第三章 世界最強女子高校生能力者 琴占言海の境界戦線 【琴占言海 高校二年 秋】

1

 夜を駆る。

 辺りに広がる夜闇を切り裂くように、道路を、公園を、或いは民家の屋根、或いはビルの壁や屋上を。

 器用に人目を避け、気づかれないように繊細に、そしてその上で決してスピードを緩めることもなく迅速に。

 常人を逸したスピードと動きを見せているのは、高校指定の制服に身を包んだ女子高生であった。

 長い黒髪をたなびかせ、整った顔立ちの中で目線が次の挙動を予測するように素早く移動する。

 その少女はまさしく、可憐な美少女と呼ぶにふさわしい容姿を持っていた。

 彼女の名前は琴占言海。

 業界にその名を轟かせる世界最強の能力者である。


 やがて、夜を駆け抜けた少女はその双眸に目的の『モノ』を捉えた。

 彼女が捉えた『モノ』は空間自体に空いた黒い穴とひび割れ、そしてそこから這い出すように、滲みだすように出現している黒いバケモノであった。

 ふと、彼女の、琴占言海の口元に笑みが浮かんだ。

 それは不敵で、けれども慈悲を感じるような不思議な笑みであった。

 バケモノも急速に接近してくる彼女をなんらかの知覚によって捉えていた。

 顔にあたる部分が言海の方を向いた。

 言海はその動きを確認しつつ、最後の足場――七階建てのマンションの屋上をダッ!!と強く蹴りつけ、百メートル超にも及ぶ今日一番の跳躍をみせ一直線にバケモノへ向かっていく。

 バケモノが言海を迎え撃つように大きく口を開けた。

 地球の動物のどれともつかない不気味な雄叫びをあげる。

 ――その一瞬手前。

 言海は空中で右の拳を強く握りしめ、力を込めた。

 一瞬にして拳に向かって閃光が収束し、直後収束した光が崩壊したかのように黒い光に変わる。

 刹那の時間の中で言海は落下に伴う加速を続け、滑り込むように黒いバケモノに向かい、交差する。

 瞬間、力を込めた拳を振りおろした。


 遅れて響いたズドンという鈍い音ののちには、もう黒いバケモノは消え去っていた。

 空間の裂け目も空間の裂け目から這い出る黒いバケモノも存在せず、そこにあるのは夜の静寂という『日常』であった。

 難なく着地していた言海は立ち上がり、制服を軽く手で払って、何もなかったかのように歩き出す。



 「もしもし、琴占です。今終わりました」

 『はいはい、さっすが言海ちゃん仕事が早いねぇ。頼んでから一〇分も経ってないよ。……っとぉ、はい、今確認しました。お疲れ様』

 「真緒さんもお疲れ様です」

 『いやいや、私は言海ちゃんにあれこれ情報を伝えてるだけの簡単なお仕事ですよ』

 「フフフ、そんなことないですよ。いつもお世話になってます」

 『ありがとう言海ちゃん。しっかし、本当に早いね。今回はフェーズ3だったから一般人や素人、新人なんかからしたら十分に危険なんだけどねぇ』

 「私は一般人でも素人でも新人でもないですから。そんなものです」

 『そうでした、『世界最強の能力者』琴占言海ちゃん』

 「そういうことです。では、また何か問題があれば連絡を下さい。すぐに向かいます」

 『はいはーい、次回もお願いね』



 通話が途切れ、スマートフォンをポケットに戻してふぅと一息。

 いつの間にか止まっていた足に気付いて、また歩き出した。

 家路に就く。

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