7
いつも通り言海を後ろに乗せて俺は自転車を漕ぎ出した。
いつも通り校門を抜け、道路に出る。
いつもと変わらない、いつも通りの光景。
しかし、一つだけ普段とは違った。
沈黙。
既に学校を出て数分が経っているのに、会話がない。
「…………」
「…………」
幸いながら気まずい沈黙ということはない。
だからこそ、俺はその沈黙に身を委ねてみた。
街の雑音と車輪の回転音だけが耳に響いた。
「昨日……」
河川敷へ差し掛かったところで言海はあっさりと沈黙を破った。
俺は「昨日」に続く言葉を予想しながらも、言海の言葉に耳を傾ける。
「昨日の放課後、耕輔に呼び出されてな……。告白されたんだ」
それだけ言って、言海は俺の反応を待つように再び口を閉じた。
俺と言海の間にはまた沈黙が生まれる。
河川敷で遊ぶ小学生たちの声が遠くに聞こえる。
言海はそれ以上口を開かない。
沈黙の間に俺はどう反応すべきか、色々考えた末――
「――知ってる」
素直に返した。
「お前が耕輔に告白された事も、その耕輔を振った事も。 知ってる」
俺が答えると、言海はゆっくりと俺の腰に手を回し、俺を軽く抱きしめた。
「ふふ……。そうか、知っていたか」
どこから来る笑いなのか、言海は笑った。
俺は背中に密着している言海を気にしないように、ただ前を向いて自転車を進める。
日の傾きはまだ浅く、河川敷を明るく照らしている。
夏が過ぎ、暑さの引いた涼やかな風が街を抜けていく。
夏よりも遠くなった青空には薄く伸びた白い雲が浮いていた。
「なんで断ったんだ?」
今度は俺が沈黙を破った。
「うん?」
「耕輔の告白だよ」
理由なんかとっくにわかっている――
「俺とアイツじゃ違い過ぎるだろ? アイツの方が数学も運動も出来るし、何より顔がいいだろ」
わかっているが、それでも俺は――――
「フフフ、数学は関係ないだろう」
言海が笑う。
その振動が背中越しに伝わってくる。
「というより、まぁ、全部関係がないな」
言海が俺を抱きしめる力を少しだけ強くした。
「――だって、私が好きになってしまったのはキヨだ」
恥ずかしげも無く言海は言い切った。
「気付けば……。 というヤツさ、仕方ないだろう?」
言海は自信満々に口角を上げているだろう。
後ろを見なくても容易に想像できる。
言海のコレは告白ではない。
俺達の関係は、少なくとも今は、そんな関係じゃない。
それに俺達はそんな関係を、少なくとも今は、望んじゃいないのだ。
だからこそ――
「……そうか」
軽いため息を吐いた後、話題を流すように俺は相槌を打った。
俺と言海は、しばらくはこのままの関係なのだと思う。
俺と言海の変化のないこの関係は、勇気を出して告白した耕輔に悪いとは思う。
悪いと思いはするが、俺も言海も別にそういう関係になりたいのとは少し違う気がするのだ。
少なくとも今は。
だから、唐突に良い方向にも悪い方向にも転ぶかもしれないこの関係で、昔から変わらないこの関係で、俺達は少しずつ大人になっていくのだろう。
しばらくは、この青い生活を続けて――――
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