5
「残りはあんた達だけよ」
静寂を切り裂くように聖花は赤崎とその奥にある巨大な空間亀裂、そしてその横に立っている組織の術者に対してビシッと杖を向けた。
「……何の話だ?」
赤崎が服に付いた砂埃を払いながら肩を竦めた。
「あんたが裏切り者だ、赤崎仁志」
「裏切り者?」
睨んだままキッパリと言い切った聖花に対し、赤崎は首を傾げた。
「おい、聖花。どうしたんだよ」
背後にいた耕輔が宥める様に聖花の肩に手を置いた。
「お兄ちゃんが関わる事件には『組織』の介入が多すぎる。お兄ちゃんの仲間のうちの誰かが『組織』側に繋がっていて、誰かが手引きしている。そして『組織』が事件に介入してくるときお兄ちゃんの側にはアンタが必ずいる。今までも、そして今日も」
「言いがかかりだな、偶々だ」
「言いがかりでも構わないわ。ここでアンタを処理しておけば可能性を一つ消せる」
「聖花っ!!」
耕輔が聖花の肩に置いた手に力を込めるが、聖花は微動だにしない。
変わらずに赤崎を睨みつけていた。
聖花の瞳に宿る強い意志に対し、赤崎はお手上げだとでも言うように肩を竦めた。
数十秒互いに動かなかったが、やがて赤崎が小さく嗤った。
「……父親の仕事の関係でな、昔から『組織』と繋がりがあったのさ。FP能力も元々その関係で鍛えた」
赤崎は聖花から目を逸らすように後ろへ振り返り、歩き出した。
「やがて宇野耕輔に出会った。宇野は特殊すぎる人間だ。なんせFP値がゼロの人間なんて聞いたことがなかった。だから、俺は研究しようと思った。『宇野耕輔』という人間を」
研究。
『組織』の教義の最も根幹であり、彼らは研究のためであれば世界が滅ぶことすら厭わない。
だからこそ世界秩序の維持を目的とする『協会』とは、決して相容れないのだ。
「ただそれだけさ」
「それだけ……!? それだけのためにお兄ちゃんを危険に晒していたの!?」
「宇野の能力を研究するためには戦闘の中でFPの変化を探る必要があると思った、だからこうして境界に干渉する『組織』の術師が必要だった」
赤崎は空間亀裂の横に立つ術者を指した。
耕輔は状況を掴めず、立ち尽くしていた。
聖花は俯き、血が滲むほど拳を握りしめた。
「……ふざけるな……」
「見ろ、この馬鹿でかい空間亀裂を。これが研究の成果だ」
成果物を披露し、赤崎は嗤う。
「宇野は広範囲のFPに無意識のうちに干渉して、FP同士の相互干渉を抑制、またはゼロにしている。こっちとあっちの世界の互いのFP干渉に関しても同様に作用している。だから、宇野の近くでこうして境界に細工してやれば簡単に空間亀裂が出現するようになる。」
「……ふざけるなっ」
「この空間亀裂は今まででも最高だ。ここから出現するバケモノは『協会』の基準で言えばフェーズ6には簡単に届くはずだ。フェーズ6以上のバケモノなんて簡単に相手できるのはいくら『協会』といえども『五天』なんて呼ばれてる連中ぐらいだろう」
「ふざけるなっ!!」
限界だった。
赤崎の言葉を遮るように聖花が怒号とともに飛び出した。
杖を握りしめ、魔法陣を展開させる。
「『ウェントゥ』!!」
呪文を唱えると魔法陣が煌めき、風が聖花を包んだ。
速度の上がった聖花は一瞬で赤崎との間合いを詰め切り、さらに魔法陣を展開させた。
「『グレィドゥス』!!」
発動させたのは刃の魔法、杖の先端にFPの刃が現れ、聖花はそれを容赦なく振り下ろした。
赤崎は刃と化した杖を手に持った金属バットで難なく迎撃し、FPの刃を砕ききった。
いとも簡単に魔法を打ち砕かれ聖花は驚愕の表情を浮かべたが、その刹那の隙を赤崎は見逃さず、聖花の腹を思い切り蹴り抜く。
「ぐッ……!!」
小さな呻き声を上げ、聖花は後方へ軽々と弾き飛ばされた。
「聖花……!!」
ようやく動き出した耕輔が聖花のもとへ駆け寄る。
「お兄……ちゃん……あいつを止めて……じゃないと……街が……」
「……!!」
言葉が切れながらも聖花が耕輔に促すと、耕輔は赤崎の方を睨み、間合いを詰めるため走り出す。
だが――
「だが、もう遅い!!」
赤崎がニヤリと笑い、耕輔が間合いを詰め切るより早く宙に向かってFPを大量に込めた金属バットを振り下ろした。
数瞬遅れてガラスが割れるような不快な音が大音量で周囲に響き渡り始める。
赤崎の背後にあった巨大な空間亀裂が完全に開く音である。
FPが大気を揺らす。
息が詰まるほどに重苦しい禍々しいFPがあふれ出し、ズルリと巨大な黒い化け物が空間亀裂から姿を現した。
「――――ォォォォォォォォオオオオオオ!!」
バケモノは大きく口を開け、地球の動物のどれともつかない不気味な雄叫びを叫びあげた。
それだけで周囲の生物を気絶させるほどのプレッシャーを放っていた。
「ハ、ハハハハハハハ!! これがお前の能力の結晶だよ、宇野!!」
嗤う赤崎の額にも大粒の冷や汗が浮かんでいた。
赤崎にこれ以上の目的はなかった。
宇野耕輔の能力を利用しどれだけの化け物が呼び出せるのか、その研究だけが目的だからだ。
だが、結果この街が、またはこの世界が滅びようと構いはしないのだ。
集中が切れていたのか赤崎は耕輔が間合いを詰め切ったことに気づいていなかった。
耕輔は渾身の力を込めて、赤崎をぶん殴った。
ゴッ!!という鈍い音が響き、赤崎はあっさりと地面に倒れた。
耕輔はそのまま力を抜かずに、これから相手にしなければならない今まで見たことのないほど巨大な化け物を見上げた。
見上げた瞬間、耕輔の全身が緊急のアラートを告げるような感覚が走った。
その直感に逆らわず、足元に倒れた赤崎を拾い上げて全力で走り出す。
辺り全体のFPが吸い込まれるような低いFP振動、化け物の口を中心に黒い光の粒子が集まりだす。
そしてバケモノの口がガパリと開き……――瞬間、音が消えた。
直後に轟音。
先刻の聖花の爆発魔法では比べ物にならないほどの轟音と振動が先ほどまで耕輔が立っていた個所を中心に襲い掛かった。
「グゥッ!!」
耕輔は間一髪で直撃は避けたものの衝撃で赤崎ごと数メートル弾き飛ばされ、地面を数回バウンドした。
全身にダメージが渡る。
骨折などのダメージはないものの、視界が揺れ、息一つ吐くたびに鈍い痛みが全身に駆け巡った。
が、耕輔はそれでも立ち上がる。
誰かが止めなくてはならない。
周囲を見回せば気絶している赤崎と聖花が近くにいることが分かったが、武器になりそうなものは何一つなかった。
焦りながらも化け物を見上げる。
「おいおいおいおいっ……嘘だろ……!?」
明らかに耕輔に照準を合わせて二発目の攻撃態勢に入っていた。
辺り全体のFPが吸い込まれるような低いFP振動が始まる。
耕輔は逃げるわけにはいかない。
何故なら近くには聖花と赤崎がいて、自分だけ逃げれば彼らが直撃を食らうことになる。
今のダメージでは二人を抱えて逃げることなど不可能。
化け物の口を中心に黒い光の粒子が集まりだす。
耕輔は覚悟を決め、拳に力を込めた。
信じられるもので残っているものがあるとすれば、耕輔自身の不思議な能力だけだ。
耕輔は化け物を精一杯睨みつける。
その視界の端に一筋の流星が見えた。
(……今日は天気がいいなぁ)
化け物の口がガパリと開き、そして――――
――否、それは流星ではなかった。
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