13 もう少し、もう少しだけ

「んー……。治った、気がする……」


 と寝起きに呟いてから2日。

 過保護な両親の許しを得て、ようやく自由に過ごせるようになった。

 ジークベルトにも、もう大丈夫だから会う日を決めたいと手紙に書いて送る。

 シュナイフォード家へ手紙を運んだ使用人が、返事を持って帰ってきた。その場で返事が書かれたようだ。


 内容は……要約すれば、いつでもおいで、って感じだ。

 私が候補として書き出した日程はほとんど大丈夫だとかで、一番近い日はどうかとのことだった。

 それから、手紙にはこう書かれていた。

 早く君に会いたい、と。


「えへへ……」


 封筒を持ったまま、ベッドに仰向けになる。

 ワンポイント程度に箔押しが使われた、高級感のある上品な封筒。

 封筒には、彼らしいきれいな、でも男性らしさもある字で私たちの名前がつづられている。

 たったこれだけの物から、送り主の人間性が見える気がした。

 両手を伸ばして封筒を高く掲げると、自然と口角が上がる。

 それから、はっとして口元を引き締めた。

 

 これじゃあ、好きな人から連絡が来たときみたいだ。

 前世では勉強ばかりで、恋愛には縁がなかった。

 それでも高校3年生ともなれば、片思いのような、恋まではいかないような、甘酸っぱい経験ぐらいはある。

 そのときの感覚に、似ている。

 ……ダメ、ダメだ。相手は12歳の男の子。

 前世では高校卒業を控えていた私が小学校高学年相当の男の子にときめくなんて、なんだかよろしくない。

 女子高生が小学生に恋するなんてあまりないと思うし、いけないことのような気がしてしまう。

 日本人として暮らしていたころは弟もいたから、余計に。

 12歳の女の子が、同い年の婚約者からの手紙を見て喜んでいる。健全な状況のはずなのに、ときめいてはいけないと自分を抑えつけた。


 ジークベルトは素敵な人だ。

 穏やかで、優しくて……。頭もいいし、見た目も整っている。

 ダメなところを探そうと頑張っても、特に思いつかない。

 前世のことを思い出してみても、小学生の男子でこんなに落ち着いた子はいなかった。


 小学校高学年の男子って、好きな子にちょっかいを出したり、掃除をサボって遊んでたりとか、それぐらいのイメージだ。

 けど、ジークベルトはそんなことしそうにない。

 この年で既に紳士な気がするし、ほうきと雑巾で野球をしている姿なんて想像できない。

 

 これが日本の庶民と異世界の王族の差なんだろうか。

 彼はこの国でも女子から人気があるけど、日本にいたって大人気に決まってる。

 そう、大人気に決まってるんだ。

 ゆっくりと手をおろし、封筒を胸の上におく。


「……」


 さっきまでのふわふわした気持ちから一転。深いため息をつく。

 その大人気な男の子の隣にいるのは、他でもない私だ。

 色々なことに気を取られて忘れかけていたけど、結局、私はまだふらふらしている。


 アイナ・ラティウスとしての人生だって悪くない。

 ……ううん。悪くない、なんてものじゃない。

 家族も婚約者も優しくて、私を尊重してくれる。それ以外の人にだって、恵まれていると思う。

 悪くない、じゃなくて……きっと、幸せな人生だ。

 それなのに、そうとわかっているのに。自分の道は自分で選びたいと、まだ感じている。

 自分で選んだ、自分が望んでここにいるんだって思えないと、もやもやし続けるんだろう。


 アイナ・ラティウスとしての務めも果たす。

 無茶をして周りの人に心配をかけないようにもする。……約束はできないけど。

 だから、もう少し、もう少しだけ……


「この場所で、悩ませてください」

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