5
俺は自転車を軽快に走らせて、高丘公園へと向かった。
高丘公園は家から自転車で五分程の所にある、文字通り少し高い丘の上に作られた公園で、小学生の頃はいつも三人で遊びに行っていた。俺達にとって思い出の場所である。
懐かしさに思わず少し笑みがこぼれた。
自転車が登り坂に差し掛かる。
重くなったペダルを踏みこみ、ゆっくりと坂を登っていく。
この坂を登りきれば公園がある。
坂を登りきり、たどり着いた公園の適当な場所に自転車を止めた。
それなりの大きさの公園なので、手っ取り早く呼び出してもいいのだが、なんだかそんな気分にはなれず、歩いて幼なじみを探すことにした。
入り口の近くにある池のそばを通る。水飲み場と公衆トイレの横も通り過ぎる。
更に公園の奥、砂場やすべり台などの遊び場があるエリアにたどり着いた。
幼なじみはそこにいた。
独り、ブランコに座り、元気なく揺らしていた。
「よう、お前はリストラされたサラリーマンかよ」
気紛れに冗談を言いながら、後ろから声を掛ける。
「あぁー……心境的には多少近いのかなぁ」
振り返った幼なじみ――
いつもとは違い、力の入っていない笑顔だった。
少しだけ目元も赤くなってみえた。
泣いていた、のだろう。
理由はもちろん分からなかった。
しかし、その様子を見て電話口の声に納得がいった。
「…………」
掛ける言葉が見つからず、黙ったまま立っていると耕輔は隣のブランコを指差した。
「まぁ、とりあえず、座ってくれよ」
促されるまま隣のブランコに座ると耕輔が言葉を続けた。
「……懐かしいよな」
「何がだ?」
「この公園自体が」
「あぁ、懐かしいな」
今座っているブランコも昔はもう少し大きく感じた。近くのすべり台も小さくなった気がしてしまう。
俺たちはまだ高校生でしかないが、それでも小学生の時からは時が経ってしまった。
「ホントによく三人で遊んだよな」
この公園には思い出が沢山ある。
どこを見ても記憶が蘇る。
「かくれんぼでキヨと言海のどっちも見つからなくて泣いたのが何回もあったなぁ……」
耕輔が苦笑した。
「それはお前が探すのがヘタクソだからだ」
「ハハハ、いやお前らが隠れるのうますぎんだよ」
思い出話に二人で笑い合う。
笑い合った後、耕輔は黙って空を見上げた。
しばらくの間、沈黙が流れる。
おそらく、今日呼び出された本題に入るのだろう。
耕輔の様子からしておそらく軽い話ではない。
俺にできることは耕輔が口を開くのを待つことだけ。
「……今日さ……」
覚悟を決めたのか、耕輔が話しだした。
俺は耕輔の方へ顔を向ける。
視線は返ってこない。
耕輔は空を見上げたままだった。
「……俺、言海に告白したんだ」
今日二人が教室に居なかった理由がわかり、スッキリした。
しかし、それだけ。衝撃は感じなかった。
耕輔が言海をどう想っているのかは知っていたし、言海が耕輔をどんな風に想っているのかもよく知っているつもりだ。
だから、きっと俺はその結末も知っている。
「――振られたよ、俺には親友以上の感情はないって」
空を見上げたままの耕輔の声は、少し震えていた。
「…………」
「……アイツは、お前が好きだってさ」
耕輔が空を見上げていた顔をこちらに向けた。真剣な表情が俺を見つめる。
耕輔の言った『ソレ』も俺は知っている。
耕輔に代わるように今度は俺が空を見上げた。
言海の好意は昔から知っている。
自分が言海をどう想っているのかも、昔からその答えは変わらない。
「…………」
それでも俺は、耕輔に対して沈黙することしかできなかった。
耕輔には申し訳ないと思うが、それでも俺は――――
「……いいよ、別にキヨの返事が欲しかったワケじゃないんだ」
俺が返事を出来ないことを、耕輔もきっと知っていた。
だから耕輔は沈黙を破り、口を開いた。
「ただ、自分の中で整理したかったんだ。悪かったな、こんな夜中に急に呼び出して」
「……別に構わないさ」
俺が顔を耕輔に向けると耕輔は笑っていた。
耕輔がブランコを漕ぎ出す。
「キヨ、ありがとな。 諦め、はつかないかもしれないけど、お前に話したおかげでひとまず整理はつけられた」
耕輔を乗せたブランコがどんどん加速していく。
止まったままの俺と耕輔がすれ違う間隔が大きくなっていく。
やがて耕輔は勢いに任せてブランコから飛び降りる。
ブランコを置き去りにして見事に着地。
振り返って、俺を指差した。
「いつかお前を超えてやる」
そんな、二枚目野郎に俺は同じように口角を上げてやる。
「人を指さすなよ。失礼だろ」
「カッコいいシーン台無しにすんな」
どちらともなく笑いだした。
耕輔の乗っていたブランコは未だに揺れている。
再び見上げてみれば、空にはかろうじて星が見えた。
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