第2話 陽キャは理解できない
気になっている子がいる。同じクラスの祇園さんだ。
艶やかな髪もつぶらな瞳も黒真珠のように艶やかで、しわが綺麗に伸ばされた制服を折り目正しく着こなす姿にはどことなく気品がある。頭の後ろに結んだ大きめの白いリボンが黒の中で綺麗なアクセントになっていた。
やっぱり女子は和風チックな感じが良い。
和服を着て綺麗に正座する姿なんかがすごくそそる。
着物は露出が少ないと思われがちだけど、腰を下ろすときにお尻の形が強調されてそこに女性を感じると三島由紀夫の小説にもあった。
二次元でも着物女子は腰回りのしわの寄り具合がすごくいい。萌える。
僕がピクシブに登録してある絵も、着物とか桜とか袴女子のものばっかりだ。
「祇園の髪綺麗だよねー」
「うんうん、マジで憧れるわー」
「ヤバいヤバい」
校則ぎりぎりまで染めた髪の中で、黒い点の様に目立つ祇園さんの髪。
彼女はなぜか、ギャルっぽい女子が多いグループに所属している。メイクの方向性が違い、はたから見れば異質に見えるときもある。
だけどハブられることなく受け入れられているあたりが彼女のコミュ力か、同じグループのメンバーが意外と懐が深いのか。
彼女の周りには常に人がいて、笑顔がある。可愛くて愛想がいいから人受けがよくて、彼女が教室の中で一人でいるのを滅多に見たことがない。
それなのにふとした拍子に。人生つまらなさそうという感じが垣間見える。
おとなしそうな外見なのに社交的で、でも時々哲人のような目をして。そんなミステリアスな部分が気になって、気が付けば片思いしていた。
「祇園~、またぼーっとしてる」
「あ、ごめんね」
今も会話の最中なのに、会話の反応が遅れて窓の外を眺めていた。
空と森と畑しかない窓の外に何か珍しいものがあるわけでもない。
恋煩いかもしれないと、気になり始めた時は思ったけど。どうやら今付き合っている男子はいないらしい。
グループでの会話からもそれは察せられるし、彼女が男子と話すのをあまり見ない。せいぜいが事務的な会話だ。
たまに親しげに話しかけてくる男子はいるけれど、すぐに会話を打ち切ってしまう。
祇園さんは申し訳なさそうな顔をして、近くにいる女子グループとの会話に移るのだ。
それなら僕にもチャンスがあるかもしれない。
そんな風に考えていると、祇園さんとそのグループの方に視線が固定されていた。ふと突き刺すような強い視線を感じ、慌てて目をそらす。
やっぱりギャルっぽい子は怖い。女子でも怖い。大和撫子最高。
僕はさっと目を反らして体を大きく折り曲げ、通学鞄から文庫本を取り出す。
ラノベじゃない。
教室でラノベを読むのは、ブックカバーをつけていても気が引ける 。
読むのは太宰治だ。
純文学の中ではラノベに近い感じがして、けっこう読みやすい。
教科書にもある「走れメロス」から入り、興味半分で他の作品にも手を出した。
短編が多いから暇潰しにでも読みやすいし、「犬畜談」などギャグ満載の作品などもある。
『私は犬については自信がある。いつか必ず喰いつかれるだろういう自信である』この出だしは結構笑えた。
今では僕の部屋の本棚の一角を、特徴的な真っ黒な背表紙で占拠している。
これなら教室で読んでいても、イジりやいじめの対象になりにくい。
というより、挿し絵のない真っ黒な表紙の本など余程の本好きかインテリでもなければ関心を持たないだろう。
事実、教室の関心の大部分はスマホゲームと動画とファッション。
教室の片隅、一人で本を読んでいる僕に関心を持つ人なんて誰もいない。
僕の回りにはエヴァの atフィールドでもあるかのように、見えない壁が出来ていた。
せいせいする気持ちはあるけれど、寂しくもある。
本ばかり読んではいるけれど彼女が欲しくないわけじゃない、むしろ恋に恋する年頃だ。
でも恋というものを意識し始めた頃は、彼氏彼女ができたと騒ぐのはほぼチャラ男やギャルで。
そういうタイプが苦手だから。
コイバナになって、からかわれるのが嫌だから。イジられたくなかったから。
恋愛なんて興味がないって顔をして。そういった人間とも距離を置いて過ごしてきた。
結果、周囲が恋愛経験値を積み異性との話し方を学ぶ間、付き合い方を全く知らずに高校二年の春を迎えた。
別に悔しくなんてないけどね。それどころじゃなかったし……
彼女が欲しいと思い始めて以来、クラスのリア充の会話や振る舞いをよく観察するようになった。
リア充は始めて話す相手にもはっきりと、相手の目を見て響きのいいトーンで話しかける。僕とは大違いだ。
すぐに仲良くなり、打ち解ける感じがする。正直今日初めて会話をする相手同士とは思えないくらいだ。
引き際も上手い。相手の顔色や空気の変化を素早く察し、地雷を踏んだと思ったらすぐに話題を変えるか、声の調子を変えて場を仕切り直す。
だがあれは、リア充同士、コミュ強同士だから成り立つものだろう。
実際僕がリア充に目を見られ、大きめの声で話しかけられるとすくんでしまう。
相手もそれを察すると、僕との会話を早々に打ち切り「必要時に話すだけの相手」と位置付ける。
一応コミュニケーションアプリの連絡先の交換くらいは持ちかけてくるけど、ほぼ会話なく、連絡先だけがまた一つ、増えるだけ。
放課後、カビ臭い本と空調の臭いが充満した図書館を訪れた。
本がいっぱいあるし、近頃はラノベ・大衆文学・純文学・学習漫画・科学やスポーツの雑誌と幅広くそろえてある。
無料で暇つぶしも勉強もできるから、良くここに来る。
純文学の棚から一冊の本を取り出し、設置されている机に腰掛けてページを開いた。
高校になって純文学にも手を出し始め、わかったことがある。
純文学は意外とエロい。特に三島由紀夫とかは直接的な描写に近いし、太宰治は婉曲表現が逆にエロイ。
挿絵が一切ないのも、かえって妄想を誘う。脳内でラノベ風のイラストに置き換えるのもまた乙なものだ。
背筋を伸ばし、肘を伸ばして机に立てた本と向き合うようにして読んでいる少女が目に留まった。
ここではなぜか、祇園さんをよく見かける。
教室でワイワイやるグルーブと、図書館でおとなしそうにしているグループとは交流が少ないから初め見た時彼女だと一瞬思えなかった。
でも後ろからでもわかる彼女の特徴的な鴉の羽色の黒髪と、大きな白いリボンですぐそれとわかった。
一人で本を読んでいるときだけ、生き生きとした表情を見せている。
物語の進行にあわせてか、彼女の表情は笑いを押し殺したり、涙ぐんだり、怒りだしたりと目まぐるしく変わる。
そんなに一人が楽しいなら、なんで友達なんかと一緒にいるんだろう。
そんな疑問を心に抱いていると、向かいの席に座っていた僕たちは本越しに目が合った。
「……」
会話はない。図書室だし、そもそも普段から話すような間柄じゃない。
でも彼女はすぐに目をそらすことも嫌そうな顔をすることもなかった。
それだけで、胸に甘い疼きが広がっていく。
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