16 「年下」の男の子

「アイナ様。ジークベルト様がお見えになりました」

「へっ……?」


 リディと話した数日後。自室で本を読んでいた私は、使用人の言葉に目を丸くする。

 本を読めるぐらいには落ち着いてきたのに、どうして今。そう思ってしまったけど、私と連絡が取れないのだから、こうするしかなかったんだろう。


「ジークベルト様が、今、こちらに……?」

「はい。今日はお天気も穏やかですから、中庭でお茶なんていかがでしょう」

「ま、待ってください! 私はまだ……!」


 あの人と会って話すほど落ち着いてないんです。

 だからちょっと待って……! 2人でお茶をする流れに持っていかないで……!

 そんな気持ちから、がたんと音を立てて立ち上がる。

 直後、こんこん、とノックの音が響いた。


「きっとジークベルト様ですね。アイナ様、ドアを開けてしまっても?」


 ちょっとだけ考えてから、観念して


「……はい」


 と答えた。

 使用人がドアを開ければ、予想通り、そこにはジークベルトの姿があった。


「やあ、アイナ。急にお邪魔して悪いね」


 瞬間、ぶわっと体温が上がる。

 どうしたらいいのかわからなくて、ずっと避けていた相手が、今、すぐそこに……!

 心臓をばくばく言わせながら、自分にこう言い聞かせる。

 私は18歳と12歳。12歳の男の子に負けないで!


「……あれ?」


 そんなことを考えている間に、私たちは2人きりになっていた。

 使用人が気を遣ったのか、ジークベルトが人払いをしたのか。どちらかわからないけど、とにかく2人にされてしまった。


「アイナ」

「っ……!」


 一歩踏み出したジークベルトに、私は身体を硬くする。

 ほっぺたへのキス1つでこんな風になってしまうなんて、我ながら情けない。

 こちらの様子を見た彼は、歩くのをやめる。私との距離を保ったまま、


「……アイナ、ごめん」


 と言ってきた。可哀相になってしまうぐらい、弱々しい声だった。


「え……?」

「君の同意もなしにあんなことをして、ごめん。もうしない。だから……前みたいに、一緒にいて欲しい」


 君に会えないと寂しいんだ。

 そう付け加えると、彼は無理に笑顔を作った。


「ジーク……」


 ジークベルトはいつもにこやかで、余裕を感じさせる雰囲気をまとっている。

 だから忘れがちだけど、彼だって、12歳の男の子なわけで……。

 婚約者に避けられてしまえば、傷ついて当然だ。

 原因を作ったのは彼自身。それでも、寂しいし悲しいに決まってる。

 気がつけば、私は彼に向かって歩みだしていた。

 ジークベルトの目の前までたどり着き、そっと彼の手に触れる。


「ごめんなさい、ジーク。なかなか落ち着かなくて、あなたに会えなかったの。でも、嫌いになったとか、怖いとか、そういうんじゃないの。ただ、恥ずかしかっただけで……」


 ジークベルトは黙って私の言葉を聞いていた。

 こうしていると、ただのしょんぼりした男の子だ。

 なんだか、一人ぼっちでお留守番している子犬みたい。

 ほっぺたにキスされたときは意外とやり手だなんて思ったけど、可愛い年下の男の子に見えてきた。


「だから、えっと……。一緒にお茶でも飲もう? ジークにもらった茶葉もまだあるんだよ」

「アイナ……」

「ゆっくりお茶でも飲みながら、あなたのおうちに遊びに行く日を決めたいな。ね? ジーク」


 なるべく優しく見えるよう笑って、彼の手を包み込む。

 そうすれば、彼は幼い子供のように頷いた。


 

***



 使用人に準備してもらい、2人でお茶を楽しむ。

 今日の茶葉は、目の前の彼が贈ってくれたものにした。

 一緒に美味しいお茶を飲んでいると、普通に話せるようになってくる。


「そういえば、リディもこのお茶を知ってたみたい」


 雑談のつもりでそう言ってみると、彼はぴたっと動きを止めた。


「ジーク?」

「……リディが来たときも、これを?」

「うん。お気に入りの茶葉だから、リディにも飲んで欲しいなと思って出してみたの。そうしたら、その日、リディもこの茶葉を持ってきてて……」

「へ、へえ……」

「リディにはほとんど会ってなかったし、お茶の話だって全然してなかったのに……。私の好み、覚えててくれたみたい。こういうの、なんだか嬉しいね」

「そうだね……」



***



 こうして、私たちは元の関係に戻った。

 黙々と本を読んだり、ゆっくりお茶を飲んだり……。天気によっては、外を散歩したりもする。

 触れ合いといえば、たまに手を繋ぐことがあるぐらい。私はそれで十分だった。


 色々考えてしまって苦しいこともある。

 大人っぽいのか可愛い子なのかよくわからない婚約者に、心を乱されたりもする。

 たまに兄が帰ってくれば、ぐりんぐりんと頭を撫でまわされたりもする。

 両親は相変わらず娘に甘くて、色々なことをやらせてくれる。


 友人との交流も復活し、忙しいながらも穏やかな日々を過ごしている。

 お茶会で衝突したオルマリアとも仲良くなれた。


 私の周りにいるのは、いい人ばかりだ。

 そうわかっているのに……ここが自分の居場所だって、心から思うことはできずにいた。

 そんな状態のまま時は過ぎ、ジークベルトが学生になる日が近づいていた。

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