第3話 現実の恋愛は理解できない

 この宮若町では、マンションより一戸建てが多く、庭も広い。庭木からの落ち葉が道路に舞い、実を付けた果樹をもぐ人の姿があちらこちらに見える。

 通りを外れるとすぐ舗装されていない道路に入り、木々が生い茂る里山に入る。

 この宮若町は山に沿って細長く平地が広がっている。

 子供が歩くよりゆっくり動く、農業用機械とすれ違う。車上の三隈さんが手を振ってきたので、僕も振り返した。

 

 この小さな田舎町ではほとんどが顔見知りで、子供のころから勝手知ったる仲だ。

 それが治安の良さに貢献している面もあるが、困ったこともある。その好例を何度か目にして、ここまで育ってきた。


 ふといつもと違う道を通りたいと感じ、脇道にそれて歩を進めていく。

 畑の片隅に家が点在する一角を通り過ぎ、狭いけれどよく整備されている道に入った。


 車一台がやっと通れるほどの舗装された道で、脇には背の高い銀杏の木が植えられていた。トランプのハートとダイヤを組み合わせたような形の葉が、ひらひらと舞う。


 そのまま道なりに行くと、遠目に鳥居が見えた。

 朱塗りの鳥居をくぐり、長い石造りの階段を上る。


 校舎の一階から三階くらいまでありそうなこの長さのせいか、僕以外の人は誰もいなかった。犬の散歩やジョギングを楽しむおじいちゃんおばあちゃんもいない。


 はっきりいってきつい。

 太腿がパンパンに張ってくるし、汗の滴が珠のように首筋をしたたり落ちる。

 疲労のあまり足を止めた。ここに来たことを後悔しながら、必死に息を整えていく。


 でもふと顔を上げると、世界が一変していた。

霰のように降り注ぐ落ち葉、黄金の粒を散りばめるように木々に降り注ぐ日差し。

 階段を上から見下ろすと、苔むした緑色の階段に木の葉の影がさざめいていた。


「綺麗だ……」


 心の底からそう思えたのは、いつぶりだろう。

 気が付くと僕は、階段をさらに上へと昇り始めていた。


 階段が終わった先にあるもう一つの鳥居をくぐる。すると、山をくりぬいたように平坦な場所があり、まばらに草と苔のはえた境内が広がっていた。

 周囲を守るかのような常緑樹に囲まれた境内は、木の葉越しの日光が柔らかく降り注いでいる。社務所と、手を洗う手水屋のほかは本当に何もない。


 僕は足を引きずるようにしながら、通学鞄を下ろしつつ適当なベンチに腰かけた。

 先日の雨で帯びた湿り気が、ズボン越しに下着まで染みてきた。


 ベンチと言っても背もたれのついた材木やプラスチック製のものじゃない。山から切り倒してきた丸太をベンチ程度の長さに切って、そのまま横倒しにしただけのものだ。

 通学鞄から取り出した、もう一冊の文庫本。

 

 大型書店の硬派なブックカバーの裏にあるのは、萌え絵が表紙から数ページにわたって描かれ、会話のような文章で全体が構成された本。通称、ラノベ。

 純文学ばかり読むわけじゃない。


 ここなら誰もいないから、気にせずにラノベを堪能できる。

 一度かっこつけてファミレスでコーヒーを注文し、文庫本を広げてみたことがある。けどすぐにリア充が僕の隣の席に来て、野生の獣の群れのごとく騒ぎ始めたので五分で出た。


 ここならリア充の叫び声の代わりに、風が樹木を打ちならす。自然の織り成す静謐を堪能しながらページをめくっていく。

 読み進めながら、自分の顔がにやけるのが良くわかる。


 疑似体験できる恋愛。自分自身を作中の人物に投影して、出会って数日のうちにデートしたり手をつないだり、胸ドキなシーンを楽しむ気になれる。

 現実の恋愛ではこうはいかない。おしゃれして、デートの日取りを決めて、ラインで頻繁に連絡を取って、でも振られることの方が多い。


 ラノベを買うのは数百円で済むけれど、現実の恋愛はデート一つで数千円かかる。それがネックだ。


 お金って大事だし。

 箒で境内を掃く音が聞こえてくる。邪魔にならないよう、僕はそっとこの場を離れた。



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