彼女の秘密
ライフ・イズ・パラダイス
第1話
私には好きな人がいる。名前は知らない。
その人は、時々出会うけれど、これまで話した事はない。
私には幼なじみの圭介と、同じクラスの亘(ワタル)が身近にいる。
どっちが好きか、って?
言わないよ~ 別に恥ずかしいからじゃないよ。
今から、その訳を話すよ。
私にはお父さんが居ない。
お母さんはいる。
でも本当のお母さんじゃない。俗に言う、『継母』って奴?
でも、まあまあ仲は良いよ。もちろん表面的だけど。
私は本心をさらけ出したことはない。多分、親や家族にも。
唯一、この世で心を許してるのは、インコの『コインちゃん』だけ。
コインちゃんって名前はシャレじゃないよ。
毎月毎月お小遣いを貯めたコインで買ったから。
私がもっともっと子供の時、イギリスに住んでいた時、沢山のコインと引き換えに
買ったから。
日本に帰国する事になった時、コインを連れて帰るの大変だったよ。
泣いてわめくから。
元気なんだろうけどね。
でも少し、人間同士の関係性、察して欲しいよね。
「あんまりうるさいと焼いて焼き鳥にしちまうぞ」って、イギリス時代に外で遊んでいる時によく遭遇した、頭のテッペンだけハゲてるいつもお酒臭くて気難しいオジさんにいつもからまれて、子供心にちょっと怖かった。
あっ、話が脱線しちゃった。私、いつもなんだよね。いろんな事が頭に浮かんで考えるより先に言葉が出ちゃう。
そのうち、その話してることに夢中になって、言わなきゃいけなかった事忘れちゃう。
私には名前の知らない好きな人がいて、幼なじみの圭介と、同じクラスの亘のどっちが好きかって話。
実際どっちも好きだよ。
だって、圭介は子供の頃からいつも一緒で、どういう奴か全てわかってるし。
多分、私の人生で始めて手つないだのも、学校からの帰り道、二人きりで帰ったのもアイツが初めてだし。キスされたのも多分圭介が初めてじゃないかな。
幼稚園の時、ほっぺにチューされただけだけど。
その時、びっくりして、怒り出して、泣きだしちゃったんだけど。
でも、心の中はドキドキだった。圭介、男らしく感じた。
そういえば、幼稚園入る前だったかな。
一緒にお風呂入った事もあったっけ。
母親同士が仲良くて、お互いの家、行き来してたし。
そっか~、アタシ初ヌード見られたの人生初はアイツだ。
話してて思い出した。
でも恋愛感情っていうか、付き合ったことはないよ。
もう分かると思うけど。近すぎて。距離が。
家族か兄妹みたいな感じ?
人としては大好きだし。一生友達でいたいと思ってるし。多分そうなると思う。
おじいちゃん、おばあちゃんになっても関係性が絶えることなく、一生縁がある奴だと思う。
圭介よりは亘の方が少し、相手をうかがいながら見てるかな。
亘は転校して来たんだ。中学1年生の時に。
そん時第一印象は暗い奴、と思った。
クラスの皆の前で転入のあいさつを亘がした時、ボソボソ小声で、うつむきながら目を合わさず、言葉を教室の床に向かって垂れ流してた。
眼鏡を掛けていて、ひょろ~とした感じで、もやしっ子って表現がピッタリの男子。私はその時思った。
「この子、こんなに弱そうじゃ、イジメにあわないかなあ」
当時のクラスの男の子たちは、意地悪で陰湿な奴らが多くて。
でも女子の方が活発で正義感が強い女の子たちばかりで、女子の方が男子よりも強かった。その先頭に立ってたのは、実は私なんだけど。
最初の頃は亘のこと、何とも思ってなかった。同じクラスでも話した事なかったし。亘はいつも教室で休み時間、本ばかし読んでた。
ガリ勉秀才タイプの奴か~、多分ママに言われるがままの人生のレール歩いてる奴? そんな目で見てた。
ある朝早い時間、コインと飼い犬のビルドを連れて散歩してた。
遠くからフードを被った男がランニングしてるのが見えた。別に取り立てて強調すべき出来事じゃないけど。相手が、私に一瞥くれてるのが感じ取れた。
眼鏡掛けてなかったからよく分からなかったけど・・・うん?・・・って思った。
アレ? 誰だっけ? 何か面影ある・・・
その日は土曜日だった。
翌週の月曜日、同じクラスの女子と一緒に下校してる時だった。
私の横を疾風が通り過ぎた。
一瞬横目で風の正体を感じとろうと無意識に感覚が働いた。
眼鏡を掛けた制服姿の男子がスッーと音を立てる事もなく瞬く間に過ぎ去った。
後ろ姿で亘と分かった。
友達の優里がつぶやいた。
「アイツ、いつも帰り、走ってる」
一緒に居た未咲が教えてくれた。
「見た目に似合わず、走るの速いよ」
私も同感だった。でも何で走ってる?
この後、デート? 早く自宅に着いて、一秒でも早く受験勉強?
普段なら興味のない奴のことなんか、これっぽっちも気にしないのに何故か気になった。
走り方・・・颯爽としてた・・・口に出して、優里や未咲には言えないけど。
ちょっとだけ胸が、ジュワッ~、となった。
すぐ、シュルシュルシュル⤵ って萎んだけど。
私には好きな人がいる。
最初に言ったよね。圭介じゃないよ。一番心を許せる奴だけどね。
もちろん、亘でもない。何となく気になるけどね。でも異性として意識してるっていうんじゃなく、人として気になる…興味があるっていうのかな。動物好きな人と同じ感覚? 多分そう。いや違うかな。まあ、どっちでもいいよね。
私には好きな人がいる。
その人とは、最初、寝ている時に会った。私からは声が掛けられなかった。
多分、夢の中に出てきた。
夢って、時々、自分が、その夢に出てくるシーンに登場出来なくて、客観的に、ストーリーが進む映像を他人事のように見てるよね。何か、まるで万華鏡を覗いてるみたいに。
その時もそうだった。
一目見て恋した。
その人の近くに行きたい、と思った。
その人に声を掛けたい、と思った。
その人と話がしたい、と思った。
その人の表情をじっと見ていたい、と思った。
その人に見つめられたい、と思った。
その人の素顔を知りたい、と思った。
でも、初対面の時、向こうは私の存在に気付いていなかった。
映画館でスクリーンに流れるストーリーを見ている様に、向こう側の出来事に感じられた。
その人と女の子達が・・・その人の周囲には女子が集まっている。
その中には、優里や未咲もいる。
その人は優里や未咲に満面の笑みを浮かべている。
私の感覚は、視線の行く先で、その人の行動と表情が手に取るように分かるのに、金縛りにあったみたいに思う様に動けず、お地蔵さんの如く腰が重かった。
やがて、その人は女の子達に囲まれながら、私の視界から徐々に離れて行き、段々と姿が小さくなっていった。
姿が見えなくなる寸前、その人の両脇に優里と美咲が寄り添い、左右から自分の腕をその人の腕に巻き付けているのが見えた。
その人を挟み、優里と未咲がその人と腕を絡めている後ろ姿を見て、私はヤキモチを妬いた。その人は私の彼氏ではないけれど。
私は初めて、男の人が・・・その人が欲しい、と思った。夢なのか現実なのか。
夢の中だけれども、夢じゃない。現実がそこで起こってる。
現実が夢の中に入り込んでる。
そう感じた。直感的に。素直に。
私は、今、夢が覚める。と思った。
必死に、目が覚めないよう、全身に力を入れた。体を堅くした。
感覚的にそう想像した。
夢の中と思われる意識の中で、私は微睡み、意識は薄れ、静かに眠りについた。
どれだけの時間眠っていただろう。
カーテンの隙間から窓越しに陽の光が室内に。射し込んでいる。
寝相の悪い私は、通常のごとく、ベッドからずり落ち、床の上に毛布を引き連れ横たわっていた。
髪の毛に触れる感覚と物音を感じ取った。
年老いたビルドが、私の髪を舐め上げていた。
彼はヨボヨボな容貌だが、瞳の奥は子犬時代に較べ優しさに満ちた感情を私に伝えてくれているのが感じ取れた。
陽の光が射す方に気配が感じられた。
コインが様子を窺うように、時折、横顔を私の方に向けながら、私に眼差しを向けてくれている。
少し離れたところに居ても、コインは私の気持ちを推し量ってくれている。
ビルドが私の事を心配してくれている。
コインが私の事を愛してくれている。
その気持ちだけで充分だ。
私は仰向けのまま、ビルドの頭を撫でた。
彼は、体を私の頬に摺り寄せ、その場にしゃがみ、私に合わせて添い寝してくれた。
そして、厳粛な面持ちで、静かに瞼を閉じた。コインの労りの気持ちを感じながら。
私は、ビルドを抱き寄せ、心を落ち着かせながら、ゆっくりと再び眠りについた。
眠りにつく間際、コインのささやかな囀りが、子守歌のように私の眠りを手助けしれくれた。
私は、眠っていた。
傍に気配がする。
眠気眼で感じられた気配の方に意識を傾けた。
誰かいる。
コイン、居るの?
ビルド、起きたの?
私の事を見守ってくれてるの?
ありがとう・・・でも、恥ずかしいよ。
掌が見え、おでこを通り過ぎ、掌は私の頭髪に触れるか触れないかの微妙な手触りで、私の心に癒しと安らぎをもたらした。
私は片手を伸ばし、掌を握った。
ビルドじゃない。
人間の手だ。
しかも、男の人の手、だと思う。
ゆっくりと目を開いた。
陽の光が被さり、顔立ちがよく把握できない。
私は起き上がろうとするが、金縛りにあったように体が思うようにいう事を効かない。
「まだ、動いちゃだめだ」
初めて聞く声だった。
でも、どこか、懐かしい、親しみのある声だった。
「しばらく、ここで、じっとしてるんだ」
そう言う声と共に、私に触れていた掌がスッーと、波が引いていくように、その姿を消した。
声も気配を消してしまい、私の傍には誰もいないと。心に穴が開けられ、広がっていく感覚がジワリジワリと押し寄せ、私は、この場から自分を離れさせたいと思った。
固く眼を瞑り、精一杯な気持ちを込めて、睡魔が訪れ、深い眠りに導いてくれることを切に願った。
微かに、女性の声で笑い声が聞こえる。
笑い声は徐々に声量を増し、嘲笑する雰囲気が感じられ、私は無言のまま、憂鬱な気持ちが身体いっぱいに拡がっていった。
女性達の笑い声が徐々に大きくなる中、右肩を叩かれる感覚が感じられたが、身動きが出来ない程身体がゆう事を効かず、後ろを振り向く事が出来ない。
私の耳元に誰かの口元が寄せられるのが感じられた。
『アンタには渡さないよ』
聞き覚えのある声だった・・・未咲?
そう声に出そうとしても、喉が詰まり声が出ない。
左肩を叩かれる感覚があった。
また身動きできず、後方から後頭部が突き破れるくらい、勢いのある声で叫ばれた。
『譲りなさいよ! アンタ付き合う気ないんでしょ』
優里?
声は出ないが、心の中で叫んだ。
『彼は私達のモノよ』
声を合わせて未咲と優里が発した言葉だった。
すると、いきなり人の手で目隠しされた。
『何を迷っているんだい?』
聞き覚えのある男の声だった。どこか懐かしい声だが、誰なのか分からない。
ただ、以前、夢の中だと思われる現象の中で聞いた声と同じだと思った。
その声の主の素顔が見たい! 会話を交わしたい
出来れば知り合いになりたい。
彼が私を受け止めてくれるなら、親しくなりたい。
彼の笑顔がみたい。
私の事を知って欲しい。
私の事を気に掛けて欲しい。
私は、「貴方は誰?」と声に出したかったが、喉から上に声が届かない。
私の想いは心の中に留まり、思いが私の口元から発せられることはなかった。
私は私の瞼を覆っている彼の手を取って、私の瞳を自由にしたかった。
けれど、私を遮る掌は視界を遮り、徐々に密着を強め、私の目前から完全に光を奪い、私は暗黒の暗闇の中へ浮遊している感覚に囚われ、心と体の細部にわたり全てが静止し、ただ延々と沈黙だけが支配する状況に陥った。
私は長い眠りについた・・・
どれほど眠っていたのだろう。
私は、毛布を被り、ベッドの上に寝ていた。
毛布は寸分の乱れもなく、私の体にピッタリあてはまるように私を覆っていた。
気配が・・・感じられない。
窓の方を見やると、窓の外は、どんよりと曇っていた。
ビルドが、フローリングの床の上で、横向きで腹を見せたまま目を瞑っていた。
コインが窓枠の窓の縁の裾に、目を閉じたまま、横たわっていた。
私は眠気が支配する中、体を動かそうとしたが、思う様に体が動かない。
私は小さく囁く様に、
「ビルド?どうした?起きてる?」
と、つぶやいたが、返事がない。
遠くに声を届ける為、腹式呼吸で、腹の中に声量を溜め込んだ。
そして、叫んだ。
「コイン、まだ、私の元を去らないで。貴方は大人。私はまだまだ未熟者。貴方なしでは生きていけない・・・」
コインに向かって、思いっきり、声を張り上げたが、コインに反応はなかった。
私は、そこから抜け出す事が出来ない。
私は、夢の中をさまよっている。
私の身の回りに、ビルドもコインも見当たらなくなった。
あの出来事があってから。
朝目覚めると、ビルドが微動だにせず、床の上に横たわり、コインの気配が途絶えてしまっている、という事を。
私が好きな人。
彼は多分この世にいない。
そう、コインとビルドが居なくなった日から・・・
私は彼に逢うことが出来なくなった。
コインとビルドはどうしたんだろう?
うん? どうしたかって?
圭介と亘、どっちが好きかって。
う~ん、よく分からないよ。
ところでさ。私の継母って、私、子供の頃から知ってるんだ。
圭介のお母さんなんだよね。
子供の頃、お父さんと圭介のお母さん、デキちゃってさ。
家から、蒸発したんだ。
私の実のママはイギリス人。
パパに逃げられて、母国のイギリスに一緒に帰った。
でも、ママはちょっと精神的におかしくなっちゃって。
気が付いたら、いなくなっちゃった。
この世から・・・多分。
あんまり思い出したくないから記憶があいまいなんだけど。
亘はさあ、今の私の継母の双子の弟だって、後で分かった。
継母が離婚して、父親に引き取られたみたい。
双子の兄の圭介は、継母が引き取って育てたんだよね。
亘のお父さんが死んじゃってさ。
亘、独りぼっちになったから、家の継母が再び引き取ったみたいだね。
私は、ママと逢えなくなって、日本に帰った。
お父さんを頼るしかないし。
お父さんに再会して、継母と過ごす選択しかなくて
そこで、圭介と再会した。
その後だよ、亘が現れたのは。
私、色々大変なんだ。
お年頃だし。思春期の十代だもの。
今、狙われているって事に、日々、ビクビクしてる。
お父さん、女好きだからね。
圭介と亘、私の事好きなのかなあ。
前に、気付いたら、私の横に圭介が寝ていた事もあるし、亘が傍で寝ていた事もある。
その度、継母に泥棒呼ばわりされる。
私、ちょっと変。最近。
心が病んでるみたい。
今って、現実かな。それとも、夢の中?
私の向こう側に、圭介と亘が見える・・・
(了)
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