番外編 オルマリア視点 初めてのお友達

 3年前のことでした。

 とある家で開かれたお茶会に参加し、迷子になっていたわたくしは……見てしまったのです。

 美しい花々が咲き誇る小さなお庭で、ジークベルト様とアイナ様が仲睦まじく過ごされているところを。

 嬉しそうにお花を眺めるアイナ様を、ジークベルト様は優しく見守っていらっしゃいました。

 あまりにも穏やかな、愛の溢れる空間を前にして、わたくしは思わず足を止めてしまいます。

 もちろん、勝手に見てはいけないとわかっていました。

 でも、動けなくなってしまったのです。

 

 そんなとき、お二人の方へ虫が飛んでいきました。

 夏も近い時期でしたからね。

 大きめで、なんだか硬そうでしたので……昆虫だったと思います。

 それに気が付いたジークベルト様は、素早く虫を掴み……アイナ様とは反対の方向へふんわりと優しく放り投げました。

 そして、何事もなかったかのように元の位置に戻り、愛おしそうに目を細めてアイナ様を見守り続けておられました。


 先日、アイナ様から虫にくっつかれるのは苦手だとお聞きして、ああ、それでジークベルト様はあんなことを……と納得しました。

 ジークベルト様はアイナ様を怖がらせないよう、静かに、かつ迅速に脅威を排除したんだって……。

 虫さんも無事だったようで、ジークベルト様の手を離れたあとは元気に飛んでいきました。


「……そして、そのあと。わたくしに気が付いたアイナ様は、とても愛らしい笑顔をこちらに向け……一緒にお花を見ようと言ってくれました。道に迷ったと話せば、ジークベルト様は丁寧に会場への戻り方を教えてくださって……。ああ、本当に、ほんっとうに素敵なお二人だ、って……。ずっと、ずうっとジークベルト様とアイナ様を応援しておりました! ですから、わたくしがジークベルト様に恋心を抱くことはありませんの!」


 ここまで全てわたくしの言葉です。

 これらを突然浴びることになったアイナ様は、


「そ、そうですか……」


 と少し引いています。

 オルマリア・ラウリーニ、12歳。

 お慕いしていた方とお話できたのに、またやってしまいました。

 


***



 わたくしは、3年前のあの日から、ジークベルト様とアイナ様を陰ながら応援していました。

 このまま自他共に認める仲良し夫婦になると、信じていたのです。

 ですが、ある時から……アイナ様は社交の場に出てこなくなりました。

 最初はあまり気にしませんでしたが、ジークベルト様が1人でお茶会に出席する姿を何度も見ているうちに、なんだか悲しくなってしまったのです。


 そして先日、シュナイフォード家でアイナ様にお会いした際、わたくしはアイナ様に無礼な言葉をぶつけてしまいました。

 アイナ様はもちろん、場合によってはお父様にも迷惑をかけてしまう……。

 そう思っていたのに、しばらく経ってもお咎めはありませんでした。

 今日、わたくしはお茶会でアイナ様にお会いしました。

 一緒に来て欲しいと呼び出されたときは、内心怯えていたものです。

 ですが、アイナ様は……


「オルマリアさん、そう身構えないでください。あなたやラウリーニ家に何かするつもりはありません。ただ……少しお話がしたかったのです」

「……」

「私はこれから、ジークベルト様の婚約者として相応しい人間になれるよう、努力します。完璧にはできないかもしれません。でも、これ以上寂しい思いはさせません」

「アイナ様……!」


 あんな態度を取ったわたくしに怒ることもせず、まっすぐに思いを伝えてくださったのです。

 こんなことを言われてしまったら、今までより熱くお二人のことを応援したくなってしまいます。

 やっぱり、ジークベルト様とアイナ様は互いに強く想い合っていますのね……!


「……ところで、オルマリアさん」

「は、はい!」

「もしかして、あなたは……。えっと……ジークベルト様の、ことを……」

「え?」

「お、お慕い、して……」

「……アイナ様?」


 わたくしより少しだけ背の低いアイナ様は、頬を染め、視線を泳がせ、もじもじし始めました。

 ……とても可愛らしいのですが、なんだか勘違いされていませんか?

 そして、やっと聞き取れるぐらいの声で、


「ジークのことが……好き、なの……?」

 

 と。

 様付けを忘れ、愛称呼びが飛び出してしまうぐらいには、冷静さを失っていらっしゃる様子。

 たしかにジークベルト様のこともお慕いしています。

 ですが、わたくしのそれはお二人に幸せになって欲しいという方向のもの。

 アイナ様のおっしゃる「好き」って、恋愛感情的な意味ですよね?


「違います! 違います! 違いますの!」


 まさかそう取られるとは思っていなかったので、わたくしも必死になってしまいました。


「でも、ジークのことをあんなに気にかけて……」

「ぜっったいに違いますの! わたくしはジークベルト様とアイナ様の仲を応援したいのであって、自分がジークベルト様とどうこうとは思っていませんの!」

「そう……?」


 アイナ様はまだ不安そうに瞳を揺らしています。

 お二人の仲を邪魔しようとか、略奪しようとか、そんなことは全く思っていません。

 どうしたら信じていただけるのでしょう。

 そうだ。アイナ様がしてくださったように、わたくしも自分の気持ちをちゃんと伝えれば……!


 

***



 そして…………明らかに喋りすぎました。

 ほとんど話したこともない人にこんなことを言われたら、引くに決まっています。


 やってしまいました……。やってしまいましたの……。

 絶対に気持ち悪いと思われました……。

 今度こそ嫌なものを見る目をされてしまいますの……。

 どうしてわたくしはこうなのでしょう。

 自分を抑えて話そうとすればきつい物言いになって嫌われ、自分を解放すれば一方的に喋って引かれてしまい……。

 どこかに穴はありませんか? 今から埋めていただきたいのですが……。

 もうダメです。アイナ様のお顔を見ることができません。退散しましょう。


「……失礼致しました。では、わたくしはこれで」

「は、はい……。あっ、そっちは……」


 ごんっと鈍い音が響きました。音の発生源は……わたくしのおでこと柱です。


「~~っ! い、いったあ……」

「大丈夫ですか!? ちょっと見せてください。……少し赤くなっていますね。一応、医務室へ……」

「だい、じょうぶ、ですの……」

「でも……」

「これくらいは……よくあることですので……」

「よくあるって……」


 そこまで言ってから、アイナ様がふふっと息を漏らしました。


「……アイナ様?」

「……ごめんなさい。でも、オルマリアさんって面白い人だったんですね」

「……!」


 アイナ様は楽しそうに笑っています。

 わたくしを気持ち悪いと思わないのでしょうか。

 

「実は私も、小さい頃は木の枝にぶつかったり、庭の石で転んだりしていました。ジークベルト様には、もっと注意するよう言われたものです」


 そのうえお二人のエピソードまで……!?


「アイナ様……」

「はい」

「わたくしのことはマリーとお呼びください……!」

「へ?」

「お二人の仲を全力で応援させていただきます……!」

「う、うん。ありがとう……? えっと……マリー……」




 こうして半ば無理やりアイナ様に近づいたわたくしは……またやってしまったと自宅で頭を抱えることになりました。

 急にマリー呼びして欲しいと迫るなんて、わたくしは、本当になんてことを……。

 今度こそ嫌われたに違いないと思いましたが、なんと、次にお会いしたときもアイナ様から声をかけてくださいました。

 徐々に親しくなり、アイナ様のお友達のリディ様ともお話できるようになりました。

 友人なんていなかったから、自信を持っていいのかどうかわかりませんが……。

 もしかしたら、お二人はわたくしのお友達なんじゃないかって。

 そんな風に考えて、なんだか嬉しい気持ちで日々を過ごしています。

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