7

 「……立てるか?」

 あまりの出来事に呆けていたようで、耕輔の気づかないうちに言海が目の前まで来て手を伸ばしていた。

 いつの間にか膝をついていたようだ。

 大人しく言海の手を取り、耕輔は立ち上がった。

 立ち上がった耕輔を見て、「うむ」と満足したように首を縦に振ってから言海は振り返った。

 「さて、残るはお前だけだ。『組織』の術者」

 先ほどまで化け物の居た辺りに立ち呆けていたフードを深くかぶった術者がビクリと肩を揺らした。

 「私が考えていたよりも幾分か遅くに耕輔の能力に目を付けたようだが、今日これからこれ以上やるのか?」

 「ん?」と言海が何でもないように問うが、術者は意識を失ったように動かない。

 「やるのであれば当然私が相手をしてやろう」

 琴占言海は妖しく微笑む。

 「なに、私の大切な『日常』に抵触しないのであれば君にも一毛程度の勝ち目はあるかもしれんぞ」

 一旦言葉を置き、言海が一歩術者に近づいた。

 「尤も『日常』を脅かすようであれば、先ほどの化け物と同じ運命を容易く辿ることになるが、な」

 言海の感情は平坦であるように思えたが、術者の背中にドッと冷や汗が浮かび、体の震えが止まらなくなった。

 術者の反応を見た言海はごく小さくため息を吐き、術者に向けて手を払うようなジェスチャーをした。

 「散れ」

 短く言海が告げると、体を一度大きくビクンと揺らした後、術者は素早くFPを練り、やがて夜闇に溶けるように姿を消した。


 術者が消えたのを確認して、言海は耕輔の方へ再度振り返った。

 「吃驚……はしなかったな。お前の事だ、いつかこうなるだろうとは予想していたよ」

 言海は苦笑いしたが、耕輔は喉が動かなかった。

 「さて、今日はもう遅い。気になることはあるだろうが、それは週明けにするといい。疲れたろう? 耕輔のお母さんも家で待っているだろう、帰って休もう」

 そういって言海は周囲を見回した後、近くに倒れていた赤崎の方へ近寄った。

 言海は自分より身長が高く、体重も二倍弱あるはずの赤崎の体を難なくヒョイと持ち上げ肩に担いだ。

 「赤崎先輩の身柄は、悪いが私が預からせてもらうぞ。責任をもって『協会』へ運んでいくよ。それから、疲れているところ悪いが聖花ちゃんの方はお前が運んでやってくれ。どうも私はその子に好かれていないしな」

 苦笑を挟み、「それでは」と言葉を切って言海が両足にグッと力込めたところで

 「ちょ、ちょっと待ってくれ言海」

 耕輔はやっとなんとか言葉を絞り出せた。

 言海も動作を中断し、耕輔の方へ顔を向けた。

 「……お前は何者なんだ?」

 耕輔は絞り出した疑問を真剣な表情で言海に向けた。

 言海は一瞬面を食らったような表情をしたが、すぐに小さく笑い

 「宇野耕輔と風島清景の幼馴染さ」

 そう告げると、今度は止まることなくヒュンという甲高い風切り音だけを残して姿を消した。



 「……お……兄ちゃん?」

 「あ……聖花」

 しばらく耕輔が呆けていると近くに倒れていた聖花が起き上がったようだった。

 「……あれ? 敵は……?」

 「全部終わったよ」

 キョロキョロと辺りを見回す聖花にそう告げて、耕輔はしゃがんで聖花に背中を示した。

 聖花はそれに逆らわずに耕輔の背中に全身を預け、脱力した。

 耕輔は聖花をおんぶして立ち上がる。

 「……俺たちも帰ろうか」

 整理の着かない疑問が頭を駆け巡り続けていたが、耕輔は一旦それらを置いて家路につくことにした。

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