番外編 リディ視点 ジークベルト・シュナイフォードは嫌われている
「な、なんでもないの……。ジークベルト様には、もう少し待って欲しい、と伝えてもらえると……助かるかなって……」
ようやく会うことができた友人は、顔を真っ赤に染め上げながらそう言った。
恥ずかしくてたまらないらしく、彼女は少し俯き、両手で顔を覆う。
婚約者と『なにか』あったらしく、手紙の返事も出せない12歳の女の子。
大好きな婚約者とどうしても話したくて、共通の友人を使ってでも一言もらおうとする同い年の男の子。
そこだけ見れば、とても愛らしく、微笑ましい光景なのかもしれない。
でも、この私、リディ・カンタールは――
「……」
アイナ様がこちらを見ていないのをいいことに、金の釣り目を更に釣りあがらせていた。
今の私は、誰がどう見たって不機嫌だろう。
アイナ様に怒っているわけじゃない。怒りの矛先は……アイナ様の婚約者、ジークベルトだ。
私は、ジークベルト・シュナイフォードという男が昔から嫌いだった。
6歳のとき、初めて参加したお茶会でアイナ様とジークベルトに出会った。
子供の交流を目的とする催しには、色々な形式がある。
シュナイフォード家主催だったその会は参加者も多く、保護者も同伴可。
いくら保護者が一緒とはいえ、初めて人前に出る場としては規模が大きすぎたようで。
当然のように緊張した私は、親の後ろに隠れた。
こちらはただ恥ずかしくて、どうしたらいいのかわからなかっただけ。
でも、銀髪に金の釣り目という見た目のせいか、相手は睨まれているように感じるようで……。
そのうえ、私は侯爵家の長子。そんな私と話してくれる子なんて、いなかった。
会も終わりに近づく頃には、4つも椅子があるテーブルに1人で座り、もそもそとお菓子を口にするだけになっていた。
そんなとき、
「こんにちは!」
「っ……!?」
元気に声をかけてくれたのがアイナ様だった。
挨拶は済ませてあったから、初参加の私でも、彼女が公爵家のアイナ様だと理解できた。
お兄さんがいるためか、アイナ様はこういった場に慣れており、お友達も既にいるそうだ。
そんな人が、どうして私なんかに声をかけてくるんだろう。
混乱する私をよそに、アイナ様はもじもじし始める。
「あ、あの……それ……」
「……?」
「そのタルト、1つ食べてもいいですか……?」
アイナ様は、私の皿にのった2つのタルトに熱い視線を送っている。
親が取ってきてくれたものだから執着はないし、2つあるのだから、1つ分けてもなんの問題もない。
よくわからないままに頷き、「どうぞ」と返す。
アイナ様はぱあっと表情を明るくして私の隣に座り、
「ありがとう」
と笑って私の皿に手を伸ばし――
「アイナ、なにをしているのかな?」
タルトに手が届く前に、動きを止めた。
穏やかに微笑みながらアイナ様の背後に立つ少年。
彼こそが、のちにアイナ様の婚約者となる男、ジークベルト・シュナイフォードだった。
「ジークベルトさま、えっと……これは……」
「誰かに頼めば、新しいものを持ってきてもらえるよ?」
「……このタルトはもう残ってないんです。でも、この子が2つ持ってたから……。1個分けてもらえないかな、って……」
隣に移動したジークベルトとタルトを交互に見るアイナ様。
淑女としてあまりよろしくない自覚はあるらしく、なんとも居心地が悪そうだ。
小さくため息をつくジークベルトは、少し呆れたような、けれど可愛いものを見るような顔をしている。
そして、公爵令嬢と王族男子の前で震えることしかできないのが、侯爵家生まれの私。しかもこの手の会には初参加。
「そんなに食べたいなら、またうちにおいで。同じものを用意しておくから」
「……ほんとうですか?」
「うん」
「ありがとうございます!」
アイナ様は満面の笑みを浮かべ、上機嫌に皿へ手を伸ばし……タルトを口にした。
え、ええ……? 個人的に用意してあげるから、今回は諦めろって話だったのでは……?
6年も前のことなのに、色々と驚いたのをまだ覚えている。
アイナ様はそのまま私の隣に座り続け、シュナイフォード家のお菓子は美味しいのだと教えてくれた。
ジークベルトはアイナ様の横で、アイナ様を見守っている。
自分より身分の高い2人が目の前にいるというのに、何故だかとても暖かく、居心地のいい空間のように思えた。
「リディも食べてみて?」
アイナ様がタルトを勧めてくる。
たしかにこの家のお菓子は美味しい。でも、感動するほどじゃあ……。
そんなことを思いながら、タルトを口に運ぶ。
ちなみにアイナ様は私の名前を覚えていなかったから、改めて自己紹介した。
「……!」
「ね? おいしいでしょ?」
こくこくと頷く。
他にも美味しいものがあるんだとシュナイフォード家のオススメスイーツを紹介され、うっかり「一緒に食べてみたい」なんて言ってしまった。
その場でジークベルトの許可がおり、後日、私はアイナ様と一緒にシュナイフォード家を訪ねることになるのだった。
ついでにアイナ様のお兄様も巻き込まれていた。
シュナイフォード家で開かれた交流会をきっかけに、アイナ様とお友達になった。
既にアイナ様と近い存在だったジークベルトと合わせて、3人で会うこともあった。
私の親なんて、私が王族男子と『いい関係』になるのではとそわそわしていたぐらいだ。
でも、私とジークベルトの間に恋愛感情は存在しない。
どちらかというと、アイナ様を奪い合うライバルに近いのだ。
つけ入る隙のない女になれと育てられた私は、今では見た目も態度も冷たい人間として認識されている。
気が弱く人見知りの気があった私を心配し、そういう方針にしたのだろう。
そんな私が自然体でいられるのが、アイナ様のそばだったのだ。
アイナ様は、私の銀髪をきれいだとも言ってくれた。
「これを使ったらリディとお揃いになるかなあ……」
と呟きながら銀の絵の具を見つめたりもしていたから、本心なのだと思う。これでお世辞だったら怖い。
私自身は、アイナ様の手触りも色味も柔らかな金の髪が羨ましかったりする。
好奇心旺盛で、ちょっと危なっかしくて。優しくて柔らかなアイナ様が大好きだった。
だから、アイナ様を独り占めするジークベルトのことは嫌い。
今回だって、ようやく会えたアイナ様にとっておきの茶葉をプレゼントしたのに、ジークベルトが同じものを贈った後だった。
あれはこの国に入ったばかりのもので、ほとんど流通していないのだ。
ジークベルトは、カンタール家を通じて茶葉の存在を知ったに違いない。
思えば、いつだかの我が家主催のお茶会で出した気もする。
とにかく、ジークベルトに先を越された。悔しい。
この2年ほど、ぱったりと表に出てこなくなったアイナ様。
それでも自分の立場を利用して、アイナ様と一緒に居続けたのもジークベルト。
婚約者だからってずるい!
7歳のときのことだって、思い出すと腹が立つ。
もちろんアイナ様にじゃない。私はジークベルトに嫉妬している。
花冠を作りたいと話すアイナ様に、作り方を教えたのは私だ。
少し不器用だったアイナ様が1人でできるようになるまで、何度も何度も、丁寧に教え続けた。
そうしたら、後日、
「ジークにあげたら喜んでもらえたよ」
と報告されたのであった。
以降、ジークベルトがアイナ様に向ける眼差しが明らかに変わった。好きだ、愛おしい、といった気持ちが溢れ出るようになったのだ。
このタイミングでアイナ様があの男を「ジーク」と呼ぶようになったのだから、あまりにもわかりやすい。
カンタール家の自室にて、便せんと向き合いながらジークベルトへの怒りを募らせる。
ようやくアイナ様に会えたのに、アイナ様はジークベルトのことで頭がいっぱいだった。
絶対にあの男がアイナ様を困らせるようなことをしたんだ。
やっぱり私はジークベルト・シュナイフォードが嫌いだ。大嫌いだ。
なのに、アイナ様から一言もらって欲しいという彼の願いを聞き入れ、仲介役となってしまった。
あの人が王族だから逆らえなかったわけじゃない。
なんだかんだで、私はジークベルトを認めているのだ。
あの人なら、いつまでもアイナ様を見守り、大切にし続けてくれるって。
アイナ様に相応しい男が他にいるかと聞かれたら、私は首を横に振るだろう。
悔しい。すごく悔しいけど……この人ならって認めてる。
アイナ様からジークベルトに宛てた言葉をつづり、小さく呟く。
「次は仲介役なんてしませんからね、ジークベルト様」
……でも、再び頼まれたら、きっと、私は2人の仲を取り持つのだろう。
ああ、本当に腹が立つ。
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次回から15歳編。
全寮制の学園に進むジークベルト。家に残されたアイナ。
卒業までの4年間、二人は離れ離れに……。あのひとがいないと、寂しいな。
なんて思っていたけれど、ジークベルトは毎月のように帰ってくる。
僕は居場所は君のそばだと行動で示す男VS学園にいづらいのかと心配する鈍感娘 ふぁいっ!
学園見学、自分の思いと向き合うアイナなどなど。
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