ごちそうさま/マッサージ


『へい、お客さんお湯加減はどうですかぁ』


 バスルームに反響する彼女の柔らかな声が耳にこそばゆく届く。うん、お湯加減はちょうどよくて気持ちいいよ。気持ちいいんだけど……。


『んん、どないしたんやぁ?』


 どこかイタリア訛りな関西弁キャラのような喋りと共にバスルーム扉から彼女が顔をひょっこり出してきた。もちろん服を着ている。湯船に浸かってるのは僕だけだから。


『なになにぃ、一緒に入るとでも思ったのかなぁ? イヤ〜、R指定はバンされちゃう可能性がありますからなぁ』


 僕が言えたことじゃないけど、何のことを言ってるんだろう?


『ん〜、一緒に入ってもいいんだけどぉ、やっぱりお風呂はひとりでゆっくり浸かった方が疲れも取れるてもんじゃないの?』


 仕事疲れな僕を気づかっての事だってのはわかるけど、ちょっとガッカリかなぁ。


『こぉらこら、あからさまにガッカリしなさんな。お風呂からあがったらいい事してあげるからぁ』


 いい事と言いますと?


『へへへ、それはもちろんダンナ〜、モミモミですよモミモミィ』


 モミモミ? それは、風呂あがりの


『そう、マッサ〜ジだぁッ。それでは着替えそこに置いておいたから、ゆっくり百まで浸かって出ておいでね〜』


 言って、彼女はバスルームから出ていった。僕は風呂あがりの楽しみが増えたと身体を沈ませて肩を湯船にまでつけ、ゆっくりと身体の疲れを抜くように数をかぞえた。






「へいへいお客さんいらっしゃ〜い」


 風呂から上がるとリビングルームに布団が敷かれており、彼女のマッサージ屋さんが開業していた。


「ほらほら、遠慮せずに横になったなった。まずは背中を向けてゴロンしてねぇ〜」


 特に遠慮をする気は無い。思い切りやってください師匠センセイ。僕はうつ伏せになってマッサージ受け入れ体制を取った。


「ムフフ、ではではやっちゃいますよ〜」


 彼女がなんだか楽しげに指をワキワキと動かしてるのが見えた。


「よ~し、まずは足の裏からいってみようやってみようッ」


 彼女が弾んだ声で容赦なく足裏のくぼみあたりにグーッと力を込めて押してきた。こ、これはッ。


「お、ええか? 湧泉わくせん押されるのがええのんか? ほれほれ次いってみよかぁ」


 何故か妙にオヤジ臭い関西弁チックな喋りで楽しげに親指の爪の生え際を両端からゆっくりとググッと強く押してきて小指の先まで揉みしだかれる。小指にいたっては摘むようにコリコリと圧を掛けて揉まれてしまう。

 放心する間もなく彼女の親指は足の甲に渡り、骨と骨の間を強く搾り取られるように流されてゆく。足首までくると丁寧に指と指の間を同じように押し流してゆく。まるで悪いものを彼女が追い出してくれるようで、痛いと気持ちいいが交互に襲ってきて変な声が出てしまいそうだ。


「ええんやでぇ声出してもぅ、二人きりやでぇ〜♪」


 下から囁く彼女の声がいつもよりも耳にゾワゾワと感じて従いそうになってしまう。僕は抵抗と口元を押さえる。


「お、強情なりねぇ〜、なら遠慮なく鳴かせてみせようホ、トト、ギス〜ッ」



 彼女はもはや躊躇いなしとくるぶしをさわさわと両手で擦りながらふくらはぎの内側を押してきた。骨キワに沿ってまるで秘孔を突くように膝横まで乱打して上がってきた。


「ホホホ、足の反応は正直ですわねぇ」


 彼女は僕の両足にマッサージメニューを叩きこんで満足気に僕の擦りながら囁いてきた。正直、足だけで死ぬほど気持ちいいです。ごめんなさい、ありがとうございました。


「ありがとうございましたぁ〜ん? いやいやまだ足先から膝までしかやってませんぜお客さ〜ん、マッサージはまだまだここから、本番でしょう?」


 太ももをツツツと人差し指でなぞりながら彼女は何処か甘〜い声で僕の耳に囁いてきた。いえ、これ以上はじゅうぶ――


「おっとっと、血海のツボを忘れていた」


 ――ぁッ。彼女は太ももよりの膝横をゆっくりと押し込んできた。こいつは、逃れられそうも無い。僕は彼女のなすがままにマッサージ受けるしか道はないようだ。




「は~い、どうでしたかぁ〜気持ちよかったかなぁ」


 体全体を揉みしだかれて放心状態に彼女は肘から脇までを掌で流し押すマッサージをしながらイタズラな声で聞いてきた。それはもう、言うことは無い。ただ、ちょっと物足りない事が。


「物足りな〜い。キサマ〜ここまでされて何が足りないと申すぅ?」


 いや、なんというか、正しいマッサージとかは関係なく、もっとグイーっと引っ張って欲しい。こう、身体が後ろに反るよう――にィッ!?


「こういう事かあぁッ」


 彼女が背中を両足で踏んづけて僕の両腕を後ろに思い切り引っ張る。背中が恐ろしい音を立ててボキボキと鳴る。あ〜あッ、これこれコレが最高ッ。


「ふぅ、変態かキサマ〜ん〜?」


 彼女のドSに火を付けたか膝裏をグリグリと振動させてくる。あゝァァ――今は変態と言われても構わないです。


「フフ、性のないやつめ〜、でも、あんまりやり過ぎると身体痛めちゃうからもうダメ〜、はぁぃゆっくり背中マッサージに戻りまあす」


 ちょっと残念だけど、優しく背中をマッサージされるのも嬉しい。このまま、眠りに落ちてしまい、そう……だ。


「こ〜らぁ、眠るのはまだ早いてばぁ〜ッ」


 眠りに落ちてしまいそうな僕の背中に拗ねた彼女の声が覆い被さってきた。いや、背中全体がフワッと柔らかくて気持ちいい。これは、抱きついてきてる。これは寝落ちるわけにはいかないな。

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