしている様子だ。
「じゃあとりあえず、大筋をまとめてくるよ」
僕は議論が出尽くした隙を見計らいそう言った。
結論が出るまでに僕が話した言葉は、他の三人に比べ圧倒的に少ない。
キャンプ、文化祭、体育祭。場の雰囲気で作業に参加できなかったとしても、何もしていない人間は後から責められるのだ。
過ちは繰り返さない。
それなら議論に参加すればいいとは思うけど、僕が何か言おうとしても大体は別の人の声にかき消され、聞いてもらえないのだ。
雰囲気がおどおどしているせいか、声が小さくてはっきりしないせいか。カースト下位にいるから話を聞かなくても構わないと認識されているせいかはわからない。
それなら言わなくても議論に参加できる方法を使うしかない。
普段ならこんな目立つような物言いをすれば吉塚あたりが色々言ってくる。だけど、話し合いで疲れたせいか取り敢えず僕の提案は受け入れられた。
家に帰ってからは、森から聞こえてくるヨダカの声を聞きながら作業を進めていた。
スマホで色々とググりつつ、教科書や資料集からも引用しながら適当に文をまとめていく。
僕は歴史は主に学習漫画で勉強した。だからフランス革命はおおざっぱにしか知らないし、祇園さんが話したドラマチックな部分はほとんど知らない。
でも祇園さんと共通の話題が欲しい。
その思いで、今まであまり興味のなかった分野を必死にまとめていった。
夜の十二時も過ぎる頃、ようやく形になった。まだまだつたない箇所はあるけれど、叩き台としてみんなに見てもらうなら十分だろう。
椅子に背をもたれて大きく伸びをしながら眉間のあたりを指でほぐす。
疲れはしたけれど。
こうやって色々と調べたり書いたりするのは、すごく楽しい。
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