第4話 ハーレム系ラノベ
今日もちらちらと、彼女を目で追ってしまう。
「でさー、昨日の韓ドラ見た?」
「見た見た。主演、マジイケメンじゃない? やばくない?」
「そうそう、マジやば、い」
同じ言葉を使っているのに、グループの中でどことなくトーンが違う祇園さん。やがて話題は人の悪口に移ってゆく。
「隣のクラスの香川、マジうざくない?」
「そーそー、頼んでもないのに話長いっていうか、空気読めてないよねー」
「……」
ギャル二人の会話を笑顔で聞き、頷きを返すが急に口数が少なくなる。さらに悪口でヒートアップする中、眉根を寄せて苦笑いだけを返していた。
本心から楽しめていないのか、笑顔がいつも張り付けたように見える。僕の考えすぎだろうか。他の女子に気にする様子はない。
いや、気のせいなはずはない。陽キャは陽キャの空気には敏感だが陰キャの空気には鈍感だ。
思索、妄想、忍耐。そんな感情に敏感な陰キャの僕には読める。
そのまま廊下の様子をぼーっと眺めている振りをして彼女たちを観察する。話題はドラマ、流行りのスイーツ、ファッションへとめまぐるしく変化していった。
どんな話題でも祇園さんはぱっと見は嫌な顔一つしない。場の雰囲気に合わせ、二人が笑う時は笑って怒る時は怒る。
「祇園、ノリいーね」
「そーそー、空気読むの上手いっていうか」
ペンキを塗って砂粒を張り付けたかのような爪を見せびらかしながら、ギャルの一人が祇園さんの首に手を回す。
ああいった人種は目が合っても怖いが、会話を聞いているだけでも怖い。いつ地雷を踏まれて痛みを感じるかわからない。
陽キャやリア充にとっては何のこともない一言が、陰キャにとっては胸をえぐるような痛みを伴うこともある。
学校。修学旅行。体育祭。告白。受験。
青春の一ページであるはずのそれらが、人によっては震えるようなトラウマにもなる。
だが決して配慮しない。盛り上がっている時に嫌な顔をする人がいても、大体スル―される。
空気を読まないのか、無視しているのか。
陽キャが空気を読むのに長けているというのは、ごく一面でしかない。
そうしているうちに祇園さんと談笑しているギャルたちと目が合った。手鏡と幅の広い爪切りのようなものでまつげの手入れをしていたが、僕の視線に気がつくと手を止めた。
何見てんだよ、この陰キャが。
何て名前だっけー、覚えてないわー、
口以上に物を言うのは、目。僕を蔑むようなギャル二人の視線に顔を俯かせながら視線を机の上に落とす。
そのまま僕は学校では使わないノートを取り出し、授業の準備以外に、もう一つの準備をする。
本当は家でやってくる方が良いのだけど、
それに見られた所でまず気付かれない。頭悪いと思われるくらいだろう。
休み時間、トイレで用を足した後に鏡の中の自分がふと気になる。
隣と見比べて思わず前髪に手をやった。
僕はくせっ毛ですぐに髪がはねてしまう。特に前髪が変な形になりやすい。
多少気にした時期もあったけれど、すぐに諦めてしまった。努力が煩わしかったし、何より見てほしいと思える相手がいなかった。
なのに僕は数年ぶりに、水で手を濡らして髪を軽く整えた。濡れて光った毛先は先が針のように尖り、さっきまでのもっさりとした形より少しだけ、ほんの少しだけ見られたものになる。思わず鏡の中の自分を褒めてあげたくなる。
思わず苦笑してしまった。ゆとりのなかったころは、髪形なんてどうでもよかったのに。
心にゆとりと気になる人ができると、自然と身だしなみが気になるらしい。
今度整髪料でも買ってみるかと、僕は柄にもなく思った。
さらに気になる人ができると、彼女のちょっとした仕草が気にかかる。
授業中でも休み時間でも気が付くと目で追っている。でも目が合うと恥ずかしくてそら
してしまったり、逆に嬉しくてほんの少しだけ見つめてしまったりする。
でも目で追うだけじゃ、駄目だよね。
勇気を振り絞り、何度もシュミレーションして、それでもチャンスを幾度となく逃して。
今日、やっと声が出せた。
「えーと。祇園、さん?」
次の移動教室の前。話したことがないから名前がわからない、という感じの声で話かけた。
どもらずに話せたのは奇跡だろう。
彼女の周りにいる陽キャギャルの波が途切れた一瞬を見計らった。
「なに、西戸崎くん?」
僕の顔を見てすぐに名前が出てくる、そんなことにいちいち感動しながら言葉を続けた。
「次の移動教室、理科準備室か化学室か、どっちだったかな……」
「理科準備室の方だよ」
彼女はそれだけ言って、教科書とノートを小脇に出ていった。
たった二言の会話。盛り上がりも盛り下がりもしなかった。
でもそれでも。気になっている相手と普通に会話ができたことが、跳び上がるくらいに嬉しかった。
それからも似たようなことを繰り返した。
移動教室、プリントの配布、行事の確認など。三回に一回くらいは祇園さんに聞いて、会話の機会を作っていった。
用事が遊びでなく学校行事なのが陰キャの辛いところだ。それでも。
「次は体育館。シューズ忘れてない?」
「今度配るプリント、これ。重いから気をつけて」
一言で終わっていた会話が、徐々に続くようになってくる。
「生徒会選挙の立候補者募集かあ。西戸崎くん、立候補してみたら?」
「僕はそういう柄じゃないし……」
「そう? 誠実そうだし、悪くないかもよ?」
祇園さんが口元に手を当て、軽く笑う。
始めは祇園さんの言うことをいちいち真に受けてしまって、そのたびにテンパって。でも会話を繰り返すうちに、冗談か本気かをつかめてくる。
何気ない会話でも笑ってくれる時、すごくうれしかった。笑顔で会話を終えると、なんだか祇園さんも僕に興味を持ってくれた気がした。
でも逆に。会話がうまく行かなかった時は嫌われたのかな、何がよくなかったんだろう。
そう考えて不安でたまらなくなる。
それに、初めは話せるだけで満足だったのに、もっと欲が出てくる。お近づきになりたい、一緒に遊びに行ってみたい。
でもそこから先に進めなくなった。
接点を作ろうにも互いに帰宅部だし、祇園さんがどこに住んでいるかもわからない。
友達から情報を集めようにも、僕は高一の時に友達を作ろうともしなかった。そんな余裕がなかったというのは、言い訳だ。
連絡先の交換すらできない状態で、デートになんて誘えるわけない。近頃はそればかり考えて、肝心なことに手がつかない時さえある。
嗚呼。
恋愛とは片想いですらこんなにも煩わしく、心をかきみだされるものだったのか。
恋愛なんて面倒くさいだけのものなのか。
久しぶりに買ったハーレム系のラノベを、その夜は一気読みした。
その翌日。
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